罪状の設計 ——「過剰最適化による人間性の侵害」
◆罪状の設計 ——「過剰最適化による人間性の侵害」
罪状がない、という事実は王子を狂わせた。
ユーフェミアは誰も虐げていない。
殺しも搾取もなく、むしろ救済の連鎖を生んでいる。
街の治安は回復し、自治組織は強化され、
魔力低出力者への最適化支援は社会階層を横断的に潤した。
怒りを焚きつける材料がない。
その“欠落”こそが、王子の焦燥の源だった。
「彼女は我々から人間らしさを奪っている!」
その一言に、彼はしがみついた。
理屈ではなく、感覚に寄り添う言葉。
怒りを喚起するための火種。
しかし証拠はない。
あるのは、曖昧な違和感、
都市全体に漂う「平穏」という名の無臭の空気だけ。
王子はその違和感を最終攻撃要素へ昇華した。
王子
「感情の揺らぎが人を強くする。
彼女はそれを奪い、我らを温室の植物へ変えた。
それは悪だ。」
その宣言は、雄々しく聞こえる。
だが中身は根拠ではなく、ただの感想である。
英雄譚のモノローグを模倣した幼稚な引用に過ぎない。
彼は忘れている。
最適化の恩恵を、誰よりも受けているのが自分自身であることを。
王子の朝は、集中補助魔法から始まる。
緊張を和らげる調整魔術が脳をなだらかに撫で、
焦りと妄念を抑制する。
それがなければ、彼は夜ごと眠りを奪われ、
無意味な英雄幻想に苛まれていたはずだ。
怒りの芯が存在しない理由は単純だ。
ユーフェミアがもたらした平穏をもっとも享受している者——
それが王子だからである。
にもかかわらず、彼は断言する。
「彼女は私を弱くした。
私から“試練”を奪ったのだ。」
その歪んだ論理は、
己の虚無を埋めるために世界を焚き火にくべる
愚か者の哲学だった。
そして気づかない。
その怒りは、憤激ではなく、空洞の内圧にすぎないことに。
英雄は災厄と戦うものだ。
ならば災厄を創造しなければ、英雄になれない。
王子の定義する“悪”は、
もはや政治ではなく、舞台装置でしかなかった。




