英雄譚の模倣 ——「悪役の召喚」
密議の部屋は、王城でもっとも重厚な石壁に囲まれていた。
魔導灯が青白く光り、影は深く沈む。
王子はその中央に立ち、声なき焦燥を押し殺している。
集められたのは、王国の戦略参謀たち、歴戦の軍師たち、
そして魔法学園の上級教師陣。
彼らは有能で、理知的で、王子の期待をまったく理解していなかった。
王子は欲していた。分析ではなく悪役宣告を。
ユーフェミアの行為はどれも診断不能なほど健全だった。
平等化、最適化、高効率。
その施策は不満を生まず、敵を作らず、ただ数字を改善し続けた。
軍師がため息をつく。
「殿下、彼女は民衆の支持を得ております。
断罪は――逆効果になる可能性が高いかと。」
教師が資料を広げる。
「学園の欠席率は過去最低、暴力事件は消滅、
学業平均は安定して上昇しています。
ユーフェミア殿の施策は明確に…」
だが王子は手を振った。
耳ではなく、思考を閉じた。
「英雄には“敵”が必要だ。」
彼の声は震えていた。怒りではなく空虚から。
「敵なき平和は英雄の舞台を腐らせる。
それを理解できぬ者は、歴史を知らない。」
軍師たちは無言で視線を交わす。
誰も彼を止められない。
止める言葉を持たないのではなく――
止めようとする情熱さえ、社会から削ぎ落とされている。
王子はつづける。熱のない熱弁で。
「歴史の英雄たちは、悪を討ったから語られたのだ。
国を焼く竜、民を蝕む暴君、腐敗した魔女。
敵があるから剣は輝き、犠牲があるから栄光は成立する。」
彼は拳を握り、石の卓を叩く。
しかしその音は小さかった。
怒りの源泉が枯れた者の拳に過ぎない。
「ならば敵を定義する。
その権限こそ、王族の特権だ。」
その瞬間、部屋の空気が少しだけ冷えた。
歴史に名を刻んだ王たちが、
実在する悪から民を守ったのではなく、
悪を“作ること”で英雄になったのではないか——
そんな疑問が、軍師たちの脳裏に微かに浮かんだからだ。
だが誰も言葉にしない。
言論は負荷を生む。負荷はユーフェミア式倫理に反する。
議論はすでに意味を失った技術だった。
王子だけがまだ信仰している。
**「悪役を生み出す権力」**という古い神話に。
彼の声は震え続ける。
「英雄が必要だ。
英雄は敵を討つ者だ。
ならば――」
王子は静かに宣告する。
「ユーフェミアを“災厄”にする。」
それは策略でも計算でもなかった。
ただ、物語を演じたい人間の祈りだった。




