恋愛・人間関係への侵入
ユーフェミア魔法が教育を呑み込み、産業の根を支配した頃、
最後に残っていた領域――恋愛――は、最も脆い壁だった。
恋はいつも不安から始まる。
相手の視線を追い、言葉に怯え、沈黙に心臓を乱される。
胸の痛み、嫉妬、緊張、自己否定。
それらは人間が人間を好きになる時に必ず発火する雑音だった。
魔法は、その雑音すら無駄な副作用と判定した。
初めての適用例は学生寮での事故だった。
二人の生徒が互いに想い合っているにもかかわらず、
言い出せず、結果的に両者が試験を失敗した。
学術ギルドは結論を出した。
「感情の乱れは学習効率を著しく低下させる。
よって恋愛関係は最適化プロトコルの適用対象とする」
翌週から、ユーフェミア魔法は恋人たちにも施された。
不安が静まり、嫉妬が消え、失望の余地はなくなる。
二人の精神波形は同調する演算曲線へ矯正される。
若者たちは驚いた。
恋をしているのに、心臓が騒がない。
言葉につまずかない。
恐れも、期待も、熱狂もない。
ただ成功率の高い交際が生成されていた。
告白の場面は、こう変わった。
「あなたの集中曲線、私の研究周期と同期してる」
「最適化後の回復効率、17%向上が見込める」
相性とは遺伝子でも性格でもなかった。
心拍数の乱れでも、涙の味でもない。
互いの回復曲線がどれだけ重なるかで決まる。
それは恋ではなく合同プロジェクトだった。
感情は刺激ではなく、リソースになった。
キスは衝動ではなく、脳の緊張値を下げる儀式。
抱擁は熱情ではなく、筋肉疲労の分散作業。
「好き」という言葉は消費期限を失い、
代わりに契約書に似た文言が増えた。
「あなたといると、私の出力は安定する」
ある日、ユーフェミア本人が問われた。
――あなたは恋をどう捉えるのか?
少女は一瞬だけ考え、優雅に微笑む。
その笑みは慈悲でも誘惑でもなく、完璧な管理者の笑みだった。
「私の魔法は、あなたが“人間であること”を正しく管理します」
その一句は鋭利な刃のように社会を貫いた。
人々は拍手し、研究者は論文化し、
行政はガイドラインに引用した。
それはやがて**『ユーフェミア労働観の箴言』**と呼ばれる。
だが同時に、その場にいた一部の者は凍りついた。
“人間であること”を管理するとは何を意味するのか。
恋が痛みではなくなった世界で、
人はまだ人でいられるのか。
誰もその答えを出せなかった。
なぜなら、答えを探す苦悩はすでに魔法で削ぎ落とされていたからである。




