善性の暴走 ― 癒しは対象を選ばない
昼休みの熱気が徐々に薄れはじめ、校庭に影が伸びたころだった。
芝の間に、何かが呼吸するように膨らんでいた。
灰白の肉塊――今朝には影も形もなかったはずの、無名の生命。
初めてそれを見つけた保健委員の女子生徒は、つい近寄ってしまった。
「また誰かが魔草を植えたのかも」――そう思ったのだ。
魔法科の生徒がふざけて実験をすることは珍しくない。
しかし、膝を折って覗き込んだ瞬間、彼女は息を呑む。
胞子の袋がぱん、と音もなく弾けた。
白い霧が地面に溶け、菌糸が生き物の手のように広がる。
周囲の枯葉は、その指に触れたそばから瑞々しい緑に回帰していく。
腐敗は逆戻りし、腐汁が吸い込まれ、葉はまるで時間に許しを請うように元の形へ収束した。
少女は震えた。
恐怖ではなく――判断不能の気味悪さに。
「これ……食用? 毒? どっちなの……?」
見た目は不快。だが、枯死も毒性も腐敗も**“回復”している。**
致命的な害は確認できない。
ただ、放っておけば繁る――それだけ。
放課後には、それはもう人の腰ほどの高さに育っていた。
巨大な傘の縁から滴る露は澄み切っており、陽光に虹色を投げる。
その周囲、落ち葉一枚なく、虫の死骸すらない。
生き物の影だけが濃く、死が排除された空間。
教師たちは対応に迷った。
毒性反応なし。
接触による傷害なし。
しかし、異常な速度での増殖。
「魔力災害」でも「植物変異」でもなく――“癒し”による現象と報告は上がる。
校舎最上階の備え付け窓から、それを見下ろした保健教師は、胸を押さえた。
幸福が……広がっている?
言葉にしてしまった瞬間、背筋が冷えた。
それは癒しが対象を選ばないという単純な真理だった。
弱肉強食も循環も、腐敗も淘汰も、病も――すべて一律に救済。
善が均衡を壊す。
巨大キノコの白い傘は、まるで世界を庇護する傘の骨のようにひらいていた。
校庭に差す影は、午後の光より長く、どこまでも静かに伸びていった。




