表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/72

譲れないもの 1

 


――――――数刻前。


「お兄様、お姉様からこれを預かって参りました。」


市外地の森を捜索していると、ウォルアンと、リリアンが戻って来たと知らせを受け、急いで屋敷に戻った。


全速力で戻ってきたであろうリリアンは今にも倒れそうなほどぐったりしながら、見覚えのある小さな袋を私に渡した。


「これは?」


「ティツィアーノ様が渡せば分かるとおっしゃっていました!それから、サルヴィリオ伯爵はどちらにいらっしゃいますか?」

 

ウォルアンに伯爵のいる場所を伝えると、そちらへ走って行った。


手元に握りしめた麻袋に目をやる。


なぜ、私に渡せば分かると言ったのか。

これをルキシオンに渡せということなのだろうか。


私の思いに終止符を打てと言いたいのだろうか。


まるでパンドラの箱のようなソレを恐る恐る開き、震える手で中身を出すと、思った通り彼女のタッセルが出てきた。


そのタッセルに付けられた家紋を見て息を呑む。






「あ、犬。」


いつの間にか、そばにいたテトがひょいと顔を出して言った。


「テト、公爵様で遊ばないで。死にたいの?」


リタがテトの耳を引っ張りながら私の側から彼を引き離す。


「公爵様。分かりますよね?それが何なのか。」


レグルス公爵家の家紋。



獅子の心臓に一つの星を抱くその紋様は、違えることのないレグルス公爵家を示している。


刺繍が苦手だと言っていた彼女は、幼い頃どんな思いで針を刺していたのだろうか。


そっと、その刺繍に触れる。


触れた先から指も震えると同時に、胸も震えた。


「お嬢様の憧れは、今も昔も貴方ですよ。……その先は直接お嬢様に聞いて下さい。」


リタの言葉の『その先』が分からないほど鈍くはない。

彼女の口からその言葉を聞きたい。



 

「お兄様!!あちらの人間はお姉様が目的だと言っていました。お姉様さえ手に入れば進軍してくると……。」


リリアンが泣きそうな声で言う。


彼女は人質と考えるのが濃厚だが、それならばリタやテトでも十分な人質になる。

他の目的があると考えた方がいいだろう。




「公爵殿、娘はカサノ村に連れて行かれたそうです。間違いなくそこから進軍してくるかと思います。」


後ろを振り返ると、サルヴィリオ伯爵と、サリエ殿が立っていた。


「カサノ村?」


普通進軍してくるなら魔の森か、海からやってくるだろう。




国境を越えてカサノ村からやってくるとは考えられない。


「国境が破られたということですか?」


「いいえ、以前ティツィアーノがモンテーヌ領の国境警備を担っていた際に、炊き出しをした近隣の村で地下道を発見しました。その先が恐らくリトリアーノ国の国境沿いの魔の森に繋がっているようで、そこを使い密輸等が行われていたと思っておりました。」


そう言って伯爵は地図を取り出し、説明を始めた。

 

「最近その地下道は封じたのですが、すでに兵士や武器、物資など運び込まれていたかもしれません。……つまり、国境警備に気づかれること無く、カサノ村から進軍し、背後からサルヴィリオ領に攻め入るつもりかと思います。近隣には強い私軍を有している領地はありませんから……。」


「なるほど、そこを落とせば王都近くまで攻め入ることが容易いと言うことか……。」


彼女に危害を加えたら許さない。


守ると誓ったのに……、己の能力を過信したが故に、結界の反応が遅れた。


取り戻したら全てを打ち明けよう。

思い違いだったとしてもいい。


手紙だけでなく、自分の口から。


「全軍出陣準備をしろ!!レグルス騎士団の全勢力でティツィアーノを取り戻しに行く!!」


そう言って自分の翼馬に飛び乗り、カサノ村を目指した。




 

 




――――――「ティツィ!!」


上空から火の手の上る村を視界に捉えた瞬間から、さらに大きくなる胸のざわつきが治まらなかった。


未だかつてない恐怖が忍び寄り、早くなる鼓動と、冷たくなる指先。


ティツィは無事だろうか。


彼女を失ったらどうしたらいい?


ティツィ一人ならいくらでも逃げることは出来るだろう。けれど、村人を人質に取られていたら?



絶対に見捨てて逃げることなどしない。


だからこそウォルアンとリリアンだけこちらに逃したのだ。


視界に、燃える荷馬車と、剣を支えに立ちあがろうとするティツィが見えた。


「ティツィ!!!無事か!」


翼馬の上から周りの兵士を薙ぎ払い、彼女の前に降り立つ。


こちらに驚き、大きく見開いた瞳はどこまでも澄んでいる。


思わず彼女を抱きしめると、柔らかく、温かい彼女の体に、自分の緊張が解けていくのが分かる。


柔らかな髪に顔を埋め、彼女の甘い香りに酔いしれる。


彼女の顔を覗き込むと、潤んだ瞳に吸い寄せられる。


「……っつ。」


小さく痛みに顔を歪めた彼女をハッと見ると、大きく傷口の開いている足から、大量の血が流れていた。




その瞬間、理性が跡形も無く弾け飛んだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ