YU08 終わりの些奇路(さきじ)
「まーた人身事故かぁ」
隣に立っていた人がボヤくようにそう言った。
電光掲示板には、電車が遅延する旨が表示されている。
俺の高校は東鳴了にあり、この侑碍坂線で最寄りの些奇路から一本。それが楽だと思って選んだ学校だったけど、すぐに後悔した。
この路線は、呪われている。
後から調べれば、侑碍坂線はもともと江戸時代だかに墓だった場所やそれに続く道だった土地にできていて、その時からの死者の怨念が残っているらしい。
そういう怖い話なんてよくありがちだけど、ここは本当に、霊が溜まりやすい場所なのだ。
幽霊や怪奇現象が絶えないだけじゃなく、自殺や行方不明者も後を絶たない。
場所が霊を留め、霊が人を引き摺り込み、また怨念が増幅する。悪いものを全て溜め込んで、どんどん引き込んで、渦巻いているようなそういう場所だった。
あるいは江戸時代の墓所も始まりではなく、もっと前から曰く付きの場所だったのかもしれない。
魔がさすというか、悪いものが集まりやすいからなのか。霊以外にも人間がやった殺人事件なんてのもあって、三年前にはバラバラ殺人の遺体の一部が複数の駅から見つかった。
犯人はバラした遺体を侑碍坂線の八つの駅、それぞれに隠したらしい。
警察が大々的に探していたけどなかなか見つからず、東鳴了と多可禍と峯布にあるはずのものは三年間出てこなかった。
後天的に霊が見えるようになった俺は、ある日気がついた。東鳴了のホームの下、うずくまる霊が、犬が犬小屋に骨を隠すが如く人骨を隠していたのだ。
それを見つけた翌日、東鳴了からバラバラ殺人の骨が発見された。
この路線は霊も人も引き込む。霊が骨を隠していたから現実にも見つからなかったのだ。
それから俺は、霊が隠している残った死体を探すことにした。
これはそういうゲームだ。
多可禍の骨は既に見つけ、あとは峯布だけ。
警察が見つけられないのなら、恐らくなにか霊か現象が隠している。
すっかり馴染んだこの路線の心霊現象や怪奇現象はほとんど把握している。捕まったらまずい霊に見つからないようにだけ注意すれば上手くいくはずだ。
通い慣れた東鳴了から電車に乗り、移動する。
寂しがりやの駅員がいる多可禍を過ぎ、緋沢でホームから窓越しに手を振ってくる全身赤コーデの女に手を振り返す。
前は存在も知らなかった黄泉原という駅のホームで立ち往生するおじさんを見て早く電車が止まって帰れるように祈るもこの電車は通り過ぎ、次の啞尾呼ではたくさんの子供が合体したようなごちゃごちゃした生物に取り込まれた母親が歩いているのを眺める。
そうしていると、目的の駅峯布に着いた。
見当は付けてある。
電車を降りて、駅構内をうろうろと歩き回っているとそれを見つけた。
ピーナッツ色の麻袋。
周りの風景に溶け込むような色で、けれどもドスリと重量のありそうな存在感を持ったそれは人が行き交う通路の壁際に立て掛けられるように落ちていた。
忙しく行き交う人々をすり抜けてその麻袋のもとまで辿り着くと、引き絞られた口を開く。
外側に染みていた血のような色の通り、中には赤黒いものがたくさん詰まっている。
四次元空間にでもなっているのか、見た目の大きさからは想像も出来ないくらいの容量があるその袋の中をまさぐれば、目的のものが見つかった。
「あった……これで帰れる」
全てのパーツを探し当て、ゲームは終わり。
もうこれ以上この路線に留まる必要はない。
頭蓋骨を回収して適当な場所に転がし、些奇路行きの電車に乗る。
ここから三駅、あとは車掌の目をかい潜るだけだ。
「切符を拝見します。切符を拝見します」
民爺を過ぎ鶴ヶ峰が近づいた辺りで、車両のドアから車掌が現れた。ところどころ破けた制服から皺の多い皮膚をのぞかせ、ゆっくりと規則正しく足音を響かせながら近付いてくる。
「切符、切符を」
カツン、カツンと歩きながら、左右の乗客に視線を巡らせていた。
「切符を切らせろ」
低いしわがれた声で聞こえた直後、車掌は俺が座っている進行方向左側を首ごとぐるりと向いた。
「無賃乗車の匂いがする。無賃乗車は誰だ」
やはり、素通りはできないか。
隣に座っていた男の腕にわざとぶつかって揺らし、男が手に持っていた切符を落とさせる。
床に切符が落ちると、車掌は目敏くそれを見つけ緩慢な動きで拾った。
切符を落とした男は落としたはずの切符が見つからずキョロキョロしている。
「切符、切符を切る」
名前があるのか知らないが、切符を切るハサミみたいなやつで車掌が嬉しそうにカチンとやる。
その隙に車掌の横をすり抜け、後ろの車両に移動した。
パターンから行けば、この後車掌は切符をその辺に戻して先頭車両に向けてまた歩き出す。
そうすれば落とした切符は出てくるので、隣に座っていた人は切符を利用したこと許してほしい。
《些奇路、些奇路》
そうこうしているうちに些奇路に到着した。
電車を降り、改札へ向かう。
改札の向こうにある階段までがひどく長く思えた。
改札を通り抜けて階段の下から地上を見上げる。地上からの熱気がふわりと流れてきて、隣を駅の利用客が何人も通り過ぎていく。
ここまで、長かった。三年。ここに連れてこられ、ばら撒かれ、捕らわれてから三年が経った。
他のヤツらは三年どころではなく、そもそも出られないモノが殆どだが、三年が幸運だとは思わない。
身体がここに残っている限りは出られない。
記憶や意識が消えてしまったら出られない。
侑碍坂線の中で死んだら出られない。
一歩、階段に足を踏み出す。
上にあがるにつれ熱気が増し蝉の声が響いてくる。
ようやく、ようやく家に帰れる。
例え既に死んでいたとしても、家族に会って成仏できる。
俺の遺体が見つかってから家族はこの路線に寄り付きもしなかったから、今まで話しかけるどころか目にすることすら出来なかった。
「じゃあな」
階段の下の方、溜まった淀みに別れを告げ、残りの段を登り切る。
ジワジワとうるさく鳴く蝉の声が聴覚を埋め尽くし、脇に植えられた向日葵がやたら明るく主張している。うだるような暑さの外は、それでもジメジメとした地下より清々しく感じた。
「眩し……」
明るすぎる太陽に目を細めながら、蝉と向日葵の間を家へ急いだ。
些奇路で終点です。
後日、動画配信者が侑碍坂線を巡る番外編を掲載します。
◆おまけ 多可禍駅にて◆
男子高校生「失礼しまーす……うわ」
男子高校生(なにここの駅員、幽霊じゃん)
駅員「いらっしゃい! どうされましたか? どうぞどうぞ、座ってください」
男子高校生「あの、お構いなく……ちょっと聞いてもいいですか」
駅員「一緒にトランプやってくれたら何でもお答えしますよ」
男子高校生「えぇ……」
駅員「ほらほらお菓子もありますよ、好きですかスナック菓子」
男子高校生「あ、どうも……じゃああの、トランプやるんで……この駅でバラバラ殺人の遺体の頭か足か見ませんでした?」
駅員「足なら他の霊に取られないように、駅員室で預かっておきましたよ!」
男子高校生「まじか……ありがとうございます」