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アラブの王と王妃  作者: 雪見だいふく
7/30

屈強な男たち

どのくらい揺れていたのか分からないが、辺りはまだ真っ暗だった。

アリソンが男性の胸に顔を(うず)めていると、男性が呟いた。


「ついたぞ」


アリソンはドキッとして、少し顔を上げると暗闇の中を照らすテントがいくつか見えてきた。

男性はそこまで馬を走らせると、複数の男性の声が聞こえてきた。


「お(かしら)ー!やっと帰ってきたのか」

「ん?何か運んでんぞ」

「なんだぁ?女かぁ?」


「すまない。遅くなった」


男性はアリソンを(トーブ)でくるんで抱えながら、馬から降りて、奥のテントへ向かう。


「なんだなんだ?おお、お頭が女か?」

「ぎゃはは、見せつけんなよー」


「うるさい。おまえたち、覗くなよ」


奥のテントに入ると、男性はベッドの上にアリソンをドサッと降ろす。

アリソンを降ろした後、男性は着ていた(トーブ)(おもむろ)に脱ぎ、胸元が大きく開けた軽装になった。

目元だけさらしていた頭に巻いている(シュマーグ)も取り、短い黒髪が暴かれる。


切れ長の目元は涼やかに見せるが、ランプに反射してゆらゆらと揺らめかせていると、いくらか柔らかい雰囲気に見えた。

鼻が高く、唇は薄いが、中性的な男性の魅力がぎゅっと詰まった顔立ちだ。

背も高く、見下ろされると威圧感が強いが、しなやかな動作に品の良さが(うかが)える。


ランプに照らされた男性の姿が明らかになり、アリソンがまじまじと見つめてしまうと、男性がこちらを見下ろす。


「俺に見惚れてんのか?」


男性が、ふっと笑いながらアリソンに近づいてきた。

アリソンは慌てて、首を振って否定する。


「なあ、あんた王妃だろ?」

「…!」


男性はアリソンが座っているベッドの上に、ぎしっと音をたてて上ってくる。


「瞳が黒じゃない。ランプのような色だ」


じりじりと距離を(せば)めてくる男性に、アリソンも警戒しながら後退していく。

しかし、背中が壁に当たり、逃げ道がなくなったアリソンはすばやくベッドから降りようとするが、男性の方が速かった。

男性の片腕がアリソンの腰に巻き付かれ、背後から温かい体温が伝わる。


「は、離して」


アリソンは必死に身じろぎをするが、男性にとっては痛くも(かゆ)くもないようだった。

すると、突然男性が(ニカーブ)()ぎ取り、アリソンの顔と髪がさらされた。

砂漠の女性は、夫にしか髪を見せてはならないという(おきて)があるので、アリソンはさあっと血の気が下がる思いをする。


「…へえ。髪もランプと一緒か」


男性はアリソンの髪を持ち上げ、感触を確かめるように触れたり、口付けたりした。

アリソンはかあっと顔に熱が上がり、益々必死に抵抗する。

夫にもされたことのない行為に、アリソンはじわっと目尻に涙を浮かべた。


「っ…っ…」

「おい?」


肩を震わせたアリソンを、男性は(いぶか)しげに顔を覗き込んでくる。

目尻に涙を溜めたアリソンを見て、男性は驚いていた。


「え…。な、泣くなって。俺が悪かった」


男性は、アリソンの頭をポンポンと撫で、困ったように笑う。

その感触に、再びじわっと涙が浮かんできた。


「あー…、どうすりゃいいんだ」

「わ、私を…王宮に、帰し…てくだ、さい」


しゃっくりを上げながらアリソンは言うが、男性は真面目な表情を浮かべ、首を横に振る。


「悪いな、それはできない。あんたは人質だからな」

「ひと、じち?」

「あんたを(さら)ったのは、王妃だからだ。王に交渉してほしいことがあるんでね。あんたがこっちの手にあるんなら、王は乗ってくれるだろ?なんせ、たった一人の妃なんだからな」

「…陛下は、私のこと心配なんてしない…」

「は?王妃だろ?しかも、正妃…」

「だって…私たちは政略結婚だから…それに、他にも女性がいるわ…」


アリソンは自分で告白しておきながら、だんだんと悲しくなった。


陛下はきっと、私がいなくなっても自らは動かないだろう。


アリソンが下を向いていると…ー。



「じゃあ、俺にも付け()る隙はあるんだな」


「え?」


アリソンが少し顔を上げると、男性の長い人差し指が顎にかかり、もう一段階上向きにされた。

いつの間にか、真正面に男性の男らしい顔があり、熱をはらんだ視線から目が離せなかった。

そのまま、鼻先まで近づいた時…ー。



「お頭ー!話がある…ん……」


テントの垂れ幕が上がると同時に、小柄な男の子が顔を覗かせる。

しかし、唇が触れそうな距離の男女を()の当たりにして、男の子は顔を真っ赤にし、「あわわ、し、失礼しました!」と言って出ていく。

そのあとに、男性たちの笑い声が響いてきた。


「ぎゃはは、だから言ったろ」

「お頭は今、お楽しみ中なんだってな」


「言ってなかったじゃないですか!嘘つかないでくださいよ!」


談笑する声と困惑している声で、アリソンははっとして慌てて距離を取った。


「っ……」


(今、なにを…)


アリソンは、男性のしようとしたことを思い出して顔を真っ赤にさせた。

男性ははあっとため息を吐き、頭をかきながらベッドから降りる。


「あー…。邪魔が入ったな…。あんたは今日はここで寝な。俺は別のとこに行くから。…逃げようなんて考えるなよ。砂漠のことは俺たちの方が詳しいんでね」


男性はテントの垂れ幕を上げて、出ていった。

その直後に、再び男性たちの明るい声が聞こえる。


「あれー?もういいんですかい?お頭」

「俺も女、見てもいいですかい?」


「ダメだ。それより、俺今夜はおまえと寝る」


「ええー!何で男と寝なきゃならないんだ。嫌です…ああ!ちょ、引っ張らないでくださいよ!」


助けろーと悲痛な叫びと、楽しそうな笑い声が響いてきた。

しかし、アリソンは不安と恐怖で怯えていた。


(何でこんなことに……。アイシャ、怒られていないかな…。陛下は…)


アリソンはアイシャの心配そうな表情を浮かべたあと、陛下の無表情な顔が浮かんできた。


(心配なんて…しないか…)


じわっと涙が溜まるが、ぐっと我慢して目を閉じる。


テントの中は、薄暗いランプの光に包まれ、心地の良いものだったが、今のアリソンにとっては気分を下げた。

今夜は眠れそうにないけど、明日に備えて体力を温存させなければならない。

夜の砂漠は急激に温度が下がるためか、ベッドの中は温かい布とクッションだらけだった。

それに、お頭と呼ばれた男性の匂いが香ってきて、アリソンは気恥ずかしくなった。


(ベッドで寝るのは恥ずかしいな…)


仕方なく、絨毯(じゅうたん)の敷いてある上で、クッションを抱えながら丸くなる。

明朝に馬を借りて逃げようと思っていると、うつらうつらと眠気が強くなり目を閉じていった。



***



「お頭ー、女の姿どんなんでした?」

「うるさい。さっさと寝ろ」

「見たんだろ?ちっとは教えてくれても…」

「やかましい。口を閉じんと()る」

「ひえ…おお、こわ…。へえへえ、寝ますよ」


三秒で寝る仲間は、すぐに寝落ちした。

しかし、お頭と呼ばれた俺は、まだまだこいつのように寝ることはできなかった。


(女の涙なんて初めて見た。キラキラとして、まるで宝石のようで)


なだらかな腰や、線の細い顎、柔らかい髪…。涙が溜まった無垢(むく)な瞳…。


鮮明に脳裏(のうり)に浮かぶ女の姿に、俺は熱に浮かされたような感じがして、益々寝れなくなった。


「…くそ」


片腕で両目を覆うが、きっと今夜は眠れそうにない。

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