強奪
一晩中、ひたすら泣いていたアリソンの目は充血していた。
瞼も腫れぼったく、人前にはとてもじゃないけれど出れない。
アイシャには驚かれたが、何かを察したのかいつも通りに接してくれた。
アリソンにとって、アイシャの心遣いが何より、嬉しかった。
今日の公務は中止にしてもらい、自室で書類を片付けることだけをした。
◇◇◇
「王妃様、お茶をお入れいたしました。少し、休憩なさってはいかがですか?」
アイシャが台所で、お茶を入れてくれて執務机に置く。
アリソンは、ありがとうと言ってから一息をついた。
「…王妃様、その…砂漠を見に行きませんか?」
アイシャが、若干遠慮ぎみに申し出る。
「砂漠?」
「はい。今は、砂嵐が吹く時期ではないので、砂漠も穏やかであります。それに、夕日がとてもきれいなんです。王妃様も見てみたいと、おっしゃっていましたでしょう?」
もう何ヵ月も前に言ったことなのに、アイシャはアリソンの言ったことを覚えていてくれた。
アリソンは思わず、笑顔になり大きく頷く。
「では、さっそく行きましょう。陛下には、私から申し上げます」
「ありがとう」
アイシャは良いのですと、言ってから退出した。
◇◇◇
砂嵐が発生しないとはいえ、砂漠の砂は細かく少しの風でも宙に飛ぶので、顔をさらす布ではなく、目だけさらす布を身にまとった。
陛下からの了承も得ることができ、アリソンとアイシャは二人で王宮を出て、城下町を出たところまで歩いていく。
危険がないといえば嘘になるが、実はアイシャは国に認められた唯一の侍女兼剣士だった。
その腕を見込まれて、アイシャを王妃の侍女にさせ、アリソンを守ってくれていた。
陛下もアイシャが一緒ならば、問題ないと考えたためか了承してくれたのだろう。
アリソンの服装は布なので、民は王妃だと気づいていない様子だった。
もうすぐで太陽が沈む時間になってきたので、町は賑わっていた。
そんな人通りの多いところを、何とかアイシャに支えられながら町を出る。
そして、町からいくらか歩いた頃、砂漠の地平線に大きな大きな真っ赤な夕日が、沈む光景を見て、アリソンはほうっと息をつく。
今、この国が豊かで民に害を及ぼすものがないのは、陛下のおかげ…ー。
と、民が言っていたのを思い出す。
確かに陛下はよく働き、民の様子を見に行ってらっしゃる。
それは、アリソンも認めざるを得なかった。
でも…。
陛下に見つめられたり、触られたりするのは何故か心地が悪いと感じるのだ。
アリソンは夕日を見に来たのに、陛下のお顔が頭の中に浮かんできて、首を振った。
夕日もいつのまにか、ほとんどが地平線に隠れ、王宮の向こうの空は、夜になろうとしていた。
アイシャはアリソンが、気のすむまで付き合ってくれるらしく、何も言わなかった。
それが、ひどく心地の良いものでアリソンは、結局夕日が完全に沈むまで砂漠に立っていた。
◇◇◇
「ごめんなさい、アイシャ。帰りましょう」
「はい、王妃様」
しばらく砂漠の夜空を見た後、夜風が冷たくなってきたので、そろそろ王宮へ帰ろうとした時…ー。
どこからか砂を蹴る音が、響いてくる。
アイシャは咄嗟にアリソンを背後にかばうが、月も雲に隠れて辺りは真っ暗だ。
アリソンが不安になった時、アイシャが怯んだ。
「アイシャ?」
「…囲まれました」
いつの間にか砂を蹴る音が止み、ジャリジャリと歩く音が近づいてくる。
アリソンは怯えて、アイシャの腕をぎゅうっと掴んだ。
「女か」
アリソンたちの真正面から、低い男性の声が聞こえた。
アリソンはビクッと身体を震わせ、おずおずと暗闇を見つめる。
少しずつ暗闇に目が慣れたためか、ぼんやりと人の影が数人見えた。
おそらく全員男性だろう。馬に乗っているためか背が高く、身体つきは逞しい。
アリソンが不安そうにじっと影を見つめていると、ふいに一人の男性が馬から降りてきた。
男性はジャリジャリと砂を蹴って、こちらに近づいてきた。
アイシャが益々アリソンの身体を、強く抱き締めてきた。
「そんなに警戒しなくてもいい。俺たちは砂漠の民だ。敵じゃない」
近づいてきた男性が、安心させるためか少し声を和らげた。
「では、そこを通してください。王宮に帰りたいのです」
「王宮?では、おまえたちは侍女か」
「そうです」
アリソンたちは布を覆っているので、侍女だと思っているのだろう。
アイシャはすぐに、肯定した。
「ふうん。でもおまえが抱えている女は、侍女ではないだろう」
「…!こ、この方は…妹です!」
「っく。なるほど」
男性はかすかに笑った後、一歩…もう一歩と近づいてきた。
アイシャはアリソンを抱えたまま、じりじりと後ろずさる。
しかし、背後にも人がいるので、これ以上は後退できなかった。
男性が、アリソンたちの目の前に来ると、いきなりアリソンの片腕を掴み、ぐいっと抱き寄せられた。
「あっ」
「この女はもらっていくぞ」
「いや!」
男性はアリソンの腰に片腕を巻き付かせ、軽々と持ち上げ歩く。
「王…アリソン様!」
アイシャが必死に、アリソンに手を伸ばすが、男性はアリソンを抱えたまま馬に乗った。
アリソンは男性の胸を押して抵抗するが、男性の力には敵わなかった。
「暴れるな。舌、噛むぞ」
男性は言った後、いきおいよく馬を駆け出す。
アリソンは揺れる感覚に、ぎゅっと目をつむり男性の布を掴む。
遠くから、アイシャが必死に追いかけてくる姿が見えたが、馬の足には勝てない。
やがて、王宮とは正反対の方向に馬は走り、光が見えなくなっていく。
アリソンは心の中で、助けてと叫んだ。
書き足しておきますと、アリソンは結構泣き虫で、人見知りで臆病です。




