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アラブの王と王妃  作者: 雪見だいふく
6/30

強奪

一晩中、ひたすら泣いていたアリソンの目は充血していた。

(まぶた)()れぼったく、人前にはとてもじゃないけれど出れない。

アイシャには驚かれたが、何かを察したのかいつも通りに接してくれた。

アリソンにとって、アイシャの心遣いが何より、嬉しかった。

今日の公務は中止にしてもらい、自室で書類を片付けることだけをした。



◇◇◇



「王妃様、お茶をお入れいたしました。少し、休憩なさってはいかがですか?」


アイシャが台所で、お茶を入れてくれて執務机に置く。

アリソンは、ありがとうと言ってから一息をついた。


「…王妃様、その…砂漠を見に行きませんか?」


アイシャが、若干遠慮ぎみに申し出る。


「砂漠?」

「はい。今は、砂嵐が吹く時期ではないので、砂漠も穏やかであります。それに、夕日がとてもきれいなんです。王妃様も見てみたいと、おっしゃっていましたでしょう?」


もう何ヵ月も前に言ったことなのに、アイシャはアリソンの言ったことを覚えていてくれた。

アリソンは思わず、笑顔になり大きく頷く。


「では、さっそく行きましょう。陛下には、私から申し上げます」

「ありがとう」


アイシャは良いのですと、言ってから退出した。



◇◇◇



砂嵐が発生しないとはいえ、砂漠の砂は細かく少しの風でも宙に飛ぶので、顔をさらす(チャドル)ではなく、目だけさらす(ニカーブ)を身にまとった。


陛下からの了承も得ることができ、アリソンとアイシャは二人で王宮を出て、城下町を出たところまで歩いていく。

危険がないといえば嘘になるが、実はアイシャは国に認められた唯一の侍女兼剣士だった。

その腕を見込まれて、アイシャを王妃の侍女にさせ、アリソンを守ってくれていた。

陛下もアイシャが一緒ならば、問題ないと考えたためか了承してくれたのだろう。


アリソンの服装は(ニカーブ)なので、民は王妃だと気づいていない様子だった。

もうすぐで太陽が沈む時間になってきたので、町は(にぎ)わっていた。

そんな人通りの多いところを、何とかアイシャに支えられながら町を出る。


そして、町からいくらか歩いた頃、砂漠の地平線に大きな大きな真っ赤な夕日が、沈む光景を見て、アリソンはほうっと息をつく。


今、この国が豊かで民に害を及ぼすものがないのは、陛下のおかげ…ー。


と、民が言っていたのを思い出す。


確かに陛下はよく働き、民の様子を見に行ってらっしゃる。

それは、アリソンも認めざるを得なかった。

でも…。


陛下に見つめられたり、触られたりするのは何故か心地が悪いと感じるのだ。


アリソンは夕日を見に来たのに、陛下のお顔が頭の中に浮かんできて、首を振った。

夕日もいつのまにか、ほとんどが地平線に隠れ、王宮の向こうの空は、夜になろうとしていた。

アイシャはアリソンが、気のすむまで付き合ってくれるらしく、何も言わなかった。

それが、ひどく心地の良いものでアリソンは、結局夕日が完全に沈むまで砂漠に立っていた。



◇◇◇



「ごめんなさい、アイシャ。帰りましょう」

「はい、王妃様」


しばらく砂漠の夜空を見た後、夜風が冷たくなってきたので、そろそろ王宮へ帰ろうとした時…ー。


どこからか砂を蹴る音が、響いてくる。

アイシャは咄嗟(とっさ)にアリソンを背後にかばうが、月も雲に隠れて辺りは真っ暗だ。

アリソンが不安になった時、アイシャが(ひる)んだ。


「アイシャ?」

「…囲まれました」


いつの間にか砂を蹴る音が止み、ジャリジャリと歩く音が近づいてくる。

アリソンは(おび)えて、アイシャの腕をぎゅうっと掴んだ。



「女か」


アリソンたちの真正面から、低い男性の声が聞こえた。

アリソンはビクッと身体を震わせ、おずおずと暗闇を見つめる。

少しずつ暗闇に目が慣れたためか、ぼんやりと人の影が数人見えた。

おそらく全員男性だろう。馬に乗っているためか背が高く、身体つきは(たくま)しい。

アリソンが不安そうにじっと影を見つめていると、ふいに一人の男性が馬から降りてきた。

男性はジャリジャリと砂を蹴って、こちらに近づいてきた。

アイシャが益々アリソンの身体を、強く抱き締めてきた。


「そんなに警戒しなくてもいい。俺たちは砂漠の民だ。敵じゃない」


近づいてきた男性が、安心させるためか少し声を(やわ)らげた。


「では、そこを通してください。王宮に帰りたいのです」

「王宮?では、おまえたちは侍女か」

「そうです」


アリソンたちは(ニカーブ)を覆っているので、侍女だと思っているのだろう。

アイシャはすぐに、肯定した。


「ふうん。でもおまえが抱えている女は、侍女ではないだろう」

「…!こ、この方は…妹です!」

「っく。なるほど」


男性はかすかに笑った後、一歩…もう一歩と近づいてきた。

アイシャはアリソンを抱えたまま、じりじりと後ろずさる。

しかし、背後にも人がいるので、これ以上は後退できなかった。

男性が、アリソンたちの目の前に来ると、いきなりアリソンの片腕を掴み、ぐいっと抱き寄せられた。


「あっ」

「この女はもらっていくぞ」

「いや!」


男性はアリソンの腰に片腕を巻き付かせ、軽々と持ち上げ歩く。


「王…アリソン様!」


アイシャが必死に、アリソンに手を伸ばすが、男性はアリソンを抱えたまま馬に乗った。

アリソンは男性の胸を押して抵抗するが、男性の力には(かな)わなかった。


「暴れるな。舌、噛むぞ」


男性は言った後、いきおいよく馬を駆け出す。

アリソンは揺れる感覚に、ぎゅっと目をつむり男性の(トーブ)を掴む。

遠くから、アイシャが必死に追いかけてくる姿が見えたが、馬の足には勝てない。

やがて、王宮とは正反対の方向に馬は走り、光が見えなくなっていく。

アリソンは心の中で、助けてと叫んだ。

書き足しておきますと、アリソンは結構泣き虫で、人見知りで臆病です。

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