お互いの気持ちを確かなるものに
ある日の昼―――……
アリソンが庭を散歩していると、背後からハーベスがこちらへ向かってくる。
「王妃様、お散歩ですか?私もご一緒してもよろしいでしょうか」
「はい」
夫ではない男性と二人きりで歩くのはためらったが、ここは王宮ではなく後宮の方の庭なので、人に見られることもないから、アリソンはつい肯定の返事をした。
「最近は陛下のご様子が、以前よりも柔らかくなった気がします」
「え、そうですか」
「はい。王妃様のおかげですね」
「な、何故ですか?」
アリソンは驚く。
「王妃様が嫁がれる前は雰囲気が恐ろしかったのです。何かこう……近付く者は排除してやるのような感じで、常に警戒しておられましたね。でも、最近はごくたまにですが、ふっと笑うこともありますし、仕事も厳しいだけではなくて臣下にも気配りを見せてくれるようになりました」
アリソンは内心、嫁いでくる前の陛下が気になって、ハーベスに尋ねる。
「あの…、ハーベス様。私が嫁いでくる前の陛下はどのような感じだったのですか?」
「はい、王妃様が嫁がれる前は少し王宮が乱れていたのです」
「え?」
「ちょうど陛下の父君がお亡くなりになられ、殿下が出ていき、陛下に全ての責任がのし掛かり、陛下はひたすら公務に追われ続けていました。陛下の父君は少々…いや、かなりの浪費家であり、女性関係がひどかったものですから、陛下はたった3年で国を建て直しました」
「そうだったんですね」
「はい。ですから、この3年間は陛下は臣下にとって恐ろしい存在でしたが……、最近の陛下は本当にお変わりになられました。だって、陛下は王妃様のことが…」
「ハーベス」
背後から低い声が響き、アリソンとハーベスは同時に振り向く。
目元を細め、じっとハーベスを睨む陛下が佇んでいた。
「貴様、誰の許可を得て王妃と二人で庭にいる」
「はい。申し訳ございません。すぐにお暇させて頂きます」
ハーベスは慌てる様子もなく、陛下とアリソンに一礼をすると、離れていった。
すると、すぐに陛下がアリソンの目の前に来る。
「王妃。何度も言っているが、男と二人にはなるな。君は結構隙があるのだから、何かされても文句は言えんぞ」
「そ、そんな心配はいりませんわ。わ、私にだって自分の身ぐらい自分で守れます」
「これでもか?」
「え…?あっ」
いきなり陛下に腕を引き寄せられると、逞しい腕の中に閉じ込められる。
「あ、は、放してください」
「君が言ったんだぞ。自分の身は自分で守れるって。いきなり男に抱きしめられたら、どうする?力では敵わないだろう」
「へ、陛下。放してください…」
先程の自分の言葉を後悔し、アリソンは陛下の腕の中で暴れる。
しかし、びくともしない腕に、アリソンは涙目になる。
陛下に抱きしめられているだけでも胸が苦しいのに、陛下は離してくれず、むしろ力を込められる。
「嫌だ」
短く囁かれ、さっきよりも強く引き寄せられお互いの身体が密着する。
アリソンは隙間のない密着に怖くなり、陛下の胸を押すが、びくともしない。
「君はもう少し自分のことを理解した方がいい。こうしたい男は他にもいるってことを」
「…え…」
(どういうこと―――…?)
アリソンは陛下の言っていることが引っ掛かって暴れるのを止めるが、代わりに心臓の音がうるさいくらい響く。
ドクンドクン…――――
陛下もアリソンと同じくらい、心音が速かった。
アリソンの心音も陛下は感じているだろう。
お互いの心臓の音を感じながら、身動ぎ一つ出来ないでいると、遠くからアイシャがアリソンを呼ぶ声が聞こえた。
「………陛下…」
「……」
「あの…。アイシャが…」
「分かっている」
アリソンがおずおずと言うと、陛下は絞り出すように低い声を出し、放す前にさらに力を込められ、アリソンを放した。
しかし、放してくれた後も陛下は何か言いたそうに、アリソンをじっと見下ろす。
アリソンは強く見つめられることに戸惑い、顔を下へと向ける。
「……今夜、話したいことがある。寝ないで待っててくれるか」
アリソンが顔を上げると、陛下は真剣な眼差しを注いでいた。
今まで見たことのない陛下に、アリソンは思わずこくんと頷く。
「…じゃあ、夜に」
一言だけ言うと、陛下は踵を返し、代わりにアイシャが駆け寄ってきた。
「アリソン様。こちらにおられたのですね。ってあら、どうされたのですか?」
「……え?」
「お顔が真っ赤ですよ」
アイシャに指摘されてから気付き、アリソンは身体が熱く火照っていることに気づかなかった。
陛下の真剣な眼差しに見つめられ、アリソンは知らずに顔を赤くしていたのだ。
陛下にも見られただろうか…。
寝室で一人、アリソンは陛下を待っていた。
アリソンは今夜、話したいことがあることの意味を考えていた。
寝室が一緒なのが嫌だとか…?それとも…、別れの話し…?
どっちも陛下への気持ちを自覚したアリソンにとって、辛いものだ。
考えれば考える程、ネガティブな思考しか浮かんでこず、外の空気を吸いに行こうとベランダに出る。
途端、バラの香りがアリソンを包み込み、気持ちが落ち着く。
今、庭園はバラの園でアリソンの一番好きな花であり、自室にも3輪程飾っている。
だから気づかなかった。
陛下が寝室に入ってきたのが。
「アリソン」
落ち着いた低い声が夜空に響く。
アリソンがゆっくり振り向くと、長髪の髪を一つにまとめて後ろに下ろし、前を寛げて逞しい胸板が少しだけ見える格好をした陛下が、アリソンを見つめていた。
途端、アリソンの胸が苦しくなり心臓が暴れだす。
アリソンの瞳には陛下しか映っていない。
陛下の瞳にもアリソンしか映っていない。
お互いがしばらく見つめあっていると、陛下は徐に足を前へと出す。
「中に入ろう。夜は冷える」
アリソンの片手を優しく取ると、中へ誘導する。
パタン――――…
陛下が窓を閉めると、アリソンの胸は緊張で速くなる。
痛いくらいの胸を両手で抑えていると、陛下が近くにやってきた。
「どうした?具合が悪いのか?」
「い、いえ。何でもありません」
近くで見つめられることにアリソンはまだ慣れておらず、つい目をそらす。
陛下はそんなアリソンを見て、静かに離れた。
ソファーに座ると、おいでと手招きをする。
アリソンは戸惑い、陛下の隣に一人分を空けて腰かけた。
「……まだ君は俺が怖いのか」
「そ、んなこと…」
「じゃあ、隣に座ってもいいんだな」
「え…」
陛下は言うと同時に腰をあげ、アリソンとの一人分の間を埋めた。
アリソンは隣に座った陛下の熱を感じざるを得ず、下を向くしかなかった。
「アリソン、俺を見ろ」
「っ」
近くに聞こえる陛下の声に、アリソンはぎゅうっと目をつむる。
両手は太ももの上で固く握っており、震えていた。
今夜の陛下は変―――…。
いつもはこんなに迫ったりしないのに。
「アリソン、俺を見るんだ」
焦れったくなったのかもう一度、陛下が言う。
アリソンは勇気が出せず、首を横に振る。
すると、陛下の逞しい腕がアリソンの腰に巻き付く。
アリソンはびくっとして、思わず陛下を見る。
「やっとこっちを見たな」
いたずらが成功したかのような笑みを間近で見て、アリソンの胸は一層高鳴る。
「っ…、は、放し…」
「放さない」
アリソンの震える声を遮り、陛下はよりアリソンを引き寄せる。
お互いの足が触れ合い、アリソンは感じる直接な熱に涙目になる。
「あ…、や…」
少しでも放れたく陛下の肩を押すが、陛下は放してくれなかった。
アリソンが涙目になると、すぐに解放してくれたのに今夜は違った。
ついに涙の滴が頬を伝うと、陛下はアリソンの目元を親指で拭う。
「それは何の涙なんだ。理由を言うまで放さない」
まるで拷問だ。
陛下には分からないわ。私の気持ちなんか!
声にならない声に、アリソンは眼差しで訴える。
しかし、気づいているのか気づいていないのか、陛下は強く見つめ返してくる。
結局、アリソンが折れて目をそらすが、顔に添えられている陛下の片手が頬を撫でた。
「や、やだ…やめて」
優しい指の動きに、アリソンはこらえきれず涙をポロポロこぼす。
陛下はそんなアリソンを静かにみつめ、指を濡らす涙を拭っていた。
涙をこぼしても放してくれない陛下に、アリソンはついに口を開く。
「ひっく…、陛下には分からないわ。私のことなんか」
「うん、だから教えてくれ」
優しい声音に、アリソンはつい口調が素になっていく。
「…っ…、最初は…あなたのことが、嫌いだったのに、っく…」
「…うん」
「今は触れられるのが…怖いの」
「どうして?」
「胸が苦しいの」
「……」
「あなたにみつめられるのも…、怖いのよ」
「アリソン」
「だから…ひっく…」
「もういいよ。……ありがとう」
陛下の腕に包まれる。
理由を言ったのに、陛下はアリソンを強く、壊れものを抱き締めるように優しく包み込み放さなかった。
いつの間にかこの人の胸でしか泣けなくなった。
さっきは押していた胸に、すがりつくように身を任せる。
温かい熱にアリソンは涙が落ち着くまで、包み込まれていた。
しばらくすると、涙も収まりただ抱き締めあう二人に静けさが漂う。
(どうしよう…)
アリソンが身動ぎをしようとすると、陛下の背中を撫でていた大きな手が止まり、身体を起こすように促される。
しかし、アリソンは泣いた目元を見られたくなく、陛下の肩をぎゅうっと掴む。
「…顔を見たい。上げてくれないか」
陛下は優しく言うが、アリソンは首を横に振る。
陛下は戸惑っているようで、再びアリソンの背中を撫でる。
「じゃあ、このままでいいから聞いてくれ」
アリソンは頷いた。
「俺も最初は、国を正しい方向に導くのに必死だった。余裕がなかったんだ。父親が女癖が悪くて、俺も周りの女はそういう目でしか見たことがなかった。だから…、君にも辛く当たった。でも、これは言い訳に過ぎない」
陛下の手がアリソンの背中を撫でるのを止め、髪に触れる。
「だけど、君と二人の時間を過ごしていく内に、不思議と癒されていた自分がいた。君の手料理、気遣い、声、仕草……」
髪に触れている手が、一房持ち上げ、髪先に熱を感じた。
「君と過ごしていく内に、君のことが分かっているようで、分かっていないことの方が多いと感じた。少しは近づいたかと思えば、すぐに離れていく。次第には他の男が君に近づくようになって、焦った」
アリソンは陛下の胸に埋めていた顔を上げる。
もう目元なんか気にしていなかった。
陛下は優しい眼差しをアリソンに注いでいた。
「目が腫れている」
「え…」
アリソンは慌てて思い出したかのように、顔を俯かせるが、陛下の目元への口づけの方が速かった。
アリソンは驚いて声も上げれなかった。
「君が好きだ。アリソン。泣き虫なところも、デザートを美味しそうに食べるところも、寝ているときは無防備で可愛いところも、全てが愛しい」
陛下の愛の告白に、アリソンは信じられない思いでいた。
「信じられない……」
「信じられないのなら、何回でも何十回でも言おう。今まで押さえていた分は生涯言い続けるよ。愛している、アリソン」
「…あ…」
「君は?……俺のことをどう思っている…?」
陛下の緊張したような眼差しがなんだか可笑しく、いつもの陛下の面影はない。
アリソンは素直に気持ちを伝える。
「私も…私もあなたのことが、好きです。陛下」
「アリソン…、愛している」
「私も…愛しています」
お互いを強く見つめあい、抱き合い、そして強く口づけを交わす。
今までの遠回りしていた感情をぶつけあうように、二人はお互いを求めあった。
これで「アラブの王と王妃」は完結になります。
長い連載でしたが、読者の皆様、なかなか更新ができず申し訳ないです。
最後の更新で、楽しんで読んでいただければと思います。
追伸
ハーベスに関しては、暗殺者にする予定でしたが先が見えず、ただの臣下で終わりました。




