伝えたい感情
冒頭は少しホラー気味です。
後半は甘っ甘です。
ふと目を覚ますと、黒い影がアリソンを見下ろし、首には力を込められていた。
「いやあ!」
必死に叫び声を出すと、アリシアが駆け込む。
「アリソン様!」
アリシアの呼び声とともに、人影は寝室の窓から出ていった。
アリシアが急いで衛兵を呼び、不審者を捕らえるように指示を出す。
「アリソン様、ご無事ですか!?」
慌ててアリシアはアリソンの身体を調べ、首を凝視する。
首には手跡が強く残っていた。
アリシアが他の侍女に氷を持ってくるように指示すると、寝室に陛下が入ってきた。
「王妃」
息を乱しながらベッドの側までやって来ると、王妃の様子をアリシアに尋ねる。
そして、首筋を見ると、怒りに肩を震わせ一緒に入ってきたニケに色々指示を出した。
ニケはすぐさま行動し、廊下は人の足音で騒がしかった。
アリシアは震えるアリソンに追い討ちをかけるように、陛下に物を申した。
「陛下、今夜はアリソン様と一緒にベッドに入ってくれませんか」
「…!アリシア!?」
アリソンは驚きを隠せずに、アリシアを見上げる。
陛下も思いもよらない物言いに、目を開いていた。
「お二人が一緒のベッドに入るのが初めてなのは存じております。しかし、今は悠長なことは言ってられません。私も警護に当たるので、アリソン様をお願い致します」
陛下は深く頭を下げるアリシアを見つめ、次にアリソンを見下ろす。
アリソンはどくどくと早まる胸を押さえ、聞こえないようにするのに手一杯だった。
「分かった。王妃は俺の寝室に運ぶ」
そう言った後に、屈んでアリソンを抱き上げた。
背中と膝裏を支える手に、先程の恐怖はなくなり、恥ずかしさだけに包まれる。
数人の衛兵を連れて、陛下の私室まで運ばれると「ここで良い」と衛兵に言い、寝室に運ばれる。
ベッドの上に降ろされると、氷を首に当てられ冷たい感触に小さく声を漏らすと、陛下はアリソンを優しく抱き締めた。
「すまない。君をこんな目に合わせて」
心なしか陛下の声が少し震えていた。
アリソンは陛下の腕の中に安心して、徐々に涙をこぼす。
「ひっく、いえ…、ありがとう、ござい、ます…」
「……怖かっただろう」
陛下の手が何度も、アリソンの頭を優しく撫でてくれる。
アリソンは広く温かい胸にすり寄り、心地よい安心感に包まれていた。
しばらく陛下の手に頭を撫でられていたアリソンは落ち着き、涙もおさまったが、顔を上げることが出来なかった。
(……恥ずかしい)
まだ優しい手つきで撫でてくれる陛下に、アリソンは腕の中で思いきって声をあげる。
「へ、陛下」
「どうした?」
「あ、の…、もう大丈夫です…」
頭を撫でていた手は止まり、ゆっくりと身体を離される。
アリソンは顔を上げられなかったが、陛下も強引に上向かせようとはしなかった。
「今夜はここで寝るといい。俺も一緒に寝るから」
「あ…、私は、ソファーでも…」
「バカ言うな。妻をソファーに寝かせる男がいるか」
ソファーでもアリソンのサイズよりは大きいが、ベッドはその倍大きい。
それに、以前一度は一緒に寝たことがあるとはいえ、不可抗力だったし寝る前はあまり覚えていない。
しかも、陛下の寝室に入るのは初めてで、今更ながらアリソンは緊張する。
アリソンが頭の中でぐるぐる考えている際に、陛下はベッドの右側に移動し、アリソンに「おいで」と手を引いた。
「安心しろ。ベッドの上では君に触れないようにするから」
アリソンをベッドの左側に寝かせ、陛下は右側に寝転ぶ。
二人の間の距離は一人分ぐらいで、冷んやりとしたシーツに包まれ、先程抱き締めてくれた温もりは遠い。
アリソンは寂しく思い、思わず手を伸ばしかけるが、陛下がこちらを見て「おやすみ」と言うと「おやすみなさい」としか返せなかった。
一人分空けた隣から可愛らしい寝息が聞こえてくると、ラビは顔を左に向ける。
アリソンは身体も顔もこちらに向け、愛らしい寝顔が近くにあった。
白い寝巻きに、ふわふわで緩やかな髪がアリソンを包んでおり、思わず触れたくなるのをぐっと我慢した。
先程言った言葉をもう破ってしまいそうになり、ラビはアリソンに背を向ける。
アリソンを怖がらせたくない。
先程抱き締めた身体は震えており預けてくれたが、それは完全な信頼じゃない。
昼間も強引に迫ってしまい、怯えさせた。
これほど女性に心が揺さぶられ、どうすればいいのか分からないなんて初めてで、ニケにはからかわれてばかりだ。
ラビは物憂げなため息を吐き目をつむるが、隣から小さな嗚咽が聞こえた。
反射的にアリソンを見ると、閉じた目尻から涙が流れていた。
「っく…、ぅ…っく」
ラビは何も考えずにアリソンの側に移動し、身体を抱き寄せていた。
夢を見ているのだろう。
震える背中を撫で、胸に引き寄せると安心したのか再び寝息が聞こえてくる。
ラビはほっとしたのもつかの間、柔らかい温もりと甘い香りに理性が崩れそうになり、慌てて身体を離すが、アリソンの手がラビの服をきゅっと掴んでいた。
「……」
どうしたらいいんだ――――…。
このままでは寝れない。いや、同じベッドの時点で寝れないがこれでは余計寝れなくなった。
そうっとアリソンを覗き込むと、安心しきった寝顔があった。
少し顔に髪が垂れていたので直すと、アリソンは「ん」と声を漏らし、にこおっと満面に笑みを浮かべた。
ラビは硬直し、ひたすらアリソンの顔を凝視する。
今まで見たことのない笑顔に、ラビは惹き込まれてしまった。
すぐに寝顔に戻ったが、先程の笑みは一生忘れないだろう。
例え、起きている間に見せてくれない笑顔だとしても、今のアリソンの笑顔だけでラビは幸福な気持ちになれた。
約束した言葉よりもアリソンに触れたい気持ちの方が勝ち、ラビはぎしっとベッドの軋む音をたて、身体を起こす。
「許してくれ…、アリソン」
愛しいあまり、触れずにはいられなかった。
ラビはアリソンの額に口づけを落とし、瞼、頬を伝い、甘く柔らかい唇を味わう。
桜色の唇をこじ開けたい衝動にかられるが、軽く、けれど押し当てるように唇を当てた。
数秒が長く感じ、名残惜しげに唇を離すと、溢れる感情を寝ているアリソンにぶつける。
「好きだ、アリソン」
頬を優しく撫で、髪の香りを吸い込むように息を吸うと、ラビはアリソンを抱き締めながら寝転んだ。
ふいにアリソンの首筋の跡が目に入り、ラビは犯人の目星をつけて、明日にでも動こうと決心する。
だが、今だけはこの至福の時間を味わいたい。
ラビはアリソンの寝顔を見つめながら、いつの間にか寝落ちしていった。




