ウルスラの企み
昼間ジャバードに告白されてから、アリソンは上の空だった。
ジャバードに「好きだ」と言われたのは2回目で、1回目は本気にしていなかったが、先程のジャバードの目は真剣だった。
夫にも言われたことのない言葉に、結婚している身でありながらドキドキしたのだ。
「はあ」
執務室の机で書類を整理しなければいけないのに、先程からため息ばかりついている。
私は陛下が好き――――。
でもこの想いは報われない。政略結婚で仮面夫婦になり、彼には他にも女性がいる。
しかし、最近は夜にアリソンの私室を訪れて、スープを飲んだり、少しずつだが他愛もない話もしている。
この前だって、庭園で散歩をしたときは恋人のような時間を過ごした。
夫はただ王妃としての私に、距離を縮めてくれているのかもしれない。
誰かに言われて外では仲良くするように言われたのかもしれない。
自分勝手な想いがぐるぐると頭の中を駆け巡り、アリソンは覚悟する。
お飾りだけの妻なんて嫌。
陛下と話し合ってみよう。安心できる確かな証が欲しい。
その日の夜は仕事が多いのか、夫の訪れはなかった。
アリソンは寝巻きの上にショールを羽織り、ベッドの中に入る。
(仕方ないわ。明日、聞いてみよう)
ふと目が覚め、深夜に身体を起こす。
喉が乾き、ベッドの側にあるピッチャーからグラスに水を注ぐ。
ふうっと喉を潤すと、カーテンから月明かりが差し込み閉めようとベッドから降り窓際へ行ったときだった。
(―――――…え)
アリソンの私室から庭園が見え、二人の男女が寄り添っていた。
女性が男性の腕に腕を絡ませ、甘えるように密着している。
男性は「やめろ」とでも言うように、女性から離れようとするが、女性は離れようとしなかった。
アリソンの胸が嫌な音をたて、どくどくと速まっていく。
彼らは背を向けているので顔は分からないが、アリソンは確信していた。
(陛下と…ウルスラ様)
夫は髪を隠す布をしておらず、ウルスラ様も同様に長い艶やかな黒髪を流していた。
月明かりに二人の来ている白い服が照らされ、二人の間にある空気は濃密に見えた。
アリソンはカーテンを閉め、ふらふらとベッドへ戻る。
やはり、噂は本当だったのだ。
夫の訪れがなかったのは、ウルスラ様と過ごしていたから。
アリソンは悲しくなり、静かに涙を流していった。
朝、アリソンはアリシアが起こしに来てくれても起きなかった。
泣き腫らして瞼が赤くなっているのを見られたくなかったのだ。
しかし、やっと泣き止んだ頃に夫が訪れた。
「王妃?具合が悪いのか」
夫の心配そうな声が背後から聞こえる。
アリソンは寝たふりをして、シーツをぎゅうっと掴む。
「寝ているのか?」
夫の低い声が近くで聞こえると、頭を撫でてくる暖かな手を感じる。
それは遠慮ぎみで、とても優しかった。
(やめて)
熱くなる瞼にじわっと涙が溜まるのを感じ、アリソンは手に力を込める。
優しくしないで。私のことなんか何とも思っていないくせに。
「王妃?起きているのか?」
アリソンの身体が硬直したのを感じたのか、夫は頬に触れてくる。
アリソンはビクッとし、震える声で「やめて…」と言った。
「王妃?」
「………陛下」
「どうした?具合が悪いのか?」
「いいえ…」
「じゃあ…」
「陛下。お聞きしたいことがあります」
アリソンに触れる手を引っ込めると、ラビはこちらを見ない王妃を見下ろす。
「陛下、昨夜はどちらに?」
アリソンは震える声を押さえ、シーツを掴む手に力を込める。
「仕事をしていた。すまない」
「では、そのあとは?」
「………」
アリソンの質問に夫は黙り込む。
表情が見えないので、アリソンは目をつむって返事を待った。
「…君の部屋を訪れようとしたけど、もう遅かったから私室で寝たが。それがどうかしたのか?」
夫の回答にアリソンは泣きたくなった。
うそつき…――――――
「そうですか。申し訳ございませんが、もう少ししたら起きますので先に行ってください」
「無理しなくていい」
「大丈夫ですわ」
一向に自分を見ないアリソンに、夫は訝しげにするが「分かった」と言い部屋を出ていく。
(陛下のばか)
アリソンはこらえていた涙をぼろぼろ流し、シーツの中で嗚咽を漏らした。
私たちは距離を置いた方がいいのかもしれない。
距離を置けば、また落ち着くわ。王妃に戻るから。
こんな苦しい感情は捨てるから…――――今だけ。
私室から出て廊下を歩いていると、ちょうどウルスラ様がこちらに向かって歩いてきた。
アリソンは警戒しながら慎重に距離を縮めていった。
すれ違おうとすると、ウルスラ様が「うふふ」と笑う。
「こんにちは、王妃様。お目が赤いようですが」
「何でもありません」
「あら、そうですかぁ?陛下と喧嘩でもしたのかと」
「………」
企むような物言いと笑みに、アリソンは眉を潜める。
「何がおっしゃりたいのですか」
「あら?怒っていらっしゃるの?私、何かしましたかしら?」
片頬に手を置き、しらじらしい態度をとるウルスラ様にアリソンはむっとする。
ウルスラ様はアリソンの反応を楽しんでいるのか、距離を縮めてきてアリソンの耳元で囁く。
「昨夜の陛下は素晴らしかったですわ。終始、私を離してくれなくて」
うふふと妖艶な笑みを浮かべたまま、ウルスラ様は遠ざかっていった。
アリソンは手に力を入れていたのか、手のひらがじんじんと痛むまで気づかなかった。
じわじわと瞼が熱くなるが、涙をこらえて俯きながら歩こうとすると、曲がり角でドンッと誰かにぶつかる。
「っ…、すみません」
視界をにじませたまま見上げると、ジャバードが驚いていた。
「また、泣いてんのか」
小さな子供をあやすようにアリソンの目尻をなぞる。
アリソンは何度も泣き顔を見られているので恥ずかしくなった。
「ごめん、なさ…」
「…やっぱり待たない。明日の朝、あんたを拐っていく」
唐突に言われ、驚くアリソンを横目に、ジャバードは颯爽と遠ざかっていった。
ジャバード―――――?
アリソンは突っ立ったまま、ジャバードが行った方向を呆然と見つめた。
ここからは、ジャバードとの絡みが多くなります。




