ジャバードの告白
今朝の出来事から、中々ベッドから出なかったアリソンは、ようやく昼前にのそのそと起き上がる。
自分のベッドに、男性が寝ていたことに恥ずかしさで起き上がれなかったのだ。
(変ね。夫なのに)
まだ見慣れない男らしい顔つき。強い眼差しは目が閉じられるだけで、柔らかい雰囲気を纏う。
とくんとくん…―――――
夫の寝顔を思い出すだけで、胸の音が速まる。
赤くなる顔を隠すためにベッドの上でうずくまると、下ろした長い茶髪がさらっと流れた。
長衣の布を纏い廊下を歩いていると、真正面にジャバードが一人歩いてきた。
彼もアリソンに気づき、片手をふりふりと振ってくる。
「もう体調はいいのか?」
アリソンの目の前までやって来ると、心配してくれているのか真剣な眼差しで見つめてきた。
「はい、もう大丈夫です」
「砂漠の夜は冷えるからな。あまり外に出んなよ」
ジャバードの大きな手が、アリソンの布越しに頭を撫でてくる。
アリソンは驚くがジャバードは「ん?」と首を傾げている。
(これは彼のスキンシップよ。変に思ってはだめ)
「あの、殿下」
「おいおい、殿下は止せって言っただろ。ジャバードでいい」
「…でも」
「…ああ、兄さんか」
アリソンの困り顔にジャバードは察したのか、はあっとため息を吐く。
「じゃあ、二人のときは名でいいだろう?殿下なんて堅苦しいからな。呼ばれ慣れないし」
少しばつが悪そうに口を尖らせたジャバードに、アリソンはふふっと笑う。
「あら、王妃様。それに殿下も」
艶っぽい女の声がジャバードの背後から聞こえた。
二人同時に振り向くと、ウルスラが微笑みながら悠然としている。
「…こんにちは」
「こんにちは、王妃様。いつの間に殿下と仲良くなられたのですかぁ?」
猫なで声な言い方と蔑むような眼差しに、アリソンはむっとするがジャバードが背中に隠す。
「久しぶりだな、ウルスラ。王妃に向かってその言い方はないんじゃないか?」
「あら。私、どんな言い方をしましたか?」
艶のある笑みを浮かべるウルスラに、ジャバードは舌打ちをしたくなるがぐっと我慢をする。
「行こう。アリソン」
ジャバードが背に隠していたアリソンの手を掴み遠ざかろうとすると、ウルスラの強い視線を感じる。
ウルスラが陛下のことを慕っているのは分かっているが、アリソンに対しての嫌みがここ最近多くなってきたように思う。
何か嫌なことが起こらなければいいけど…――――。
「ったく、あの女は根っから腐ってんだよな。性格が」
王宮の広い庭園でジャバードは愚痴をこぼす。
「男性はあのような女性が好きではないのですか?」
「は?んなわけないだろう。見てくれだけだ。それに、俺はウルスラよりも…」
ジャバードは言いかけると、アリソンをじっと見つめる。
風になびかれた短い黒髪が揺れ、同じく澄んだ黒い瞳も揺れていた。
長いようで短い時間が過ぎると、ジャバードが目をそらす。
「あー…、そろそろ俺も帰らなきゃな」
「え」
「兄さんが俺の出した提案を受け入れてくれたんだ。交渉成立ってわけ」
「それは、おめでとうございます。でも帰るとは…?」
「砂漠にだ。もうここには用がないんでね」
ジャバードはアリソンに背を向けて、夕焼けに染まった空を見上げる。
「そんな…急に」
「急じゃない。もう3日も滞在したんだ。そろそろ帰りたいと思ってた」
「………」
ジャバードの表情は見えなかったが、声音で遠くを見ていると感じた。
アリソンは何を言えばいいのか分からず俯く。
するとジャバードが振り向いた。
「…おいおい。永遠の別れじゃああるまいし。いつか会えるさ、またな」
「いつかって…それに、あなたの家はここじゃないんですか?」
「ここは俺にとって生きづらい。砂漠で仲間と暮らす方が俺らしい俺になれる」
澄んだ黒い瞳が真剣で、アリソンは目をそらせなかった。
ジャバードはふと無言になり、一歩、また一歩と近づいてきてアリソンの目の前まで来た。
背の高い彼に見下ろされると威圧感があるが、彼の人間性を知っているので怖くはなかった。
「一緒に来ないか。アリソン」
「え」
「俺と共に暮らそう。砂漠へ」
ジャバードの大きな手が伸ばされ、アリソンの頬をなぞる。
ビクッとするとジャバードの長い武骨な指が、アリソンの髪を隠している布に掛けて取り除いた。
瞬間、緩やかで長い茶髪がふわっと流される。
髪にジャバードの指が絡められ、何度もすかれる。
「最初にあんたを見たとき、なんて綺麗な女なんだろうと思った」
アリソンの顔が真っ赤に染まる。
どくどくと胸の音が速まり、自然と目が泳いだ。
そんなアリソンを見つめ、ジャバードは続けた。
「異国の女は見たことはあったが魅力は感じなかった。見てくれだけだったからだ。
だが、あんたは内からにじみ出る美しさがある。知らない場所で怯えているのに、凛とした目が綺麗だと思った」
真っ赤な顔を見られたくなくて俯いていると、ジャバードの指が顎にかかり上向かせられる。
「兄さんの妻だって関係ない。俺は義務で結婚した兄さんとは違う。ただあんたに惚れただけだ」
瞳の奥が徐々に熱っぽくなって、アリソンは初めてジャバードを怖いと思った。
「っ…、ジャバード」
「あんたが好きだ。アリソン」
ジャバードは熱っぽく言うと、アリソンの両頬を挟み、顔を近づけてきた。
「やっ…!」
ジャバードの顔がアリソンの首筋に埋められ、首に熱い息がかかった。
「やだっ」
アリソンはぞくっとし抵抗をするが押さえつけられ、首に熱い唇を当てられると涙が滲んだ。
はあっと熱い息をこぼすとジャバードは離れていくが、目の奥は熱っぽくアリソンを見つめている。
アリソンは涙で溢れそうな目で、ジャバードの胸板を押す。
「っ…」
「………アリソン。俺が怖いか」
静かに呟くジャバードに、アリソンは言葉にできなかった。
怖いけれど憎めない。
アリソンは首を横に振る。
「…ふ。さすが俺が好きになった女だ」
「なっ…!」
「砂漠の男は気が短い。返事はいつでもいいなんて言わないからな。俺は明後日には帰るからそれまでにくれよ」
「明後日…」
「ああ。あと…」
ジャバードがもう一度顔を寄せてきてアリソンの耳元で囁く。
「独占欲も強い。一度手に入れたものは永遠に離さない。覚えとけ」
大人の男性の低い声に、アリソンはビクッとして離れようとするが、ジャバードの両手が肩を掴んでいた。
「いいか、明後日までだぞ」
と言い残し、短い黒髪と長衣の白い布をなびかせて王宮へ入っていった。
「明後日…」
早すぎる決断にアリソンは戸惑う。
私は陛下をお慕いしている。なのに、まだどこかで拭えない心配事がアリソンを戸惑わせた。
陛下のお気持ちは知らないし。ウルスラ様を将来迎えるのではないかとも思っている。
でも、ジャバードは真っ直ぐに気持ちを伝えてくれ、その真摯な姿に胸が打たれたのも事実だ。
まだ収まらない胸と、首に当てられた熱い唇の感触が残っている。
アリソンは一人、広い庭園で遠くに見える砂漠を見つめていった。




