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アラブの王と王妃  作者: 雪見だいふく
13/30

素直に

アリソンは中庭にいた。

ジャバードの部屋や仲間のところなど、色々な場所を探してもいなかったので、昔から王宮で働いている侍女長に聞くと、中庭の隅っこにいると教えてくれた。

ジャバードが幼い頃に一人になりたい時は、毎回そこでうずくまっていたらしいのだ。


アリソンが王宮の端の方へ行くと、幼い頃は隠せたであろう、大人の腰まである木と木の間から頭だけがぴょこんと出ていた。

アリソンはふふと笑いながら、近づいていった。


「ジャバード」

「! アリソン…」


膝を抱えながら頭を埋めても、子供には見えない。

埋めていたせいか、ジャバードの前髪がくしゃっとなっていた。

それを直そうと手を伸ばし、よしよしするように撫で付ける。

ジャバードは驚いていたが、抵抗はせずに大人しくされるがままだった。


「…兄さんよりも先に慰めに来てくれたのか?」

「違います。陛下も頭を冷やした方がいいと思って、抜け出してきました」

「ふうん。兄さんもこうして慰めてほしいと思っているはずだ」

「まさか。陛下は私に勝手にしろとおっしゃいましたし」

「へえ…。そうなのか?あの人、あんたのこと好きだと思うんだが」

「……へ?……ま、まさか…。あり得ません」

「どうして?」

「だ、だって…。私に対して冷たいからです…。乱暴ですし」

「まあ、乱暴なのはあるけど、少なくとも愛ある行動ばっかしてるよ。俺から見て…って何で、俺兄さんをかばってんだ」


ジャバードの最後の方のセリフは聞いていなかった。

アリソンはただただ、ジャバードの言ったことに呆然としていた。


私を好き――――? 陛下が?


そんなことはないと自分に言い聞かせるが、思い当たるようなことは…あるかもしれない。

男性は好きでもない女性とキスができると聞いたことがある。

ふと魔が差すのだとか…。


それに、陛下には愛人がいるはず。

あの見事なまでに、女らしさを兼ね備えたウルスラ様が――――。


いくら王妃といえど、陛下を束縛はできない。

してはいけない。

何かが壊れそうで。


アリソンが慌てるのを期待していたが、悲しそうな表情になって、ジャバードは失敗だったと反省する。

兄夫婦は思ったより深刻な関係なのかもしれないな。


「それより、慰めに来たのだけじゃないだろう?どうしたんだ?」

「あ、はい」


アリソンははっとした。

すぐに頭を切り替えて、ジャバードと向き直る。


「陛下は新たに町を造るとおっしゃっていましたが、それは砂漠のあちこちに造るものではなく、一つにまとめれば良いのではないかと思いました」

「…というと?」

「はい。王都の周辺にポツポツとたてて、そこに観光客や移住民を住まわせればよいのではないかと思います」

「……」

「それに砂漠は異国の者にとって、新鮮であり一時の夢を味わえます。ジャバードのように砂漠に詳しい方がいると、砂漠を案内できますし、オアシスも壊さないでいいかもしれません」

「……」

「王都周辺ならば、水の流れもいいですし緑も多い。砂漠慣れしていない他国の者にとっては、素晴らしい環境だと思います。観光客が増えたら、利益も上がりますし、一石二鳥じゃないですか?」

「……」

「ジャバード?……もしかして、ダメでしたか?」

「……」

「ジャバード?」

「……いいな、それ」

「え?」

「その提案、いいな!兄さんもきっと頷いてくれるはずだ。……ありがとう、アリソン」


難しい顔をしながら考え込んでいたジャバードだったが、ふと笑顔になり喜んでくれた。

アリソンも嬉しく二人は、しばらくこれから、どうすれば良いか案を出しあった。




「やっぱあんた、兄さんの奥さんになっているのもったいない。……俺にしろよ」

「え?冗談はやめてください」


アリソンが笑いながら、ジャバードを見ると、怖いくらい真剣な瞳が見つめてきた。


「冗談じゃない。俺は、あんたが好きだ。アリソン。多分…いや、おそらくあんたを(さら)ったときから」



表情から嘘ではないと分かり、アリソンはジャバードの綺麗な黒目から目が離せなかった。


ジャバードの手が頬を包んだ時、ドキンと胸が鳴る。

熱い瞳が迫ってくる。


「俺のランプの精…」


熱のこもった熱い息遣いが、頬を掠めた時…ー。













「誰が触れていいと言った?」


辺りが静寂で満ちていた時に、感情のない低い声が破る。

ジャバードがはっとした時には遅く、頬にクナイが掠めた。

瞬間、赤い血がつうっと頬を流れ、じくじくとした痛みを伴う。


「! ジャバード!」


アリソンが、ジャバードの頬を見て慌てて止血をしようとしたが…ー。


背後からぐいっと身体を持ち上げられ、顔に柔らかな布が当たった。

肩をぎゅっと抱かれ、誰?と思い見上げると、夫が感情を殺した表情で前を見据えている。


アリソンは恐ろしいと思い、両手で夫の胸板を押すが、びくともしない。

逆に、力を込められた。


「っつう」


痛さに声を上げるが、夫は離してくれなかった。

しっかりとアリソンの肩を抱き寄せ、逃がさないとばかりに力強く込められる。


「…取られたくないんなら、ちゃんと向き合えば?俺にクナイを投げるくらいなら」

「黙れ」


夫の重たい一言で辺りが緊張する。

アリソンは何とか横目でジャバードを見ようとするも、夫に阻まれぐっと強引に歩かされた。


「あ…陛下」


夫はジャバードに見向きもせずに、アリソンを連れて中庭を出ていく。

アリソンはジャバードを気にかけていたが、夫がそれを許さず腰に腕を回され、荷物を持つように肩に抱えられる。


「きゃあ!?」


腰と太ももの裏を支えられ、慌てて陛下の肩甲骨辺りの布を掴むが、不安定な体勢のため怖い。


「お、降ろしてください」


歩く反動でアリソンをあまり動かさないためか、静かに歩いてくれている気遣いに気付き、真っ赤になる。


乱暴で強引なのに、なんで気遣うの――――?


アリソンはもう夫の考えていることが分からなかった。





連れてこられたのは夫の執務室の隣にある寝室だった。

そのまま真っ直ぐ執務室を突っ切ると、ベッドの上にポスンと優しく降ろされる。


少し夫の上で暴れたため、髪を隠す(チャドル)から髪が数束解(ほつ)れてきた。

陛下のせいだと思っていると、ぎしっとベッドが(きし)む音がした。

「え」ともらせば、夫の顔が間近にある。



遠くて怖い――――と以前は思っていたが、今は近くて怖い。


夫は無表情だが、瞳の奥はゆらゆらと揺らめいている。

緊張しているのか、不安なのか、それとももっと別の…。


すると、何の前触れもなく夫の大きな手が伸び、アリソンの垂れている髪を一束持ち上げた。

ドキッとして、夫の目が見られず俯く。


「俺に触れられるのは嫌か」


抑揚のない低くかすれた声に問われる。


「……いいえ」

「では、こちらを見ろ」


いつもと様子の違う夫に、アリソンは戸惑った。

ここで夫を見れば、何かが変わってしまうような気がして。


中々自分を見ない王妃に、ラビは焦れつい本音が出る。


「あいつが良いのか?」

「え?」

「ジャバードと共に砂漠を回りたいのか?」

「ちがっ」

「それならそうと言え。勝手にしろと言ったのは俺だしな」

「え…」


どういう意味だと問う前に、夫はベッドから降りて離れていく。

待ってと思ったら、勝手に身体が動いていた。



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