繋がりあう気持ち
「待ってください!」
声に出せば、身体が勝手に動いていた。
アリソンはベッドから降り、夫の背中の布を両手でぎゅうっと掴んだ。
夫は驚き固まっていたが、アリソンは布を離さなかった。
「っ待って…。ちゃんとジャバードと話し合うべきです。お二人とも砂漠を愛しているのでしょう?」
アリソンは背中を向けたままの夫に、必死に話しかける。
その大きな背中は何を考えているのか分からない。
だが、ここで説得しなければ一生分かり合えない気がするのだ。
「…あいつとは馬が合わない。何度交渉しようが結果は同じだ」
「そんなことありません!ジャバードは話せば、きっと分かってくれます」
「――るさい」
「え?」
「五月蝿い!」
「あ!」
突然、夫が振り向き力強い腕がアリソンを壁に叩きつける。
両方の二の腕を掴まれ、間近から漆黒の瞳に見下ろされた。
「ジャバード、ジャバード…。もうあいつの名を聞くのはたくさんだ!あいつの肩を持ちたいならばそう言え!」
「ちがっ。私は…」
「ジャバードが気に入ったのなら、愛人にでもすればいい。あいつもお前に好意を持っているみたいだしな」
「…っどうして」
「どうして?お互い様だろう?お前も俺に愛人がいると思っているのだろう。お互い夫婦として成り立っていないのだから、何をしたって構わない。だから…」
パンッ――――
頬を叩く乾いた音と、ビリビリする手のひらでアリソンは正気に戻る。
怒りの感情に任せて、夫の頬を叩いたことに血の気が引いた。
「っあ…。ご、ごめんなさ…」
だんだん赤くなっていく夫の頬に、アリソンは逃げたくなった。
何てことをしてしまったの―――――。
夫を叩いた手に手を重ねて、胸元へ持っていくと、夫の瞳がぎろりとアリソンを睨んだ。
恐ろしさに身を竦める暇もなく、夫の腕が伸びてきた。
「んっ」
後頭部と腰を抱えられ、ぐいっと前に寄せられると熱い唇が重ねられた。
慌てて夫の胸板を押し返すが、反対に腕の力を込められ、抱きくるめられる。
前回のように、強引なところは同じだが、離してくれなかった。
何度も唇を啄まれ、苦しさに口を開けるとぬるりと舌が口内に侵入した。
「んん」
こんな強引なキス―――
夫に何度も求められ、アリソンの脚はガクガクと震え始めた。
布を掴んでいた手にも力が入らず、身体を預ける。
窒息する前に唇を離されたが、頬にも口付けられた。
「や…へい、か」
「俺は…」
ぼそっと呟くと、唐突にアリソンの肩を壁に押し付け、寝室を出ていった。
アリソンは支えがなくなり、壁伝いにずるずるとしゃがみこんでいった。
強引なキスに、力強く抱き寄せられた広い腕。熱い眼差し。
そのどれもがアリソンを落ち着かなくさせ、自分が保てなくなる恐怖を感じた。
アリソンは自分の身体を抱き締め、しばらく嗚咽を噛み締めていた。
◇◇◇
俺は、一体なにをした―――?
王妃に無理矢理口づけをして、泣かせ…。きっと嫌われただろう。
だが、王妃から出る義弟の名に無性に腹がたち、その結果これだ。
最近の俺はおかしい。王妃のことになると、自分が自分じゃなくなる気がする。
王妃と会うと、込み上げてくるものがある。
この感情はなんだ――?
経験したことのない感情に、ラビは戸惑った。
ただ、独占欲があるのは認める。
誰にも触れさせたくない。奪われたくない。これは俺の女だ。と。
「っ…」
狂おしいほどの感情に、どうすれば楽になれるのか。解放されるのか。
まだラビは分からなかった。
◇◇◇
寝室の隣室が夫の執務室なので、アリソンは出ていくことにためらったが、執務室には夫はいなかった。
アリソンはほっとして、執務室を出る。
そのまま真っ直ぐに自分の部屋へ戻ると、アリシアが待機してくれていた。
「アリソン様!どちらへ参っていたのですか!?私…アリソン様?」
泣き腫らした目元に気づいたのだろう。
アリシアは近づいてくると、アリソンの顔を覗き込んでくる。
「アリソン様?何かございました…か」
アリシアが言い終わる前に、アリソンが抱きついたのでアリシアの言葉が中途半端になる。
アリソンが静かに嗚咽をこらえているので、アリシアもまたそうっと抱き締めた。
「ごめんなさい。アリシア」
アリソンは自信のベッドで、アリシアが入れてくれたお茶を飲んでいた。
「いいえ。落ち着きましたか?」
「ええ…」
お茶の入った器を膝の上に置いて、気まずそうにアリソンは俯く。
「アリシア…。私、自分の気持ちが分からなくなってきたの」
「どういうことでしょうか?」
「陛下に口づけをされて、驚いたけれど嫌な気持ちはなかったの。変よね。陛下のこと嫌いだったのに」
「アリソン様」
「私、陛下のことを嫌いなのかな。よく分からない」
「…。では、陛下がウルスラ様と一緒にいるところを想像してみてください」
「ウルスラ様?……嫌だわ」
「もう答えは出ていますよ。アリソン様」
「え…」
「陛下が他の女性といると、嫌な気持ちになるのは嫉妬です。でも、それは当たり前の感情です。ですから、何も変なことではありませんよ」
「…アリシア」
「それに、陛下だってきっとアリソン様のことを意識してらっしゃいます。だって、ジャバード殿下と一緒にいるだけで、殿下を射殺しそうな目をしてらっしゃいます」
「あ、アリシア!」
「まだまだございます。陛下がアリソン様に口づけをしたのだって、殿下に嫉妬したからです。妻が他の男性と一緒にいるのも嫌なんです。王なんだから、もう少し寛容になってもいいと思うんですけどね」
アリシアは淡々と説明してくれるが、アリソンは頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしかった。
私たち夫婦は、まだやり直せるだろうか。
もう遅くないだろうか。
そうアリシアに問いただそうとしたけれど、答えは分かっている気がして。
アリソンは、口元に優しい弧を描いた。




