第22話 変化
数時間後、フィリスが目を覚ますと、一行は大隧道を西へと進み始めた。
天井付近には、トーキルが生み出した魔術の明かりが先導するようにゆらゆらと浮かんでいる。その明るさは広い通路をすべて網羅できるほどではないにせよ、さすがにたいまつとは比較にならない。おかげで歩くのに支障はなかった。
「私が死んだら消えてしまいますからね。せいぜい守ってください」
トーキルは冗談めかして言ったが、彼の魔術が生命線なのは間違いないので、ラーズはオッシに常に傍に張り付いて守るよう指示した。
通路は全員が横に並んで歩けるほどに広いが、互いの様子を把握しやすいようになるべく縦に並んで歩く。
ラーズのすぐ後ろには、大量の荷物を抱えたダンがいた。
どういうわけか、山登りをしていた時よりもあきらかに荷物の量が増えている。どうやら子供たちの分はおろか、ウォーレンの分まで持っているようだった。
ラーズが睨むと、ウォーレンは慌てたように手を振った。
「おい、勘違いするな。俺が無理やり持たせたわけじゃねぇ。俺はいいって言ったんだ。けど、こいつがどうしてもってしつこくてな」
「本当か?」
ラーズが問うと、ダンは生真面目な顔で頷いた。
「私はあなたがたと違って戦う力も勇気もないですから、せめてこれくらいはしないと申し訳がたたなくて……」
「それにしたって限度というものがあるだろう」
「いえ、これくらいなんてことありません。村にいた頃は毎日もっとたくさんの荷物を背負って山を行き来していましたから」
その言葉に嘘はないのだろう。実際、木こりの仕事で鍛えられたダンの身体は逞しい。単純な腕力だけで言えばこの場で一番かもしれない。
ただ、彼自身が言うように性格はあきらかに戦いに向いていなかった。穏やかで優しい性格なのは母親や子供たちに見せる気遣いからもよくわかる。
「ところで、神託の子……コルウィンは本当にお前の子じゃないのか?」
ラーズはこの際とばかりに、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「はい。私の子ではありません」
「すまんが、コルウィンを保護した時の状況をもう一度話してくれないか?」
「わかりました」
ダンの口から語られた顛末は、ラーズがフィリスから聞いた内容とほぼ同じだった。ある一点を除いては……。
「実は初めてコルウィンに出会ったとき、私はあの子が普通の子ではないとすぐにわかったんです」
ダンが少し声を落としてそう言った。
「どういうことだ?」
「全身が淡く光っていたんです」
「光っていた?」
「はい。その光に包まれたとき、この子はなにがあっても守らなければならない、そんな気持ちが自然と芽生えました。きっとこの子は神から特別な使命を与えられて生まれてきたんだと……」
にわかには信じがたい話だったが、ラーズにはダンが嘘を吐いているようには見えなかった。
たしかに初めて見たときから、コルウィンには普通の赤子とは違う何かがあった。そこへきて今のダンの話である。
全身から光を発するなど、まさしく光の勇者そのものではないか。
『東の地で生まれた赤子が、やがて世界を覆う闇を打ち払う光の勇者となるであろう』
フィリスが言っていた神託の子の啓示が、ラーズの中で信憑性を帯びつつあった。
「――あの」
遠慮がちなダンの声で、思考が現実に引き戻される。
「なんだ?」
「どうすれば私もあなたがたのような勇敢な人間になれるのでしょうか?」
唐突に話題が変わったことにラーズは戸惑う。
「……さてな、勇敢かどうかなんて個人の資質によるだろう」
「私だって本当は村を守るために戦いたかった。けど、あの怪物を見たら恐ろしくて足が竦んでしまって……気が付いたら自分の家に逃げ込んでいたんです……」
ダンの表情は生真面目を通り越して深刻そのものだった。
おそらく自分だけが生き残ってしまったという後ろめたさがあるのだろう。その罪悪感を少しでも和らげたくて献身的な行動をとっているのかもしれない。その心情はラーズにも理解できなくはなかった。
「臆病であることは別に悪いことじゃない。むしろ戦場で生き残る上では重要な資質ですらある」
「けど、あなた方はあの恐ろしい怪物にも臆さず立ち向かっているではないですか」
「ただの慣れだ。ずっと戦ってきたから頭が勝手に怖いとか死ぬかもしれないという感情を麻痺させているだけで、それと勇気は別物だ」
ハルディは小国ゆえに周辺の国や蛮族から何度も侵略を受けてきた。だから、ラーズは幼いころから父や戦士たちが戦う姿を見てきた。
ハルディの戦士にとって戦うことは生きることそのものなのだ。そんな環境で育てば、心が自然と戦うことを受け入れる。それだけの話だった。
「自分が勇敢かどうかなんて特別意識するようなことじゃない。勇気なんてものは本当に必要なときになれば勝手に湧いて出てくるものだ。それに人には向き不向きがある。お前は母親や子供たちの面倒を見てくれていればそれでいい」
ダンは「はい」と返事をしたが、顔は下を向いたままだった。
すると、ウォーレンが隣に並んで彼の背をばんと叩いた。
「そう思い詰めんなって。生き残っちまったもんはしょうがねぇだろ。後ろばっか振り返ってないでもっと前を見ろ。一度悔しい思いをしたからこそ、次はやってやるって気持ちにもなれるってもんだ」
「次……?」
「そうだ。人間生きていれば次がある。失敗や後悔を糧にしろ。そうすりゃ明日のお前は今日のお前よりもマシな人間になれてるはずだ」
「……そうですね、わかりました。がんばります」
そう答えたダンの表情には少しだけ明るさが戻ったように見えた。
「本当にきつくなったら言え。途中でへばられる方が迷惑だからな」
ラーズはそう言うと、前を向いて元の位置に戻った。
それからしばらくは無言の行軍が続いた。
ふいに前を歩いているフィリスが振り返った。
当然、ラーズと目が合う。
「どうか――」
されましたか、そう言いかけて、ラーズは昨晩のアイラとの会話を思い出した。
「……どうかしたか?」
少し躊躇った後、そう言い直す。
フィリスは一瞬びっくりしたような顔をしたが、口にしたのは「いえ、なんでもありません」というありふれた台詞だった。
「昨晩はよく眠れたか?」
ラーズはさりげなく少女の横に並び、話しかけた。
「はい。少し寒かったですけど、おかげさまでしっかり休むことができました」
フィリスは笑顔で答えたものの、その顔色は一目で体調が優れないとわかる程度には悪かった。ただ、彼女の性格では「大丈夫か?」と問えば、絶対に「大丈夫です」と返してくる。だからラーズはあえて「はい」か「いいえ」では答えられない聞き方をした。
「今の体調を一から十の数値で表すとしたらどのくらいだ?」
「……ずいぶんと変わった聞き方をなさるのですね」
「一が最悪、十が絶好調。どのくらいだ?」
「七……いえ、八です」
好調をアピールしているつもりか、フィリスは胸元に両手で小さく握りこぶしを作ってみせた。
「その割にあまり顔色が良くないように見えるが?」
「きっと光の加減のせいです」
しれっと答えたフィリスの顔を、ラーズはじっと見つめる。元々嘘が吐けない性格なのだろう。フィリスは降参したように小さくため息を吐いた。
「……本当のところ、体調はあまりよくありません。ですが、それは無理をしたからというよりは、この隧道……いえ、この山全体から嫌な気配を感じるからだと思います」
「嫌な気配? 例の悪霊とやらか?」
「わかりません。ただ嫌な感じがするというだけで具体的には……。なんていうか戦場を訪れたときのような、とても重苦しく淀んだ空気のなかにいる感じがして……」
そこまで言ったところで、フィリスははっとしてラーズを見た。
「ごめんなさい、こんな抽象的な話をされても困りますよね」
「いや、気付いたことがあればなんでも言ってほしい」
フィリスはほっとしたように微笑み、「わかりました」と答えた。
「とりあえず途中で休憩を入れるから、それまでなんとか頑張ってくれ」
ラーズがそう言うと、フィリスは慌てたように手を振った。
「そんな! 休憩なんて必要ありません。わたくしならぜんぜん大丈夫ですから!」
「気持ちは買うが、無理をされた挙句にまた倒れられてはこっちが困る。君が無事であることは任務の大前提なんだ」
「ですが、これ以上休むわけには……。ただでさえ、わたくしが倒れたせいで遅れてしまっているのに」
「昨晩の休息は全員に必要なものだった。だから君が気に病む必要はない。そもそも君がいなければ俺たちは全滅していた。それに、この先また君の力を頼ることがあるかもしれない。そのときのためにも、今は無理をせず力を温存しておいてほしいんだ」
「えっ?」
フィリスの目が驚いたように見開かれる。
「それでも無理したいと言うのなら、ここから先は俺が君を背負っていくことになるが、それでもいいか?」
「ふぇ!?」と妙な声をあげるフィリス。
「おい貴様、調子に乗るな!」
それまで素知らぬ顔で横を歩いていたアイラもさすがに看過できなくなったのか、殺意すら込められた目で睨んできた。
ラーズはそれを無視して言葉を続ける。
「それが嫌なら、きついときはちゃんと申告してくれ」
「わ、わかりました」
フィリスは完全に戸惑っているようだった。
昨日の今日でまるで接し方が変わっているのだから当然だろう。おまけに距離の詰め方を間違えたような気がしなくもない。
ラーズは強引に会話を打ち切ると、逃げるように後ろへ下がった。ウォーレンがにやにやといやらしい笑みを浮かべていた。
やはりこの役目は年齢の近いオッシに任せるべきだったか。ラーズはそう後悔するも、今さら手遅れであった。




