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第15話 懸念

 村人たちを保護した一行は、ほどなくして村を発った。

 本来ならば休息を取りたいところだったが、メッサーがここまで出張ってきている以上、のんびりと休んでいられる状況ではなくなっていた。

 犠牲者の亡骸は埋葬する時間がなかったため、一か所に集めて荼毘に付した。

 フィリスが聖職者らしく祈りを捧げていたが、異国の神に祈られて亡くなった者がどう思うかはわからない。少なくとも武骨な騎士に祈られるよりはマシだろうとラーズは思うことにした。


 一行の人数は行きと比べて一気に増えていた。

 神託の子コルウィンに、彼を引き取った木こりのダンと、その母親ベル。そして八人の子供たち。

 彼らの道中の移動手段には、村に一台だけあった馬車を利用することにした。二頭引きで、後ろの大きな荷台には幌がかけられてある。

 残念ながら馬は残っていなかったので、フィリスとトーキルの馬を馬車に繋げた。

 フィリスには神託の子や村人たちと一緒に荷台に乗ってもらう。そうしたのは守る対象を一か所に集めて守りやすくするという意図があるからだが、一番は事態についていけずに混乱している子供たちの面倒を見てもらうことにあった。

 ちなみに、トーキルはダンと共に御者台の上である。乗馬から解放されたことがよほど嬉しいのか、鼻歌まじりに手綱を握っている。

 それ以外の者は馬車を囲うように馬を進めた。


 しばらく経って、最後尾のウォーレンがラーズのもとへ馬を寄せてきた。

 目が合った途端、彼はこれ見よがしにため息を吐き出した。


「まったく、お前の部下をやってると命がいくつあっても足りんな」


「すまない」


 ラーズは神妙な面持ちで頭を下げた。


「白々しい真似はよせ。最初からガキどもを見捨てるつもりなんてなかったくせに。反対したのだって、あの聖者様がどこまで本気か確かめたかっただけなんだろう?」


「そんなつもりはない」


「ま、どっちだっていいさ。お前がそういう奴だってのは織り込み済みだ。長い付き合いだからな。俺だけじゃない、イームクレンもオッシもだ。オッシなんざ言われる前から馬車の準備をしてたくらいだ」


「……そうか」


 ラーズの胸に温かい感情が広がっていく。

 彼らのそういうところには、いつまで経っても頭が上がらない。文句は言えど、最後は必ず力を貸してくれる。彼らのような仲間がいるから、自分は折れずに戦い続けることができているのだと心から思う。

 ただ、同時に罪悪感も抱く。自身のわがままで、任務の危険度が跳ね上がってしまったのだから当然だった。

 そんな思いが顔に出てしまったのか、ウォーレンが苦笑した。


「なに、俺がお前の立場でも同じことをしたさ。どこの国の人間だろうが子供は子供だ。俺はガラト人が憎くてたまらないが、あのガキどもに何の罪もないってことはわかる。あいつらを見捨てて神託の子だけを救えってのが神の意思だというのなら、そんな糞みたいな神は滅んじまったほうがいい」


 過激だがいかにもウォーレンらしい、とラーズは思った。


「それにな、ガキどもを見捨てて自分だけ生き残るような真似は俺にはできん。イダの父親として胸を張れる男でいたいからな」


「ウォーレン……」


 アニーネと結ばれ、イダという子を持ったからなのだろう。今のウォーレンには、昔にはなかった包容力と優しさ、そして大切なものを手に入れた男の強さがあった。


「お前には敵わないな」


 ラーズがそう言うと、ウォーレンに背中をばんと叩かれた。


「お前も帰ったら妻を娶れ。少しは自分の幸せについて真面目に考えろ。自分を幸せにできない奴が他人を幸せにできるはずがないんだからな」


「考えておくよ」


 ラーズは苦笑しながら答えた。


「――でだ、本題はここからだ」


 ウォーレンの顔が一瞬で引き締まった。


「ガキどもを連れて行くのはいいとして、状況が厳しいことに変わりはない。実際のところ、無事にボタモイ平原までたどり着ける公算はあるのか?」


「……ない」


 ラーズは正直に答えた。


「あっさり言い切りやがって……っていうか、このペースだとハイマン司令との待ち合わせに間に合わないんじゃないのか?」


「司令にはあらかじめ遅れる可能性については伝えてある。司令も限界まで待つと言っていた」


 ハイマンが直々に騎士隊を率いてボタモイ平原まで出迎えにくるという異例の措置をとっていることからも、フィリスに対して並々ならぬ思い入れがあることはまず間違いない。忠誠心とも呼べそうなその熱意は信頼に値するとラーズは思っていた。


「途中で黒い霧に呑み込まれる可能性は?」


「黒い霧の侵攻速度は発生当初から変わっていない。これまでの調査結果を信じるならば、だが……。念のため、ついさっきイームクレンを偵察に出した」


 黒い霧は着実に勢力を広げてはいるが、その速度は発生当初から非常に遅く、今すぐこの森にまで到達するとは考えにくい。だからこそラーズも子供たちを連れて行く決断ができたのだ。


「……なぁ、ラーズよ。俺が抱えている懸念を口にしてもいいか?」


 急にウォーレンが声を落とした。


「なんだ?」


「怪物どもは黒い霧から滅多に離れない。それがわざわざ遠くの村にまで出張ってきていた。こいつはこれまでに見たことがない動きだ。俺はそれがずっと引っかかってる」


「……何が言いたい?」


 ウォーレンは一呼吸おいてから核心に触れた。


「奴らの狙いは最初から神託の子だったんじゃないのか?」


「……」


 その可能性はラーズも考えていた。

 村を襲っていた怪物どもは、そのほとんどが家の中に入り込んでいた。これまで手当たり次第に人間を襲うだけだった怪物が、まるで何かを探しているかのような動きを見せていたのだ。


「俺にはこのまま奴らが見逃してくれるとは、どうしても思えねぇ。ひょっとしたら、俺たちは思っていた以上に厄介な荷物を運ばされてんじゃないのか?」


 ウォーレンの視線は馬車の方へと向けられていた。


「確証があるわけじゃない。仮にそうだったとしても、フィリス殿は神託の子を諦めたりはしないだろう。彼女の護衛が我々の任務である以上、守るしかあるまい」


「そんなことはわかってる。俺が言いたいのは、いざというときに俺たちがどう動くか、あらかじめ決めておく必要があるんじゃないかってことだ」


 ウォーレンの指摘に、ラーズは頷いた。


「いざとなったら俺たちで血路を切り開き、フィリス殿を逃がす」


「あの聖者様が素直に従うと思うか?」


「俺たちのうちの誰かが、無理やり連れて行くしかないだろう」


「ま、それしかないか。女ひとりなら抱えて逃げることもできるだろうしな。……で、誰がその役目を担う? お前か?」


「いや、俺は指揮官として最後まで残る」


「それじゃあ誰だ?」


 ラーズの脳裏にアニーネとイダの顔が浮かぶ。彼女たちのもとへウォーレンを無事に帰したい……それが真っ先に思ったことだった。

 が、それを見透かしたかのようにウォーレンの目が鋭さを増す。

 言葉にされなくても、ラーズには彼が何を考えているかわかった。そして、こういう局面で彼が絶対に譲らないことも、よく知っていた。

 ラーズは敗北を認め、第二案を口にした。


「……オッシが適任だろう」


「異議なしだ。あいつはすばしっこいし、タフだからな」


 ウォーレンは満足げに頷くと、馬首を巡らせて隊列に戻っていった。



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