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1.悪役令嬢の断罪

「嘘をつくな、クローディア・ロートシルト……否、魔王の尖兵!」


王立第一学院の講義棟、その大広間によく通る声が響く。

アドニス王太子殿下は金の瞳に憎悪を滾らせ、私を睨めつけていた。


「ちが、違うのです! これは何かの──」


「ならば、その右腕はどういうことだ?」


私はとっさに右手を背中に隠した。右腕には、手の甲から手首にかけて赤いミミズ腫れが走っていた。

王家に受け継がれた至宝〈真実の御鏡〉は、魔に伍する者を暴き、邪悪なる者を灼き尽くす。


その鏡が、まばゆい光とともに私の肌を焦がしていた。


「わからっ、分かりません! 私にも、何が何だか……だって」


「そうか、では教えてやろう。12年前、お前はロートシルト公爵を洗脳し、娘に成り代わった。

以降、クローディア・ロートシルトの名を騙り、俺の婚約者として振る舞い続けた。

……目的は俺の殺害、あるいは王家の乗っ取りか?」


「何をおっしゃって……そんなはず、私はずっと──」


「近づくな、化け物!」


ビリビリと空気を震わせる声に、私の喉がひゅっと鳴る。

射貫くような視線が、私を硬直させた。


「公爵家の地下室から、一人の少女を保護した。

痩せぎすで口もきけなくなっていたが、その瞳は紅く、金の髪をしていた。

──わざわざ生かしていたのは、術式の触媒を得るためか?」


続く殿下の言葉は、私にとっては青天の霹靂だった。


屋敷に地下室があったなんて話は聞いたことがない。

ましてや、そこに私とそっくりな少女が閉じ込められていたなんて。


私が気付かない筈がない。何か、何かがおかしい。

何か巨大な悪意が、裏で動いている。


「殿下は……私のことを、信じてくださらないのですか」


「信じたかった。お前のその表情が、その態度が、演技ではないのだと。この12年間がまるっきりの嘘ではないと。……だから、この目で確かめた。

お前が、俺の目の届かないところで、家格が下の者を甚振っていることも。刃向かう者を家ごと追い落とそうとしたことも」


そんなこと、していない。殿下の婚約者として、そんな真似をするはずがない。

なのに、信じてもらえない。先回りするように、捏造された証拠が用意されている。


それでも、否定し続けなければならない。

大広間に集う人々の視線は冷たく、私の味方は誰ひとりいないけれど。

喉は詰まって、声は震えて、うまく言葉が出てこないけれど。


「ずっと、あなたの傍で……支えてきました。あなたを想って……私は、あなたのことを……!」


「…………」


「聞い、て、全部、違うんです! 仕組まれてるんです!

これ、を! 殿下、このブローチは、殿下がくださったものです!

ずっと私は、これを持っていて……殿下の想いが、殿下の……」


「勘違いだった」


その一言は、私の思考を止めるのに十分だった。

これ以上、言わせては駄目だった。

これ以上、聞いてはならなかった。


だってそれは、私が唯一持っていた拠り所で、誰にも触れさせてはならない大事な思い出で、私と殿下を繋ぐ証で……。


「これまで全て……俺がお前を愛していたことはない」


その最後のピースが崩れた今、私の中には、何も残っていなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



不意に広間の外で慌ただしい足音が聞こえた。


「──王太子殿下! 西の森より魔物多数接近!」


「何だと、結界はどうなってる! チッ、これもお前の差し金か…………ッ!?」


殿下はぎょっと目を見開き、こちらに剣を構えた。

視線を落として、私はようやく自身の異変に気が付いた。


右腕、〈御鏡〉に焼かれた火傷の痕は青黒く変色し、針金のような体毛がびっしりと覆い尽くしていた。


「お前……やはり……!」


「……してください」


「なに?」


「私をここで、殺してください」


私の懇願に、殿下は一瞬、押し黙った。

その怜悧な表情からは、何の感情も窺い知ることはできない。

やや間があって、殿下は口を開いた。


「……悪く思うな」


持ち上がった細剣の光を見て、私は終わりを悟る。

丸天井のステンドグラスが逆光となり、殿下の顔に影を落とす。


その影の中で、殿下の顔が苦痛に引きゆがむのが見えて──。


「──危ない!」


思わず殿下を引き倒した。ずぷり、と音を立てて細剣が肩口を貫いた。

直後、天井から破砕したガラスと黒い影が落ちてくる。


影は四つ足で着地すると、獣の咆哮を上げた。

──魔獣。辺境に生息する彼らは、まかり間違っても学園の付近に迷い込むはずのない存在だった。


学園は、何者かの襲撃を受けていた。


私はくずおれそうな痛みを必死に耐えて、震える脚で立ち上がる。

「お前は……」と殿下が呆然と呟く。


細剣が刺し貫いた左肩から、黒い液体がボタボタと溢れた。傷口が焼けるように痛い。

皮膚の下を何かが這いずるような不快感がこみ上げる。


私は二、三歩たたらを踏んで、殿下から距離をとった。大広間の扉が視界の隅に見えていた。

右腕の変色は肩にまで及んでいた。おそらく私の時間も多くは残されていない。


「──待て、クローディア!」


私は踵を返すと、学園の西門へ向けて駆け出した。

殿下の苦しむ表情をこれ以上見たくなかった。それだけは真実だった。

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