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第九話

 停留所でバスから降り、横断歩道を渡ると右に曲がった長い坂道が見える。街灯と星空のおかげで道は明るかったが、往来が少ない為少し心細く感じた。

「吉行さん、いつもこの道歩いて登校してるの?」

「そうだよ」

 芯太の二歩ほど後ろを歩いていた志乃が答えた。

「これ毎日だと結構大変だね」

「そうでもないよ」

 そう言って芯太の隣まで歩み寄る。

「湯築君はこのあたりに来るの初めてかな?」

 志乃は芯太の方を向いて少し前かがみ気味な姿勢で尋ねる。

「小学生ぐらいの時に一度来たことある気もするけど、あんまり覚えてないな……」

「ふぅん――何しに?」

「なんかお使いだったような気がする」

「そうなんだ。誰かと一緒だったのかな?」

「どうだろ? やっぱりあんまり覚えてないや」

 誤魔化すようにそう言った後、志乃から視線を逸らし少しだけ足を速める。 

 坂道を上りかけた直前に差し掛かり、疎らだが民家が増え始める。その隙間から見える峠の向こうに芯太達の通う沓掛高校が見える。

「おー、校舎が見えるじゃん」

 芯太は志乃の方を振り返って言った。志乃はその言葉に答えず(うつむ)き加減で歩いている。

「ここから真っ直ぐ橋でも架かってたら、通学早いのにね」

 今度はその言葉に「そうだね」と短く答える。

 二人は高台になった住宅の石垣に沿ってしばらく歩道を歩いた後、石垣の隙間に見える歩行者用の石段の方に折れそこを上る。

「――ここまでいいよ」

 暫く無言で歩いた後、志乃は立ち止まって芯太の方に振り返った。

「え?」

 芯太が聞き返す。

「ここでいい」

 志乃はもう一度そう言った後、言葉を続けた。

「私の家」

 そう言って目の前の塀に囲まれた一軒家を小さく指さす。石段を上がりきった先、その角に位置するの二階建ての家は、芯太が予想していたよりも立派だった。

「ああ」

 芯太はそう一言だけ返した。

「今日は送ってくれてありがとう」

 志乃は鞄を後ろ手に持ち、小さく頭を下げると少しだけ寂しそうに微笑んだ。その表情に少しだけ胸が締め付けられる。

「なあ」

 居たたまれなくなって、芯太が口を開く。その言葉に志乃は「何?」と短く聞き返した。

「オレ何か機嫌損ねるようなこと言ったっけ?」

 坂道を歩いている途中から志乃が少し沈み込んだような雰囲気になっている事に気付いていたが、特に理由は思い当たらずそれまで通りに接していたが、やはり少し気になったので思い切って尋ねてみた。

「……」

 少しの沈黙の後、玄関の方に向直し、芯太を背にして答える。

「気の利かないところ。察しが悪いところ。嘘つくところ。空気を読めないところ……」

「なんだよそれ」

「わらないならいいよ」

 志乃は苦笑している芯太に後ろを向きのまま答えた。

「気を付けて帰ってね。じゃあまた明日」

 門戸を開けながらそう言う志乃に、「また明日」と答え、踵を返してとぼとぼと歩き出す。

「芯太!」

 数歩歩いたところで、後ろから志乃が声を掛けた。

 志乃が少し大きめの声を出した事と、下の名前で呼ばれた事に少し驚いて振り返る。

 そこには、こちらを向いてあかんべのポーズをしている志乃の姿が見えた。

 


「ほら芯ちゃん、早く」

 中学生ぐらいに見える年上の少女に促され、少年がしぶしぶと玄関に出てきた。

 少しバツの悪そうな顔で、玄関前で待っていた眼鏡の少女を見る。

 彼女は、いつものTシャツにショートパンツとは違い。水色の裾の長めのワンピースを着ていた。

 男の子は見慣れない格好でいる彼女を見て、照れたように目を逸らした。

「あら、可愛いじゃない! とっても似合ってるわよ」

 小学生の少女はそう言って彼女の頭を優しく撫でた。

「ねえ、芯ちゃんもそう思うでしょ?」

 振り向いて後ろの少年に声を掛ける。少年は「知らねーよ」と素っ気なく言って視線を逸らす。

「あはは。照れてる」

 年上の少女はそう言って少年の頭を軽く小突く。

 眼鏡の少女も少し照れたような表情で二人から目を逸らした。

「じゃあそろそろ行くわよ。下でお父さん待たせてるし」

 両手で二人の手を取り、エレベーターの方に向かった。

「足の怪我は大丈夫?」

 エレベーターに乗ると、少年は眼鏡の少女に向かって尋ねた。

「うん。もう痛くないよ」

 そう言ってスカートの裾を膝まで捲る。足の(すね)から脹脛(ふくらはぎ)のかけて白い包帯が巻かれていた。

 今日、ショートパンツじゃないのは、お洒落だけが理由じゃなく、包帯を隠す為だった。

 少年はそれを見て少し胸が締め付けられる。

「ホントに大丈夫だよ」

 眼鏡の少女は、少年の表情に気付き、慌ててそう答えた。

「ごめんな」

 男の子が呟くように言う。眼鏡の少女は首を大きく横に振った。

「ほら、二人ともそんな顔しないの」

 年上の少女は、二人の頭をぽんと叩いた。

「写真には、笑った顔の方がいいでしょ?」

 

 

 六月二十九日。

「女心って複雑だよな……」

 一限目の体育の授業を終え、着替えの更衣室で芯太は要祐に話し掛けた。

「……なんだそりゃ。お前は平沼騏一郎(ひらぬまきいちろう)か?」

 少しの間を空けた後、要祐は着替えの手も止めずに淡々と答えた。芯太の唐突の振りには慣れている。

「誰だよそれ?」

 今度は芯太が聞き返したが、すぐに「まあ、誰でもいいけど」と蘊蓄(うんちく)を披露しようと口を開きかけた要佑を遮った。

 要佑は芯太のその行為に気した様子もなく、話題を戻す。

「で、欧州情勢がどうしたって?」

「いや、言ってないし」

 そこまで言ってお互いに吹き出す。

「やっぱこういうバカな話してる方が楽だよな、色々分かりやすくて」

「そいつはどうも……で真面目な話、吉行さんと何かあっただろ?」

 少しずついつもの調子に戻ってきた芯太に本題を切り出す。

「話せば長くなるぞ」

「四百文字以内で頼む」

「あのなあ」

 と言って、芯太は昨日の帰りの出来事を要佑に話した。一部、要祐に関する内容だけは適当に誤魔化す。

 着替えの手を止めて聞いていた要祐は、話が終わると小さく頭を掻いて視線を天井の隅に移す。そして話の内容の整理が終わったのか、シャツのボタンを止めながら、芯太に話かけた。

「なあ芯太ちょっと聞くけど、お前吉行さんに何か約束とかしてなかったか?」 

「約束?」

「借りてたものを返し忘れてるとか、何かしてあげる約束を果たしてないとか」

「箸なら返したぞ」

一昨日(おととい)の昼食時、弁当の箸を忘れて志乃に借りるという出来事があったのだが、洗って返すという芯太に「大丈夫、いいから」といって引取り、そのまま持って帰ってしまったので返し忘れているという事は無い。

「ああ、でも昨日その事に何かお礼でもしたら良かったかな」

「それはそれで、したほうが良いだろうね」

 思い出したように言う芯太に同意をする。

「でもその事じゃなく、根本的な何かを芯太が忘れてるんじゃないかな」

「まあたぶん、芯太が思っている程難しく考えなくてもいいと思うよ。その時に咄嗟で出る言葉なんてものは、本音か真逆かのどちらかだよ。要はそれをどう見極めるかが大事なんじゃないかな」

「うーん……」

 それが案外難しい。ロッカーの扉を閉じた要佑は、隣で頭を抱えている芯太の背中をぽんと叩いた。

「まあ、ゆっくり考えたらいいんじゃないかな? 別に喧嘩してる訳でじゃ無いんだろ? 僕も機会があればそれとなく聞いといてあげるよ」

「うん、悪いな」

 芯は着替え終えた体操着の入った袋を取り出し、ロッカーの扉を勢い良く閉めた。

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