47
「ふぅ」
授業の後、僕は知らず知らずに図書室に足を運んでいた。
手に取っていた本が『空気を読むための観察眼』なのは単なる偶然である。
読んではいるものの、目がすべるばかりで、内容が頭に入ってこない。
なにを期待しているのか視線は図書室の入り口を自然とさ迷っていた。
そして、ドアが開く。
僕は思ったよりもドキッとして、入ってきた薊さんと目が合うと、あわてて本に視線を落とした。
「や。こんにちは。よく会うね」
「こんにちは……ホントに」
観念して本から僕は彼女を覗き見ると、薊さんは僕の前に座っていた。
こうなると何を話していいのかまるでわからなくなる。
それでも何か会話しなければと僕が話題を探していると薊さんは気軽に話題を提供してくれた。
「この間のムキムキは元に戻ったんだね」
飛び出した話題は、胃もたれしそうなものだったが。
僕は椅子からずり落ちそうになった体を元の位置に戻して尋ねた。
「……なんでそれ知ってるの?」
「ピクニックにちょっと高性能な双眼鏡を持っていったから? それでなくてもアレだけ派手に大暴れしたんだ。何が起こったのかくらい確認するだろう?」
薊さんはそう言った。
そういえばアレだけ派手に暴れおいて、事後処理を丸投げしてしまったんだった。
大和君たちへのフォローも考えて見たら彼女がやってくれた可能性は高い。
どうやら随分と面倒を押し付けてしまったようだと僕は反省した。
「ゴメン。嗚呼……でも。で、出来れば確認しないで欲しかった……」
「そうはいかない。一度君の身体を徹底的に調べてみたい物だ。一体どうなっているんだか」
「いやはははは」
あの時は、すべて納得した上で自分から鍛え上げたわけだが、何でだろう? まったく不都合はないはずなのに、一生の不覚を取ってしまった感じがものすごくするんだけど。
薊さんは顔を赤くする僕を見て、肩をすくめてくすくすと笑っていた。
「興味深いね。君は本当に」
「そうかな?」
「ああ、そうなんだ。超能力者や霊能力者、宇宙人、そんな輩が集まってきているのに、君は誰より謎めいている」
「うーん。確かに自分でも謎は多いけど」
「そのくせ、君の悩みは地に足がついていて、いいなと思うよ?」
「えーっと」
なんの話をされているのかわからなかったが、ちょいちょいと薊さんが僕の握りしめていた本を指さして、あわてて僕はそれを隠した。
「案外自分のことほどわからないものなのかもしれないな。というか、君に限らずみんなよくはわかっていないんだろう。わかっている気になっている方が滑稽なのかもしれないよ」
「薊さんなら何でも知っていそうな感じがあるけどな」
なんとなく、イメージだけで僕は答える。薊さんは困り顔で首を振った。
「そんなことはないさ。私はね、人より少しだけ頭がいいらしいんだけど。それでもわからないことだらけで毎日頭を捻っているくらいだよ」
「そうなんだ。なんだか意外だ」
「ああもちろん。だから毎日考えている。君たちのようなことが私にもできればいいんだけれど、それは私にはできないものね」
「で、でも、僕は君の助言には助けられてるし」
「……ムキムキになったりしてたけど?」
「あれはあれで有意義だった!」
僕は力強く断言する、すると薊さんはあっけにとられていた。
「ふふ。そうか。君がそう言うのならよかったのかもしれないね」
「そうだよ」
「で、今回は空気の読み方? 何かあったの?」
「……いやその。朝散歩から帰ると火の玉をぶつけてきた友達に空気を読めと言われたもので。毎度恥ずかしいところをお見せして面目ない」
「恥ずかしくは……ないさ。空気を読むって言うのはけっこう高等技能だから。場合によっては、色々なアプローチの仕方がある。そうだな……その火の球を投げつけた友達はホルスト君だろう?」
恥ずかしくは――の後の間がものすごく気になったけれど、それはともかく置いておいて、僕はうなずいた。
「そうだけど」
「そんなに話したわけではないけれど、彼はあえて空気を読まない所がある」
「……ああ、わかるような気がする」
あざみさんの言う通り、かなり強気な態度であることが多いのは日々実感しているところだった。
「でもそれが悪いことだと一概にはいえない。つまり相手に主導権を取られることを良しとしない。空気を読むというよりも作る側にいようとする。我を通す人間には好感が持てるよ。私は」
なんとなく衝撃的なセリフだった。
目が泳いだ僕は動揺を抑えきれないまま、会話を続けた。
「……そうなの?」
「あぁ、少なくとも自分がないよりはね。協調性がまるでないのもどうかと思うけれど、そう言うわけでもないんだろう」
「うーん」
僕としてはホルスト君は唯我独尊を地で行くと思っていたがあれもテクニックだという事か。
考えてみれば、あのつかみどころのなさも臨機応変さの結果なのかもしれないという気がしてきた。
それでも火の玉を不意打ちで落としてほしくはないものだが。
薊さんは僕が混乱しているのを見て取ったのか、肩をすくめて話を切り上げた。
「こればかりは経験しかないんだろうね。人の頭の中を覗けない以上、相手の反応をよく観察するしかない。おっと、少し話しすぎたな。じゃあね山田君。またいつか話をしよう」
「う、うん」
去っていく薊さんはいつも突然現れる。
そして薊さんとの話は、なぜだかとても新鮮な時間に思えた。




