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渦巻く疑念。
それは水に一滴落とした墨のように、僕らの心にすごい勢いで広がってゆく。
大和君に対する視線は探るような目になってしまうわけだが……。
「その……これ。あんたが前にカッコいいって言ってたリストバンド、同じやつ見つけたからあんたにあげる。たまたま見つけただけだから……その、気にしなくていいから」
早乙女さんは視線を知らしつつ真っ赤な顔でそれを大和君に手渡す。
「はい♪ 私が特別の調合した清汗スプレーよ。遠慮なく使ってね♪」
更にその隣では非常に嬉しそうなリオンさんが製品だとしか思えないほどしっかり作られたスプレーを満面の笑みで手渡す。
「わたしが……育てたレモンで作った蜂蜜のレモン漬け。授業の後に……食べて欲しいの」
小柄な女の子、マリーベルさんは、タッパーに入ったレモンのはちみつ漬けをたっぷりと詰め合わせてきていた。
「おはようございます学様! これ私が刺繍したタオルです! 受け取ってください!」
シーラさんはこの日のために刺繍入りタオルを自作してきているようだった。
「君達は本当に面白いな。観察のし甲斐があるよ」
更に薊さんは、特にプレゼントがあるわけではないようだったが、大和君の肩を叩いて、楽しそうだ。
「ありがとうな」
短くお礼を言う大和君は照れたように笑う。
そう、今日は合同演習。共に汗をかく系のトレーニングがあるこの日のために、そろえられたであろうプレゼントラッシュ。
それを見た僕達は、疑念のドロドロとした黒いオーラを桃色の波動に押し返されてすみに追いやられていた。
「……うぬ。意識して見てると強烈だな。早乙女の奴もがんばってんのな」
「薄目だよ。薄めで行けば何とかギリギリ正視に堪えられ……ゴメン嘘、きついです」
「ここまで強烈だと、物理的な障壁すら感じるな……胃もたれしそうだ」
「みんな口に出てるよ。聞こえちゃうよ」
「大丈夫だろ。俺達の声なんて聞こえやしないよ」
「そうだぞ。アレはもう一つの結界だ」
「悲しいけれどね。でもいつかはどうにかしてみせるとも!」
「はぁ」
だがある意味ではいつも通りのこのやり取りでも注意していれば見方も変わる。
それは例えば、今回の一件に関して僕はこう思った。
「やっぱり、大和君は女子寮に住んでいるわけじゃないんじゃない? プレゼントのことも知らなかったみたいだし」
だが僕以外のみんなは、そう楽観的にはならなかったみたいだった。
時坂君は大和君の様子を見やり、難しい顔で唸る。
「いや、あいつ鈍感そうだからなぁ。相手が隠していればなおさら気が付かないんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
僕としては、あれで中々鋭いところもあると思うのだが。
鋭いかどうかは別にしてホルスト君いやいやと首を振る。
「それに基本寮は個室だ。わざわざ尋ねていくようなことでもなければ、普段何をやっているかなど知りようもあるまい」
「それはそうだね」
寮とは言っても、構造としてはマンションなどに近い。
日常生活に必要なものが揃えられている部屋は、個別にプライバシーが守られている。
男子寮がそうなのだから女子寮もそうなのは、想像することができた。
べぇだ君はプレゼントの内容を知らなかったという一点で、光明を見出したらしい。
「でも、女の子の部屋にいりびたっているわけではないというのは朗報だ。まぁそれも確実な情報だとは言いがたいわけだけど」
べぇだ君の視線は疑っていますよと訴えているようで、大和君から離れなかった。
「やっぱりまだ女子寮にいるとは思ってるんだね」
これはやはり直に一度尋ねて見なければ晴れる疑惑ではないようである。
僕らが小声で話あっていると、ようやく運動場に先生が姿を現した。
黒く長い髪をなびかせて、風を切って歩く小柄な女の子。
なぜか赤いジャージに竹刀を携えた礼先生は、僕らの前に立つと早速授業を始めるようだった。




