31
「ああ昨日は疲れた……まったくあいつらは。何考えて生きてんだ。マジで意味がわかんねぇ」
次の日、時坂は早朝からやはりおきまりのトレーニング室にいた。
ここの設備は世界最先端と言っていい。元いた施設より充実した設備は生徒十人のために用意されたものと言っていいだろう。
特にトレーニング室はいくつもあって、自分が使いやすい部屋をいつでも使うことが出来る。
使わない手はない。何かしらモニタリングされているだろうが、それはどこであっても同じことだった。
「……まぁでも。昨日はほんとにオレらしくなかった」
時坂は思う、もっとクールに事をなすべきだったと。
本当なら誰かに情を移すようなことをすべきではない。
ここに来る前、もっと殺伐とした関係を望んでいたはずだった。
だがこうして、この先クラスメイトと話す機会は増えている。
それは油断なのか、狙いなのかもはや時坂にもよくわからない。
もし、あの時、べぇだの言うように提案したらいったいどうなっていたのだろう?
そう、ふと頭をよぎって時坂は慌てて首を振った。
「……」
集中が乱れ。空間が揺らぐ。
「そこにいるの?」
「!!」
そんな時にいきなり声をかけられて、今度こそ決定的に空間が破たんした。
無視することも出来ないほどに歪んだ不格好な空間の戒めとして、時坂は観念して声に応えた。
「……なんかようか?」
「すごいね。透明化。なんかゆらゆらするまで全然分かんなかった」
そこにいたのは早乙女だった。
早乙女はさっきまで揺らいでいた空間のあたりを触って確かめるように手を動かしていた。
「どうなってるのこれ?」
「あんまり言ってくれるな。乱れてるってことは、失敗した証拠なんだよ」
そうでなくとも、醜態の理由など口に出せるはずがない。
時坂は心底ばつが悪くなって目があわせられずにいたが、早乙女は幸いこちらの表情は気にせず、揺らいだ空間に注意が行っている。
「ああ、そっか。全然気づけないのが成功よね」
「それより。どうした? なんか用事か?」
気まずくなって時坂がそう促す。だが、肝心の早乙女は特に用事が会ったわけでもないようで、何か意識した様子もなく普通だった。
「別に。いるかなーっと思って。意外とマジメよね。暇を見つけてはトレーニング室って」
「そりゃそうだろ。能力ってのは使わなけりゃ鈍るもんだ。先天的なもんでも後天的なもんでもそりゃかわんねぇから」
「そりゃそうよね……」
「だろう? っていうか、お前もトレーニングに来たんだよな?」
「まぁそうよ」
いつもとは違うトレーニングウェアを見ればそれは一目瞭然だ。思ったよりもずっと引き締まった体つきの早乙女は、さすがは改造人間といったところだろう。
ゴムで纏めた髪といい、自前のスポーツバックといい。かなりがっつりとやる気が見えた。
「でもどういう風の吹き回しだ?」
だがこのトレーニング室では初めて見た時坂が尋ねると、早乙女はいやいやと真顔で言った。
「いや、私もトレーニングはするってば。今までは人のいない場所でしてたってだけで」
「まぁ人に見せるもんでもないよな」
それから時坂と、早乙女の二人は、自分のトレーニングを始める。
時坂は能力を偽った手前、姿が見えなくなる類の能力の行使しか出来なかったが訓練にならないわけではない。
だが驚くべきは早乙女の訓練方法だった。
「……重力発生装置とか、あったんだな」
「そりゃあるわよ。ここにもあるんだなーって思ってきたの。普通のウェイトトレーニングより効くよ?今十倍」
「十倍……」
トキサカは後でこっそりやってみようと心に誓った。
しかしそれから会話が続かない。自然トレーニングに集中することになるが、ふとした時自分が見られていることに気がついて、時坂は閉じていた目を開けた。
「なんだよ?」
「いや、なんか、最初はとっつきにくいなって思ったけど、単に真剣なだけなんだねあんたって」
「なんだそりゃ?」
「ほめてるのよ。ああでもとっつきにくいのはホントだから、そこは改善した方がいいと思うけど」
「うっせーよ。お前には言われたくないわ」
「……まぁ私もとっつきやすい方じゃないしね」
「いやそこまでは言わんがよ……」
「いいのいいの。わかってるから。ああでも、トレーニングに関しては素直に感心してるだけだから。私もがんばんなきゃなって。超能力も後から目覚めさせることが多いんでしょ? 」
「ああ。オレのもそうだ」
「へぇ。私の能力も後で足された物なんだよね」
時坂はどうにも調子が狂う感じだった。早乙女の台詞はトレーニング中の暇つぶしなのか淡々としていて、感情も読み取りづらい。
時坂にしてみれば語られる身の上話にどんな反応をするのが正解なのか、それすら自信がなかった。
「改造人間……だったか?」
「あ、知ってるんだ。そう。それ。昔は、見えないものが見えて触れられるだけだったんだけど」
「そりゃあ……厄介だな」
時坂は見えないものが見える類の能力の知識を記憶から引っ張りだした。
世の中の能力で見る能力はかなり多いと聞いている。幽霊、悪霊、妖怪、妖精、精霊などなどフィクションとしてとらえられていた生命体は確かに存在していた。
見える人間が増えてそれらが認知されることになったが、同時にそれらの被害も増えたと聞く。
下手に見えるだけでは不都合しかないことは想像に難くない。
早乙女は頷いた。
「そうなの。人間って見たり考えたりすることが多いから、そっちから進化していったんだって言う人もいるよ。でも幽霊みたいなのって見えてる相手には寄ってくるからさ。対抗できる手段がないとけっこうまずくて、一時期そういうのを専門にしてる寺に預けられてたんだ私」
「へぇ。それで最終的に改造ってわけか。無茶してんなぁ」
「まぁね。でも、こう……負けられないって感じもあって。クラスメイトの薊 マイって知ってる?」
「ああ」
「あの子に頼んだの。まぁやってみないかって誘われたのもあったんだけどさ。もらっただけで満足しちゃいけないなって。楽して手に入れちゃったみたいでなんかやだったから」
早乙女は十キロのダンベルを両手で持ち上げながら、はにかんでいた。
それで、十倍の重力なんて少年マンガみたいなことをしても平然としている身体を手に入れたというわけだ。
はっきり言ってぶっ飛んでいると時坂は思った。
ただし、自分と同じようにと枕詞はついたが。
「そんな事ねぇだろ。強力な力は楽には手にはいんねぇよ」
「ははっ。ありがと。確かに楽じゃなかったかな? でも、改造って言っても、サイボーグ化したりとかそういうのじゃないから気分は少しましだったかも」
「そうなのか?」
「うん。ああでもやり方は機密事項だから言えないけどね。悪用されたらヤバイから」
「そうだろうな」
時坂もそのパワーはこの目で目撃した。
拳で衝撃波を飛ばせるような人間を量産できる技術など、そうホイホイ世に出していいとも思えない。
「正直、この学園の話はありがたかった。ここにいれば、誰も簡単に手を出せないし。何より……あいつと一緒にいられるんだもん」
「はぁ結局それかー」
そして最終的にそうつながるのかと、時坂は何ともちょっとだけイラリとした。
早乙女はと言えば、しかし下手をすれば怒り出しそうな受け答えに、当たり前に頷いて返していた。
「そりゃそうよ。学が私が改造人間になったきっかけみたいなものだし」
「ん? ああ、そうかひょっとしてその預けられた寺で大和の奴に会ったのか」
「そうよ。あいつ子供の時から変な奴でさ。どんなにきつく話しても私に話しかけてきて。なんかもう……めんどくさい奴なのよ」
大和の事を語る早乙女は、妙に楽しそうで、時坂は水を差す気にもならなかった。
その表情を見ているだけで、想像できる単語も限られるくらいだ。
「お前さ。なんでそんなに大和のこと好きなんだ?」
「はぁ!? 何でって……何でそんなこと」
「いや、単純に気になって。普通体を改造するとかまでしねぇだろ?」
時坂の感覚からいうと、それはやりすぎであると思う。少なくとも子供の頃の淡い憧れくらいのものでそこまでするのはありえない。
そのあたりの好きの感覚に早乙女と時坂の間にはずれがあるようだった。
「ま、まぁそうかも。……その、あいつ嘘つかないのよね」
「嘘?」
「そう。子供の頃の話だけど、それは今も変わんなかった。泣いてばっかりだった私を守ってくれるってあいつそう言ったんだ」
「守れたのか?」
「ううん……てんでダメだった。子供だもん。化け物が本気になったら勝てるわけない。でも守ろうとはしてくれたんだ、自分が死んでもおかしくなかったのに。だからこうして私も生きてるんだと思う」
「で、好きになっちゃったわけか。」
「……や、そうね。うん。好き。好きよ。すごく好き」
「お、おう……」
そしてとうとう早乙女は誤魔化すのをあきらめたらしい。
そもそも誤魔化しきれると思う方がおかしいのだが。
早乙女は赤面しつつも、自分の中の気持ちを形にするように話をやめなかった。
「あんたに言われてまぁやっぱりそうかなって改めて思っちゃって。そうよね。周りの子達に張り合う理由なんてそれしかないもん」
「まぁそうだわな。そうじゃないと、あそこまで派手には喧嘩できんわ」
「う、うるさいな。こっちも必死なんだから仕方ないでしょ!」
「……それならもっと開きなおりゃいいのに」
「……それが出来ないから苦労してるんでしょう? 私も、どんな風にすればいいかなんてわかんないし。でも誰かからとられたりするのは絶対やだ」
「そんなもんかね?」
「あったり前でしょ!……っていうか変なの。私、ぺらぺらしゃべりすぎね。こんなことまで話すなんてどうかしてたわ。今日はその……あんたにお礼を言いに来たのよ。その、改めて……」
「は?」
意外に思って声を上げると、早乙女はうろたえていた。
「いや、あの後色々やってたら、シーラとも話すようになったし。その、学を遊びに誘うとかもたぶん無理だったから……やっぱりあんたのおかげかなっと……」
「あー」
「それなのに余計なことまで……あんたにはもうばれてるからかな? なんか話しやすくって」
「そりゃ、まぁ話さんでもろばれだからなぁ」
「は、はっきり人から言われると堪えるわね……やだ。すごいはずかしい」
「遅すぎるな色々と」
「そうかー……そうだよねー……」
顔を抑えて身もだえしている早乙女を見ていると、自然と頬が緩む。
一人で張り詰めていたところで仕方がないと、そう思えるほど時坂の目の前にいる女の子は学生を楽しんでいるように見た。
「まぁがんばれよ。もう弁当の献立は考えてんのか?」
「そ、それも、今考え中……。男の子って肉じゃがが好きっていうけどあれホントなの?」
「弁当のおかずに肉じゃがってきつくねぇか?」
とにかくのろけ話を聞かされたと言う事だろうと時坂は納得する。
同性の友達は、現状すさまじく出来辛いのは理解できた。特にこの手の話をする相手などいるわけもない。
(まぁ都合がよかったんだろう。色々と)
例えそうだとしても、別に相談に乗るくらいの心の余裕がないわけじゃない。
やっと受け答えがまともになってきた頃、唐突に相談の時間は終わった。
「ここにいたか。早乙女君」
トレーニング室の扉が開き、現れたのはクラスメイトの女子だった。
名前は薊 マイ。眼鏡と白衣を着た、いかにも頭がよさそうな女だ。
彼女の用事は早乙女にあるようで、にっこりと彼女に微笑みかけた。
一方、なぜか早乙女の方の笑顔はひきつっていて、微妙に歓迎はしていない様子。
「あ、薊さん。どうしたの?」
「いや、少し頼みたいことがあってね」
「……頼みたいことってなに?」
早乙女が身構えながら尋ねると、薊は持ってきていた書類を早乙女に差し出した。
「いやね、今度の休日。実は学園に新しいトレーニング機材が届くことになってるんだ。多額の出資をしてくださってる企業なんだけど、ぜひ君にその機材をテストして欲しいと言われると断りづらくてね」
「え? 今度の休日?」
それはピクニックの日程だった。
時坂も一瞬反応する。そして早乙女は気まずげ時坂のほうをちらりと確認した。
「そうだ。まぁ軽くもんであげたまえ。私はその日少し外すが、まぁおそらく問題ないと思う」
「貴女出かけるの?」
「ああ。その日はピクニックでね」
「! あ、あんたわかってて言ってるでしょ!」
声を荒げる早乙女に、薊は困り顔でうなずいた。
「まぁ。そうだ。だが都合が悪くても先方が君を名指ししているのは本当だし、断れないのも本当だ。そして君に拒否権はない。悪いね」
「~~~わ、わかったわよ……」
「本当にすまない。まぁ後日また企画したまえよ。まだ学園生活は始まったばかりだ」
薊は要件だけ伝えると、不敵に笑ってトレーニングルームを出て行く。
なかなかいい性格をしているのは、言葉の端々からでも見てとれた。
時坂は、二人のやり取りを黙ってみていたが、書類を見ながらわなわな震えている早乙女の肩をひとまずポンと叩いてみた。
「なんていうか……お前、されるがままな」
「し、仕方ないでしょ……私はあの子にだけは頭が上がらないのよ……改造してもらった恩もあるし」
「しかしあいつ、すげぇな」
「意地悪だけど……あの子は正真正銘の天才よ。あの子の頭脳は人類を何百年も先取りしてる。人類の正しい進化系なんですって。この学園だってあの子が一枚噛んでるんだから」
「へぇ」
やはりこの学園はどこまでも得体が知れないし一筋縄ではいかないらしい。
時坂は色々な心情を込めてため息を小さく零した。




