第77話『矛盾』
「はぁ……」
こんな溜息をつくのも何度目だろうか。あれから脱力した私は夕方の新聞配達も行かず、近所の公園のベンチで座っていた。別に公園に用事があったわけではないが偶々、フラフラ歩いていると視界に公園のベンチが入ったので何も考えず腰を下ろしたのだが……
「はぁ……」
……あぁ〜〜〜!!!もう!!!何なの!?この脱力感………別に体力的とか精神的に疲れたわけではないのだが………
「やっぱり、あれ………よ、ね………(///)」
………
「って!何、赤くなってんのよ!!!私!!!」
うわぁぁぁ………何て顔してたんだ私……あんな、あんな………最低な事されたの……に………
「………結構、濃厚だったわね(///)」
………
「って!今の反応はおかしい!!!私!!!」
ていうか私がおかしい!!!普通あんな事されて………あんな………
「………キス(///)」
………
「って!言っちゃった!私!言っちゃったよ!!!!私!!!」
あぁ〜〜〜〜〜!!!!!こんな変な気分になるのもあいつのせいよ!!!……とはいえ。
「矛盾……してるわね、私……」
矛盾……そう、これは矛盾。
あんな軽そうな男は私はだいっ嫌いだ。嫌悪感しか沸かない。それなのに………なぜか胸がドキドキしている。これはおかしい………誰であろうとそう言うだろう………でも。
「なによ……」
その抱いた感情を認めてしまっているもう一人の自分がいる。
「なんなのよ……これ」
胸がギュッと締め付けられるように痛い………
『恋情』そんな感情が自分の中に流れてくる。
『嫌悪』という名の感情の流れとせめぎ合っている。
言うまでもないが本来、『嫌悪』と『恋情』は対極を為す感情である。
なので形式的に『恋情』という感情を正、『嫌悪』という感情を負とここで考える。
当然、二つの感情がぶつかり合えば相反する感情なのでどちらかの感情に偏る可能性が高い。
というよりも、それが当然であると言っても過言ではないであろう。
なぜならば、実際私達が生きている世界ではある人に対しては好意、またある人に対しては嫌悪、またまたある人に対しては家族愛といった感情が少なからず存在する。
つまり、人と人には相性が存在する。(例外的に誰とでも合わせられる人もいるだろうが)
正と負ーーー正が勝れば『恋情』、負が勝れば『嫌悪』といった分類に分けられるだろう。
なので、この二つの相反する感情を抱いていたとしても相殺されてプラマイゼロは実質的にはありえないと言えるだろう。なぜならば『恋情』と『嫌悪』がつり合いの状態にある感情とは………何?
プラマイゼロの感情だからその人に対して関心が無い………?
それは無いだろう。なぜならば『恋情』と『嫌悪』が少なくとも存在するから。
人の感情は量や数で表せるようなそんな単純なものでは無い。
例えるなら雲のような掴みきれないものであろう。境目が存在しないのだ。
だから前述を覆すような理論になるがそこには二つの相反する感情を現す数とか量といったゲームのような概念(好感度etc)は存在しない。
だから、プラマイゼロの感情は『ありえない』。
『恋情』と『嫌悪』ーーーどちらか一方の感情が勝っているのが普通だろう。
今、アリスという一人の少女はそんな『ありえない』感情に近いものを抱いているかもしれない。
そんな感情は普通存在しないのだからあくまでも……かも……だが。
「お姉ちゃん」
私が公園のベンチで頭を抱えて唸っていると普段から聞きなれた声が耳に入ってきた。
「エリス……」
「ん、しょ」
自分でも分かるくらい暗いトーンでエリスに声を掛けるとエリスは私の隣に座った。その……エリスの様子は私と正反対だった。あぁ……やだ、今、誰とも話したくない気分なのに………
「えっと、お姉ちゃんどうしたの?こんなところで?」
エリスは少しよそよそしく私に聞いてくる。
「………」
私はエリスに対して何も返せなかった。
だって、何て言えばいいのか自分の中でも分からなかったから。
「……えっと、お姉ちゃん?」
「………」
誤魔化そうとも思わなかった。
嘘を吐けば済む話なのかもしれないが、今はそんな気力もない。脱力感、それだけしかなかった。
仮に嘘を吐いたとしても鋭いエリスの事だ。たちまち簡単に見抜かれるだろう。
「「………」」
私の返答がないせいかそれっきりエリスも喋らなくなった。
それでも私はいいと思う。だって、今は誰とも会いたくなかったから。誰とも喋りたくなかったから。
むしろ、帰って欲しい………そんな薄情な感情を抱きつつあった。
最低ね私………前までは愛しい妹だったのに。
あの男が目の前に現れてから………こんな………
あぁ、でもそれって完全に言い訳よね。それも最悪最低な。あは、あははは………
「………お姉ちゃん」
数十分、沈黙を保ち続けていたエリスはついに小さな弱々しい声で喋り始めた。
「………」
当然、私はそれに対して相槌を打たない。
今、自分に流れ込んでくる情報に対してただ受身になるだけだ。
「………お姉ちゃん、お姉ちゃん……私………私、あの人の事………好きになっちゃったみたい………」
………………え?