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外伝 1話「すきなひと、すきなこと」

サムレムに影響されて、伊織のIFみたいなのを書きたくなった。

創造歴1192年


 グレンとララの二人旅が始まってから二年ほど。戦争が終結してから二年ほど。

 二人はとある町に寄っていた。アイリスタの東側で大都市アカリファにほど近い町。機械が主流となりつつある昨今において、機械化の波は来ず、いまだに木工産業が中心となっている変わった町だった。


 昔ながらの木造・石造建築。石畳の通りに立ち並ぶ商店・露店。中央広場の噴水の回りには憩いを求めて人々が集まっては去っていく。

 数年前まで戦争があったことなどなかったかのような町の景色、品々の豊富さ、人々の賑わい。平和の象徴がそこにあった。


「ここは今まで魔法派だった町とそう変わらないな。俺の記憶だとこの辺の町々は戦争前そうそうに機械派についていたはずだが。」


「そうよね。自動車とか電気を使った装置はちらほら見えているけど、町全体はまだ昔の感じのままね。」


「木工製品も大事だから残しているとかか。まあ、いずれにしろ旅の支度がしやすいというものだ。行くか。」


「はい。」


 グレンとララは、北の地から戻ってからはアイリスタの各地を回っていた。それはどちらが先に言い出したかは定かではない。ただ、自分の住んでいる国を何も知らなかったからこれから知っていきたいとだけ。


 グレンにとっては故郷を離れてからは常に旅をしていたが、それでも旅先のことを知ろうということはあまりなかった。一人旅をしていた時も、師匠についていった時も、戦争で各地を転々としていた時も、目先の戦いと自分の剣の腕しか知ろうとしなかった。


 ララも同じだった。生まれた時から議会の議員だった父親に鳥籠の中に閉じ込められるよう屋敷の中で生活してきた。外出する時も限られた場所にしか行くことはなかった。


 そんな二人だからこそ、行く先行く先の出会いは大事にすることにした。二人は町の通りを歩きながら店を見て回る。街の名産品ともいえる工芸品の一つや二つを買いながら、旅に必要なものをそろえたころには、昼時に差し掛かっていた。


「買い出しはこの辺で良いか。そろそろ何か食べようか。」


「久しぶりに町で料理を食べるのだから、いいところで食べてみたいわね。」


「お金、そんなに持っていないぞ。」


「ふふっ、言ってみただけよ。」


「力は尽くすか。」


 二人は隣合わせ、歩を合わせて歩いていく。町の通りはそこそこ広く、二人が並んで歩いても広いくらいだった。

 しかし、中央広場に近づくにつれ、人々は同じ場所を目指すように動き始め、中央広場につく頃には通りは人だかりに埋もれてしまう。


「旅の劇団が来ているらしいぞ。」


「こんなところまで!! ぜひ聞いてみたいわ。」


 あまりの人だかりに、はぐれないようグレンの方から手を差し出す。


「急に人が多くなってきたな。音楽が聞こえるから、誰かが演奏でもしているのかな?」


 問いかけるも手を握った方から返答はない。ただ、つぶやきだけが聞こえてくる。


「バイオリン・・・」


 ララは思うところがあるのか、音に引き付けられていた。それを見たグレンは優しくひとつ息をこぼすと、願いを聞いてみることにする。


「・・・聞いていきたいのか?」


「あっ・・・うん。」


 ララは一瞬逡巡したものの、聴いていくことを決めた。


「なら良い席を確保しなきゃな。少し飛ぶぞ。」


 グレンは、さも当たり前のように、ララを引き寄せてその体を持ち上げる。

 そして、広場から離れると、さりげなくしかし驚異的な跳躍で家の屋根まで飛んで隣にララを下すと、揃って腰がけた。


「ありがとう、グレン。こういう時、魔法があるって便利だね。」


「そうだな。戦い以外で使う分にはなんも気にしなくてよいからな。それより、演奏を聞こうぜ。」


「うん。」


 少し離れた広場から劇団が奏でている演奏を二人は聴き続けた。劇団の規模は十人そこそこで皆がそれぞれ楽器を奏でていた。

 曲はテーマに縛られず様々なものだった。昔々の英雄の曲から、平和な時代、機械の台頭、戦争のむなしさ。言葉はなくとも、演奏の内容からそれがどのようなものか感じ取れる。


 特に、機械でできた電子音を奏でる楽器が中心となる曲は、観客から大きな歓声があふれるほどだった。記憶に新しく輝かしい思い出。それをとがめるものなどこの場にはいない。


 グレンは、ふと横にいるララを横目で見る。ララは目を閉じて、ただ演奏に集中していた。閉じたその瞳に映るのは、戦争の出来事か、人間たちのことか、バイオリンの音色か。それをグレンは推し量ることはできたい。


「(バイオリン、音楽。ララは昔弾いていたと言っていたな。)」


「(あれは戦争が終わった後か。・・・音、あの時聞いた声も音か。。。)」


「「「わあぁぁぁ!!!」」」


 演奏は終幕に入ろうとしていた。それぞれの楽器を盛大にかき鳴らし、最後へと向けて突き進む。そして劇団と観客の思いが頂点に達した時はじけ、静寂が訪れる。


 誰からともなく盛大な拍手があがる。観客は大盛り上がりで、劇団員も皆がやり切った顔をしている。一人の劇団員が前に出てきてなにかをしゃべっているが、グレンとララの二人はそれよりも曲の余韻に浸っていた。


 やがて群衆が解散すると、二人も屋根から降りる。


「うおっ。びっくりした。」


「かっけー。お姫様だっこだー。」


「こらっ。危ないから関わっちゃめっよ。」


 近くの人間には驚かれたが。




 なんやかんやあって、二人は昼食を済ませて、再度中央広場で休憩していた。


「なあ、ララ。あの劇団が気になるか?」


 ララは演奏を聞いてからずっと上の空だった。二年も付き合っていればいやというほど相手のことが分かるようになる。


「劇団・・・?ううん、劇団じゃなくて劇団員が弾いていたバイオリンかな。私が昔、家庭教師にいろいろ教え込まれた話はしていたでしょう。」


「ああ、聞いている。バイオリンもその一つだったよな。」


 ララは、昔のことを懐かしむように語る。


「私、それほど嫌いじゃなかったの、音楽の講義は。」


「今でも弾いてみたいと思っている。でもバイオリンは高いでしょう。それに、旅にもっていくにはちゃんとしたものじゃないと。そう考えると買うことなんてできないと思ってる。」


「ララ、俺が買っても良いと言ったら買うか?」


「・・・我慢する。」


 ララがここまで名残惜しそうにすることなど、今までの旅で何度あったろうか? グレンは思い返してみたが、たった一度。ランスロットのせいで俺と離れ離れになる時が思い当たった。


「(あの時の気持ち・・・これがそうか。)」


 グレンは改めて意を決した。ララにバイオリンを買わしてみせると。


「いや、買うんだ。買って見せる。ここは木工の街だ。楽器も売っているはず。お金が足りないなら、希少な木材とかを渡せば少しは値引いてくれるはず。・・・何とかなるさ。だから正直に言ってくれてよい。」


「本当に言っても良いの?」


「ああ。言ってくれ!」


 ララは逡巡するも、すぐに意を決してグレンにはっきりと告げる。


「・・・もう一度弾きたい。バイオリンを買って、また演奏したい。」


「よし、行こう!!!」


「・・・うんっ!」


 二人はすぐさま町の隅々まで探索した。人々に聞けば、いくつも楽器屋を教えてくれた。店に入ると多く二人を歓迎し、歓迎しなかったところも、貴重な木材との物々交換の提案やお試し用の奴を狩りてララの演奏を見せつけると下手に出始める。


 そんなこんなで店を回ったものの、いまだにこれと言ったものは見つけられていなかった。


「(甘かった! ララの情熱を開放してしまったせいで、完璧を求めるようになったな。それ自体は良いが、どれもこれも合わなさすぎる。)」


 ララは天才である。そして努力家でもある。彼女自身がこれと決めたのならば行きつくところまで極めないとならない性分ということをグレンは忘れていた。

 事実、料理の腕は最初こそ下手だったが二年経った今ではララの方が上まであった。魚料理に関してはまだ譲ったつもりはないとグレンは思っているが。


「まだまだ駄目。こんなものでは私の理想には届かない。。。」


「そうは言うが、お嬢ちゃん。そいつはこの店の最高傑作に近いモノなんだぜ。それをこんなものって。どれだけのものを求めているんだって話だ。いや、嬢ちゃんの腕は疑っていないんだがね。」


 いまもグレンの目の前では、ララと店主が交渉を続けていた。


「私が求めるもの。それは・・・ほかの誰も追従を許さないもの。誰の目にも演奏している曲が目に浮かぶようなそんなことができるものを探しているの。」


「そいつはすげえな。想像もつきやねえや。・・・この街にそれが叶うバイオリンはないだろうな。」


「うっ・・・」


「ああ、違う違う、普通のバイオリンの話だ。」


「えっ、あるんですか? 私の望むものが。」


「町外れにな。今では廃れた魔法の楽器を売っているところだ。」


「場所を教えてください!」



 店主に教えてもらった場所に二人して向かう。町外れというのは本当で、目的の場所は農場の一部とかしていた。楽器の店と分かるのは、音符のマークの看板が軒先に吊るされていたからだった。


 今までの店とは少し違う雰囲気の中、入口の扉をくぐる。


「いらっしゃい。」


 店の中からしわがれた声が聞こえてきた。二人は会釈しながら、声の主の前まで進む。


「おや、驚いた。魔法使いの来客なんていつぶりだろうね。」


「ここは魔法の楽器を売っていると聞いた。そんなに来ていないのか?」


「戦争が終わってからは、あんたたちが初めてだよ。それで、なんのようだい?」


 老婆の問いかけに、隣にいたララがずいっと身体を前に出す。


「あの、バイオリンを買いにきました。見せてもらえないでしょうか。」


「あんたのほうかい。うーん、気のせいか?まあ良い。好きに見ていきな。」


「ありがとうございます!!」


 ララは許可を得るやすぐに店内を物色し始めた。店内は外から見たより広く魔法で拡張しているようだった。


「あんたは良いのか?ここは魔法使いのための店だよ。」


「俺にはこれがあるので。」


グレンは腰にさげている刀を示す。


「それにララも魔法が使えるはずさ。」


「魔力があるようには見えないがねえ。」


「魔力がないのは俺も知っている。でも彼女は声を魔力に乗せて遠くの場所まで届けたことがあるんだよな。」


 グレンは数年前のことを思い出す。遠く離れた戦場で確かに彼女の声を聞いたことを。声に魔力が乗せられていて、彼女のもとまで案内してくれたことを。


「声を・・・自身の魔力も使わずに? そんな事ができるなら見てみたいねえ。」


「まあ、俺もあれ以来聞けてないんだけどね。」


「なんだいそりゃ、真偽を疑っちゃうね。」


「あの、このバイオリン。弾いて見てよいですか?」


 二人の会話にララが割って入る。その手にはバイオリンがすでに握られていた。


「おや、もう選び終わったのかい?」


「直感でこれっ!て思ったので。」


「良いよ。好きに弾いてきな。」


「ありがとうございます!!」


 選んだと思ったらすぐに弾く準備を始める。それほど気に入ったのだろう。ララは、今までの各店で弾いてきたのと同じ所作で弓を取った。


 数年も弾いていないというのも、たった一日で一流の演奏者と見紛うほどの手つきになる姿に、グレンは何度目かわからないほど見惚れる。


 ララはこちらの視線に気づくも、少し照れるだけで バイオリンを構えなおす。そして、演奏が始まった。





 演奏はどれくらい続いたのだろう。気づけば夕方を告げる鳥が鳴き始めていた。


 目の前の少女を見る。演奏に、そしてバイオリンに満足したのか何度も撫で続けている。


 隣の老婆を見る。先ほどまでの皮肉はどこに行ったのか。ただ、ただ、目をつむり、先ほどまでの演奏を反芻していた。


 自分はどうだろうか。言葉を失い、目を奪われ、ただただ一人の観客となっていた。音楽に対してこれほどまで心を動かされるとは思ってもいなかったのだ。


「あの、どうかな、グレン。私はこのバイオリンが良いと決めちゃったのだけど。」


「・・・すごく良いよ。君にぴったりだ。」


「わあ、ありがとう。ねえお祖母ちゃん、このバイオリンなんですが、いくらになるのでしょうか?」


「・・・」


「あれ、大丈夫ですか?」


「・・・ああ、すまないねえ。意識が飛んでいたよ。空の上から先に亡くなったお爺さんが手を振っていたんだ。」


「死にかけていたのかよ!!」


「だまらっしゃい。それより、そのバイオリンの値段だね。・・・良いよ、お金はいらない。好きにもっていきな。」


「ええっ、そんなことできないです。ちゃんと払わせてください。・・・グレンが。」


「所持金の大半と、上質な木材とか鉱石。これだけだが、払わせてくれ。いつここに戻ってくるかわからない。借りは作りたくないんだ。」


「はあ、老い先短い老婆の言葉は素直に受け取ってほしいものだがね。こんなに良いものを聞かせてもらったのだから・・・。バイオリンと、ケース。調整器具その他諸々含めて、それで手打ちにしようじゃないか。」


「そのケースも魔法が込められているのだから高そうだが。まあ、それでよいか。」


「ありがとう、お婆さん。大切にします。」


「ああ、そうしとき。あんたが大物になる日まで生きながらえて見ようかねえ。」


 老婆は最後にそう笑って、グレンたちを送り出した。




 ララの楽器選びは難航したが、なんとかお気に入りのものを手に入れることができた。この町での用事はすべて済んだと思ったが、最後にララから一つ提案があった。

 中央広場でこの町のみんなに私の演奏を聴いてほしいと。


 グレンは提案を断ることなどなく、二人並んでそのまま中央広場まで向かった。


 中央広場につく頃、すでに日は傾き、夕焼けに照らされながら人々は帰路を急ぐ。そんななか、ララの独壇場での演奏が始まる。


 最初は子供が習うレベルの童謡。魔法の楽器店で弾いていた時と同じように、最初は簡単に。慣れてくると、劇団で演奏されていたのと同じ曲を同じように弾いて見せる。

 そしてノリが乗ってきたところで、誰も知らない、グレンは何となく感じるものがある曲を弾き始めた。


 人々は最初こそ足を止めなかったものの、ララのバイオリンの音が町全体に伝わるぐらいの頃には、ちょっとした集会ぐらいの人数が集まっていた。人々は1日に2度の演奏会に興奮気味にはやし立てていた。


それら雑音をララは気にしない。ただ自分の世界の中で演奏だけに集中している。




 ララは、演奏中ずっと理由を考えていた。私がバイオリンを求める理由。

 それは、好きだったからとか。音楽の道を目指そうと思ったからとか、少しはあるかもだけど。一番の理由は。


「(物語を残しておきたいと思ったから。グレンと出会ったこと。戦争に巻き込まれたこと。二人で世界を旅をしたこと。あの空の上の出来事。全部全部、残しておきたかったから。)」


 グレンとの思い出は二人だけのもの。世界を旅する中で出会ったもの・見つけたものはその場にいた人だけのもの。


 そんなのは嫌だった。この気持ちを。この感動を多くの人に知ってもらいたい。伝えたい。


 そう感じたからこそ、形に残るものを選んだ。私がみんなに音で伝える。曲で伝える。幻想で伝える。バイオリンを弾いている両手にその想いを込める。


「(魔法はイメージ。私の手を通して音色は周囲の魔力と紐づける。紐づいた音色はさらに周囲へと拡散する。)」


「(音は色。赤に青に黄色。私のイメージする景色を音色は答える。)」


 魔法のバイオリンはララの願いに応える。夕陽に照らされる中央広場には、いつしか幻想が降臨していた。


「(私にはこれしかできないけど。グレンを、多くの人が幸せにできるなら、私はこの道を往くわ。)」


機械と魔法が入り乱れる戦場。どこまでも続く草原。雪の降り積もる街。天空の塔から見下ろす大地。


 この町にいるだけでは決して見る事のできない景色が劇のように入れ替わり映し出される。人々はただそれに魅了される。ただ一人、グレンだけはそれを回想録として見ていた。




 陽が落ちるととともに演奏は終わった。最後は、星明りの歌で終わる。

一番最初に動けたのはグレンだった。ただ手を打ち鳴らす。周囲の人々は今目覚めたかようには拍手をする。


 広場の喝采を受け、恥ずかしがりながらもララはグレンのもとに来る。


「どうだったかしら、後半は自分の想ったままのことを吐き出していたから正直心配だったの。」


「いや、すごく良かった。弾いていたのは・・・俺と旅をした時の記憶?」


「正解。あなたとの旅の思い出。」


「なるほどな。何か引っかかるなと思っていたが、それか。でも、なんでまたその時のことを演奏に?」


「一番印象に残っていたからかな。だから勝手に手が動くの。」


「・・・それは良かったな。」


「あっ!! 恰好つけていたころの自分がいたの恥ずかしがっているの? なかなか見れないわね。」


 ララは天使のような声で小悪魔のように笑う。グレンに遅れて、周囲の人々もララの回りに集まってきては声をかけてくる。


「よう、嬢ちゃん。すごくよかったぞ。 また弾いてくれ。」


「あら、ありがとう。機会があったら弾かせてもらうわ。」


「すごく綺麗な音色よね。将来は音楽家かしら?」


「うーん。今のところはまだ考え中。旅の途中だからね。」


「ぜひともここにしばらくいてくれよ。いろいろサービスするからさ。」


「うーん。私、そろそろ行かなきゃいけないから。宿の時間とかあるし。そうだよね、グレン?」


「ああっ、そうだな。失礼する。」


「「「また弾いてくれよー」」」


 二人は通りを抜けて宿へと向かう。中央広場を抜けた後も背後からはわずかな声援が聞こえてきた。町の明かりが消えるのはまだだいぶ先になりそうだった。


「またいつか来ようね。」


「・・・そうだな。俺たちのことを知らないままなら、それも良い。」

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