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昆陽千里行  作者: 床擦れ


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3/6

更始元年 五月上旬

 劉秀りゅうしゅうは、潁川えいせんへと向かった。

 反対はあった。しかし、敵の軍容は一度、己の目で見るべきだと考えたのである。

 潁水せいすいの南岸を辿たどり、洛陽らくようの方面へ行く。百万という大軍が真実なら、簡単に川を渡るという事も、できないはずであった。

 洛陽らくようは北、己らは南である。ならば自然、こちらの数が少ないといっても、渡渉としょうはばかられるはずであった。こういう時、向こうに真面目まじめな兵家がいれば、背水はいすいはならぬと、言ってくれるはずである。

 劉秀りゅうしゅうは恐れなかった。しかし周りはそうでなく、肩を冷たくする者が多い。もし、そういう者を見かけた時には、劉秀りゅうしゅうから、偵察ていさつだけであって、一瞥いちべつですぐに引き返す、と伝えて回った。

 陽関ようかんというむらである。潁水えいすいの南岸にある。

 対岸から少し離れて、大きな幢麾どうきが見えた。普通、軍装に使う幢麾どうきと比べると、明らかに大きく見えた。大きすぎて、この地の風では棚引たなびいていない。

 それでも新軍しんぐんの兵は、地に波を作っている。声を挙げたのなら、鯨波げいはうのには、相応ふさわしい。

 劉秀りゅうしゅうの周りは、過敏に反応した。向こうも恐らくは、劉秀りゅうしゅうの隊を認知しているはずである。

「逃げましょう、潁川えいせんです」

 兵が、そんな叫び声を上げている。

 うなずきながら、劉秀りゅうしゅうはその場を、動かなかった。動かぬほどに、兵の身は、震えを増しているようであった。

 嗚咽おえつの音も、聞こえ始めている。それでも劉秀りゅうしゅうの腰は、くらから浮く事は無かった。

 兵の一人が恐怖のあまり、このように告げてきた。

ありは、象の敵ではありませんぞ」

 確かにその通りであろう、とは劉秀りゅうしゅうも思う。しかし同時に、象が何故、ありを殺そうと思うのか、とも思った。敵とならぬなら、大抵たいてい放ってかれるものであろう。

 少ししてから、劉秀りゅうしゅうは一発、手をった。

 その音で、周りの兵の声が止んだ。

 何も言わずたづなき、馬首を返し、手を南へと振って、引き返すように命じた。

 どこかといえば、昆陽こんようである。多少は、南陽なんよう側であるほうが良い。潁川えいせんでは、兵站へいたんが断絶する。

 新軍しんぐんがどんなものかは、大体(わか)った。幕営ばくえいが多く、声が歓乎かんかとしている。なまけ、油断し、まとまりが無い。兵数は確実に敗けているが、やりようなぞいくらでもある。

 昆陽こんようまで退けば、策をこうずるにも便利なのだ。それくらいの時間なら、容易にかせげる目途めどが立っていた。

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