更始元年 五月上旬
劉秀は、潁川へと向かった。
反対はあった。しかし、敵の軍容は一度、己の目で見るべきだと考えたのである。
潁水の南岸を辿り、洛陽の方面へ行く。百万という大軍が真実なら、簡単に川を渡るという事も、できないはずであった。
洛陽は北、己らは南である。ならば自然、こちらの数が少ないといっても、渡渉は憚られるはずであった。こういう時、向こうに真面目な兵家がいれば、背水はならぬと、言ってくれるはずである。
劉秀は恐れなかった。しかし周りはそうでなく、肩を冷たくする者が多い。もし、そういう者を見かけた時には、劉秀から、偵察だけであって、一瞥ですぐに引き返す、と伝えて回った。
陽関という聚である。潁水の南岸にある。
対岸から少し離れて、大きな幢麾が見えた。普通、軍装に使う幢麾と比べると、明らかに大きく見えた。大きすぎて、この地の風では棚引いていない。
それでも新軍の兵は、地に波を作っている。声を挙げたのなら、鯨波と謂うのには、相応しい。
劉秀の周りは、過敏に反応した。向こうも恐らくは、劉秀の隊を認知しているはずである。
「逃げましょう、潁川です」
兵が、そんな叫び声を上げている。
頷きながら、劉秀はその場を、動かなかった。動かぬほどに、兵の身は、震えを増しているようであった。
嗚咽の音も、聞こえ始めている。それでも劉秀の腰は、鞍から浮く事は無かった。
兵の一人が恐怖のあまり、このように告げてきた。
「蟻は、象の敵ではありませんぞ」
確かにその通りであろう、とは劉秀も思う。しかし同時に、象が何故、蟻を殺そうと思うのか、とも思った。敵とならぬなら、大抵放って措かれるものであろう。
少ししてから、劉秀は一発、手を拍った。
その音で、周りの兵の声が止んだ。
何も言わず轡を掣き、馬首を返し、手を南へと振って、引き返すように命じた。
どこかといえば、昆陽である。多少は、南陽側であるほうが良い。潁川では、兵站が断絶する。
新軍がどんなものかは、大体解った。幕営が多く、声が歓乎としている。怠け、油断し、纏まりが無い。兵数は確実に敗けているが、やりようなぞ幾らでもある。
昆陽まで退けば、策を講ずるにも便利なのだ。それくらいの時間なら、容易に稼げる目途が立っていた。




