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ドラゴンの襲来

 誰もが視線を釘づけにされていた。


 街中になんの前触れもなく、突然巨竜が降り立ったのだ。

 全高は目測だが、蒸気機関車を縦に二台積んだ高さに匹敵する。


「レクス、危ない」


 いきなり腕を引っぱられてレクスは尻もちをついた。

 天井の一部が崩落し、鉄骨が地面に突き刺さる。ついさっき彼が立っていた場所は、あっという間に瓦礫の山に変わった。ルインが助けてくれなければ、今頃下敷きになっていたところだ。


「ルイン、僕は」


「逃げますよ。こんなところで死ぬわけにはいきません」


 彼女は無表情に告げた。

 この状況に取り乱す素振りはなかったが、目は信じられないほど虚ろだった。


 レクスは嫌というほどこれを見てきた。戦時中の彼はまだ幼く、記憶もおぼろげであるが、彼は行進に紛れて歩いたと記憶している。右を見ても、左を見ても、前を行くルインさえも目に生気がなかった。レクス自身もそうだったかもしれない。


 眼前の光景は、戦火の記憶に残酷なほど似ていた。

 群衆は我先に出口へ走る。ぶつかり合い、蹴落とし合い、将棋倒しになる。

 少年は号泣し、瓦礫からのぞく親の腕に必死にすがりついている。

 足を取られて女性が転んだ。夫らしき男がふり返るが、人混みに流されてどんどん離れていってしまう。女性は起き上がろうとして、後ろから次々に踏みつけられた。やがて、ぐったりと力を抜いた。お腹が膨れている。可哀想に。生まれてくる子供がいたのに。


 どこかで見たような絵ばかりだ。まるで無力な幼子に戻ったような感覚があった。

 いくら「対処しろ」と考えても、足がすくんで動けなかった。


 恐慌に乱れるホームでは、騎士軍が決死の抵抗におよんでいた。


 ドラゴンをとり囲み、銃弾の雨を浴びせる。右から放てば次は左から責め立てる。的を絞らせない対大型モンスターに特化した戦術である。


 しかし、鉛玉が効いているようには見えなかった。弾丸はドラゴンの外皮に弾かれ砕かれ、傷一つ与えられない。むしろ敵の注意をそらすたび、巨体が激しく動き回って駅舎の崩壊を加速させている。


 おまけに、騎士軍の攻撃はどこか統率が欠けているようにも映った。射撃のタイミングは遅れ、狙いもバラバラだ。それもそのはず、指揮を執る者がいないのである。兵士各々が経験に則り、形ばかりの連携を見せているにすぎなかった。

 上官は彼らの背後で頭から血を流して倒れていた。崩落物が直撃したのだろう。助かる可能性は望み薄だった。


「い、今のうちに」

 ドラゴンが注意を逸らしたすきに、ひとりの兵士が戦線を離脱しようと駆けだした。


 騎士軍はこれを見逃さず、改札へ走る無防備な背中に銃を構えた。

「貴様、逃げるな。敵前逃亡は死罪だぞ」


 まさか、脅しではなく本気で撃ち殺すつもりか。

 レクスの想像は最悪な形で的中した。騎士軍は迷いなく引き金を絞った。

 数拍おいて、どさり、と線路わきに影が沈んだ。


「くっっそぉ……」


 レクスは自分の前髪をつかんだ。痛みが感傷に浸る心を我に返らせる。

 膝を抱いていたって被害が増すばかりだぞ。僕は一体なにをやっている。


「しっかりしてください」

 ルインが肩を貸してくれる。


 レクスはあたりを見回す。構内は砂埃が舞い、昼間とは思えないほど薄暗い。


「あれは」


 ふと反対側のホームに目を留める。

 猫の少女が逃げもせずぽつんと膝をついていた。


「どこへ行くのです」


 ルインは呼び止めたが、レクスの耳には届かない。仕方なく彼の後ろに付き従った。

 レクスはゆっくりと少女へ近づいた。

 少女に大した怪我はなかった。猫の合血なだけに、天井から落下程度では平気らしい。


「君、あのドラゴンについてなにか」


「わたしのせいだ」

 遮るように彼女は言葉を絞り出す。


「わたしが、あのドラゴンを呼んだから」


 レクスは言下に被りを振った。

 この娘のせいではない。彼女は新生石がなにを引き起こすかなんて想像もつかなかった。報酬に誘惑され、何者かに利用されたのだ。


「やめろ、慰めなんていらない」

「じゃあ訊くが、僕に撃ち殺されておけば、全て丸く収まったとでもいうのか」


「そうだよ」


「ッ……よくもそんな欺瞞が口にできるな」


 レクスはふつふつと頭に血が上るのを感じた。彼女の卑屈な開き直りに虫唾が走った。


「死者がどうやって責任を取れる。少なくとも、僕は生きる選択をする。他人に押し付けるくらいなら、ひとりで全部背負った方が、後悔は少なくて済む」


「今さらなにやったって」

 少女はバツが悪そうに閉口した。


 レクスは彼女から新生石をひったくる。ドラゴンが現れる際に放たれた輝きはすっかり消え失せていた。これにどんな魔法が封じられているかは結局分からずじまいだ。

 ヒントになるかと期待していたレクスは舌を打った。


 ズシン、と駅舎はさらに揺れる。

 ドラゴンは大地を踏み鳴らして進撃した。騎士軍の銃弾を浴びているにもかかわらず、我関せずとばかりに王家の鉄棺を見下ろす。そして大口を開けると、金属の箱に思い切りかじりついた。

 グググ、と鋭い歯がめりこんでフレームが歪む。

 ドラゴンは再度翼を広げ、四肢に力をこめた。


 その姿を見て、レクスは頭の(もや)が晴れる。


「な、なあ君。あれを見てどう思う」

「なんだよ、うるせえな」

「ドラゴンさ。なにをしているように見える?」


「なにって、箱を開けようとしているんじゃないのか」


 レクスの見解も同じだった。

 ドラゴンの狙いは、あの鉄棺の中身ではないか。


 なら、まだ方法はある。

 駅には、逃げ遅れた一般人やけが人が取り残されている。騎士軍も指示系統を失って使い物にならない。建物が崩れるのも時間の問題だ。レクスのアイディアは命を失いかねない危険な案だったが、消去法でこれしか被害を減らす方法がなかった。


「ルイン、いるか」

「ここです」

 背後にいたルインが即座に応じる。


「汽車の運転は」


「生かじりの知識なら。なにをするつもりですか」


 レクスはドラゴンが噛みついている鉄棺を指す。


「敵の目標はあの箱の中身だ。だからそいつを頂戴する」


「囮になる、と。そういうことですか」


 レクスは首肯する。精一杯笑って見せたが、冷や汗が首筋を伝う。


「死にたいのですか」

「まさか。脱出の準備は任せる」

「ひ、ひとりで運転は無理です」


「人手なら足りている」

 レクスはちらと合血の少女に目配せする。


「はぁ? まさかわたしを勘定に入れてないだろうな」

 少女は驚愕して飛び上がった。


「大丈夫さ。ルインの指示に従うだけでいい。それに、汽車に居た方が安全だ」


「そんな。だってわたしは」


 この事件が起きた原因なのに、と続けようとしたのだろう。少女は竜頭蛇尾に声をしぼませた。


「なおさらだ。君にも責任を取ってもらう。僕たちと最後まで抗ってくれ」


 少女はうなだれ、「わかったよ」と小さくこぼした。


 レクスはルインに向き直る。

 彼女は不安そうな眼差しを投げかける。

 ルインは自信がないからと弱音を吐く人物ではない。憂えるのは、ひとえにレクスの身の危険である。

 だからこそ、彼女は止めない。レクスなら外れくじを自ら選ぶと理解しているからだ。

 彼女は唇を噛む。渦巻く感情を整理するように逡巡し、やがて顔を上げた。

 言葉はいらなかった。レクスの覚悟を、彼女は沈黙で肯定した。


「行きますよ、おチビさん」

 ルインは(きびす)を返して歩き出す。


「だれがおチビさんだ。わたしには『アトラ』ってちゃんとした名前が」


 猫の少女はその背中を追った。


 レクスはふたりを見送ると、ドラゴンへ一直線に走る。


 ドラゴンは固く閉ざされた鉄の封を嚙みちぎった。

 蓋だったものが吐き捨てられて、足元で轟音を響かせる。


「間に合ってくれよ」


 レクスの耳のすぐ横を銃弾が通り過ぎる。背後から騎士軍が射撃しているのだ。


「どけ、射線の邪魔だ」

 男の怒号が飛んでくる。


 渡りに船だ。レクスは肩越しに叫んだ。


「やつの頭を狙って。少しでも隙が欲しい」


 ドラゴンは走ってくるレクスを見据え、ギッと牙を剥いた。金属さえも断ってしまう切れ味を目撃したばかりで、恐ろしいことこの上ない。振りかざしたドラゴンの腕がレクスに影を落とす。


 瞬間、無数の援護射撃が、竜の頬を突いた。

 振り下ろした腕は的を大きく外れて地面を鳴らす。


「流石、良い腕だ」


 人は皆、顔にものが飛んで来たらひるむものだ。それがどんなに矮小な虫だろうと。

 ドラゴンだってそうだろう。硬い鱗に覆われ、人類の攻撃が痛くもかゆくもない、完全無欠の超生物。だが、生まれ備わった防衛本能は、人間と変わらない。

 レクスはドラゴンの股をすり抜け、ついに鉄棺にたどり着いた。


「こいつが」

 レクスは一瞬目がくらんだ。駅舎は薄暗いのに箱の中に太陽があると錯覚した。

 箱の中身は、黄金の籠手だった。


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