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亡国のレクス

 あなたたちはどうしようもなく暇なのだな。

 失礼にもそう考えたのは、平日の昼間だというのに駅におしよせた群衆のせいに違いない。


 鉄骨とガラスで組まれた駅舎は、まるで巨大な温室と化していた。機関車の吐きだす蒸気が人々の足元を這い、構内全体が霞んで見える。石炭の(すす)(ひと)いきれが混ざって、呼吸するだけで肺が重たかった。


 じんわりと浮いた汗を、レクスは手の甲で拭った。

 帝国騎士軍に入隊して早半年が過ぎる。思い返せばあっという間だが、兵としての基礎をたたきこむ日々は多忙をきわめた。

 日記をめくれば、訓練、訓練、飯、訓練。

 獄中の手記の方が、まだ内容の変化に富んでいることだろう。

 軍の日常に忙殺されるレクスにとって、やじうまに駆け付けた老若男女がどんな生活を送っているのかは純粋な疑問だった。


 機関車が甲高い汽笛を上げた。


「押さないでください。本日、三番線と四番線のホームは騎士軍が使用するため立ち入り禁止です」


 雑踏にかき消されて聞こえないだろう、と半ば諦めながらレクスは声を張った。


 軍人としての初めての実践は、貨物搬入の警備だ。

 帝都のターミナル駅から発車する蒸気機関車に物資が運びこまれる。レクスのような新米に割り振られたのは、その間に監視の目となり耳となって侵入を許さないことだ。実に簡明な仕事である。

 ただ予想外なことに「騎士軍が怪しく人を集めている」と住民のうわさになり、駅は大変な騒ぎになってしまった。


「はい下がって、下がって」

 肩と肩がぶつかり合い、汗ばんだ腕が鎧にふれる。


 こちらが押すと、群衆はさらに強く押し返す。視線を遮れば、すき間から顔を出してのぞこうとする。これではいたちごっこだ。


 なぜこんな手間のかかる仕事をやらなければならないのだろう。

 レクスは正直うんざりしていた。面倒事を解決できる賢い方法がきっとあるはずだ。


 ふと顔を上げた。

 屋根のガラス窓が開け放たれ、青空がのぞいている。


 昼間に荷積みを行うのでは人目につく。ひとけのない夜にやるのはどうだろう。

 いや、それではますます怪しまれる。なにより夜の闇は監視に不向きだ。

 そもそも列車を使わないという考えも頭をよぎったが、ほかの運搬手段、例えば舟や荷馬車では効率に雲泥の差がある。

 すると、あらかじめ周辺住民に軍の目的を伝えて理解してもらうほかない。つっけんどんに「入るな」と言うよりは人員と手間を省ける。目的はただの貨物搬入なのだ。なぜ軍はそれを(かたく)なに明かさないのか、という疑問が頭をもたげた。


「レクス。レクス」


 突然、肩をぐいと引っ張られる。

 驚いて振り向くと、見慣れた女性が不満そうに目を細めている。


「ルイン。なにも引っ張らなくたって」


「あなたが呼んでも反応しないからでしょう」


 彼女は吐息して、短く切りそろえた髪を(もてあそ)んだ。


 この鎧よりドレスの似合いそうな女の子はルインという。

 幼くして国と親を失い、同じく戦災孤児になったレクスの面倒を見てくれた。


 レクスにとって、十年以上付き添った、唯一身内と呼べる存在だ。


「これだけ人が集まっていれば聞こえないこともあるだろう」


「開き直らないで。私だったら聞き逃しません」


「……すまない。僕が悪かった」


 レクスはすぐに陳謝した。ルインは一度拗ねると長いのだ。


 騎士軍に志願する時もそうだった。

 軍人になれば生活は国に保証される。

 技術も学歴もなく、生活に苦しむレクスたちにとっては、最高の待遇だった。

 加えて、一年の兵役を経ると帝国の市民権を取得できる。市民権さえあれば、銀行口座を開設したり家を買ったりできる。帝国で暮らしていく上で、これだけはどうしても手に入れておきたい。

 しかし、軍に志願できる者は18歳以上に限られる。ルインが18の誕生日を迎えたらすぐにでも入隊させるつもりだったが、彼女は「レクスひとりを置いていけない」と喚いて譲らなかった。仕方なくレクスは3歳ほど詐称して志願することになった。


「仕事中に思索にふけるとは、感心しませんね」


 ルインにはお見通しのようだ。腕を組んで淡々と叱りつけてくる。


「ちょうどいい。ルインに質問があるんだ」


「まだ私がしゃべっているんですけど。まったく、なんですか」


「なぜ騎士軍は、わざわざ騒ぎになるような真似をしたんだろう」


「は?」


「前触れもなく軍が駅のホームを占拠すれば、うわさが立つのは当たり前だ。それにつられてこの人だかりだろう。上官たちも容易に想像がついたはずだ」


「……それで?」


「事前に告知しておけば騒ぎは回避できた。でもやらなかった。どうしてだ」


 傾聴に努めていたルインが口を開く。


「告知する猶予もなかった、というのはどうでしょう」


急遽(きゅうきょ)運び出すことが決まった、と。こんな夜逃げみたいに移動させるって、一体なにを載せていることやら」


 そこまで聞いてルインは鼻を鳴らした。


「考えたって仕方ありませんよ。上には上の事情があるでしょうし」


「……そういうものか」


「それにしても暑いですね。蒸されるダンプリングの気分です」

 ルインは襟元をつまんでパタパタと扇ぐ。


「違いない。こんなに雲一つないんじゃな」


 レクスはガラス窓を指す。太陽はちょうど一番高い位置にあった。


「あ、あ!」


 突然ルインが声を漏らした。


「うわっ、どうしたんだよ」

「レクス。あの窓、開いて――」

「そうだな。風でも吹きこんできたら楽なんだが」


「バカチン。まだ気づかないんですか」

 ルインは柄にもなく焦燥した様子で言った。


「窓から侵入されています」


「なんだって」


 軍の不可解な作戦と窓からの侵入。

 点と点が線で結ばれたようにレクスは感じた。


 天井に滞留する白煙に目を凝らす。

 屋根を支える鉄骨の(はり)の間を一筋の影が横切った。


「あそこか」


 侵入者は人間離れした身のこなしで次々と跳び移っていく。

 列車を目指してまっすぐ近づいているようだ。


 奴を捕まえなくては。

 そう考えると同時に、レクスにはその影が心なしか小さく見えた。


「私は上官に報告してきます」

「待ってくれ。報告は一旦なしだ」


 ルインは面食らってきゅっと口をすぼめた。


「ほかの兵たちが気づく前に、僕が侵入者を捕まえる」


「わかるように説明してください。侵入者を故意に見過ごしたとなれば免職されるかもしれない。あと半年耐えれば市民権が手に入るんですよ」


「君は気づかなかった体で監視を続けてくれればいい。この判断に従うかどうかは君の自由だ」


「分からず屋。待ってください」

 走り去ろうとするレクスをルインは呼び止めた。


「行くなとは言いません。止めても無駄なのは知っています」


 そう口にして彼女は不敵に笑う。


「でも『知らんぷり』だなんて、指示がおざなりすぎ。あなたの共犯者をみくびっているんじゃありませんか」


 レクスも思わず破顔する。


「そう言ってくれると思ったよ」

 彼女なら突き放しても自分に賭けてくれると信じていた。


TIPS:帝国

小大陸全土を手中に収める君主国家。国王が強い決定権を持ち、百以上の領から成る分権的封建制を取る。近年は産業革命の後押しもあり、海外に侵攻して勢力を伸ばしつつある。総人口5000万人。首都は大陸東部の街クエイド。

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