ep9.悪女は1ヶ月半ぶりにお会いする
コンコンとノックを鳴らす。
中から「どうぞ」という声が聞こえてきたので入室すると、そこには既に先生と第一皇子がいた。
名前はクラウス様だったっけ。
「よし、これで全員集まりましたね」
先生が手のひらを合わせて言った。
全員といっても、私と第一皇子、先生と、後何故かエリーもいる。
「さっそく始めましょうか。1回で終われるとは思わないことです。びしばしいきますので着いてきてくださいね」
ということで、先生の厳しいレッスンが始まった。
第一皇子と手を繋ぎダンスをする体制に入ると、私はコソッと伝えた。
「今だけは私が貴方に触れるのを我慢してください。お互い手袋越しなのでマシだとは思いますが、殿下からすれば苦痛でしょう」
そんなことを言われると思ってなかった第一皇子は一瞬険しい表情を見せた。
その瞬間を先生は見逃さなかったらしい。
「殿下!お顔は終始笑顔です!やり直し!」
先生の言葉と共に、また曲が振り出しに戻った。
そこで、私と第一皇子の会話も再開する。
「…先のはどういうことだ」
「言っての通りですけど?」
「…自分が私生児だということを知っているのか?」
「もちろんですわ」
私が知らないはずがない。
正直知らないままの方が楽だった。
でも嫌でも知るしかなかった。
私だけが離れに追いやられた理由も侍女たちに虐待を受けた理由も、全部私生児だからだと言われれば納得が言った。
「…知っていて、貴女は社交界で堂々と人を公衆の面前で辱めたわけですか」
「まあ、辱めるだなんて。ですから私、反省して今は離宮の侍女たちと仲良くやっているではありませんか」
「はっ…、人なんてそう簡単には変わらない。今だって、貴方が裏では祖国と繋がっているかもしれないじゃないか」
知ってる。人が簡単には変わらないことくらい、私が誰よりも知っている。
だって私自身、悪女を数年演じてきたけど、必要以上に怯えてる姿には胸が痛むし、関係のない侍女まで巻き込まれるのは申し訳ないと思っている。
それを私のことを何も知らない第一皇子がとやかく言わないでほしい。
「どうぞお好きなだけ疑ってくださいませ。私は神に誓って何もしていませんが。それに、私にとってあの国は…、いえ、何でもありませんわ。忘れてください」
「…?」
「さあ、どうですか先生。何か直すところはありますか?」
タイミングよく曲が終わってくれてよかった。
おかげで話を逸らすことが出来た。
曲が止まらなかったと言うことは、取り敢えず先生のお眼鏡にかなった判定で良さそうだ。
それよりも、今のこの話を2人とも華麗な笑みを浮かべて踊っていたことが凄いと思った。
第一皇子も一度失敗したとは言え、本当にあの一度きり。すぐに成功させてみせた。
私も第一皇子も、他者に自分の抱いてる感情を悟らせないことに長けているらしい。
私は、まあ、なんとなくだけど分かってしまった。
第一皇子は先のことを聞きたそうにしていたけど、私はそんなの知ったこっちゃないと言うように先生に尋ねる。
「皇子殿下もエヴァ様も完璧でございます。私がダンスレッスンでこんなに早く指導を終わることが出来たのは初めてです」
「恐れ入りますわ。先生。ということはもうダンスレッスンを終わってもよろしいのですか?」
「はい。もちろんですよ。お2人とも完璧でございました」
先生の褒め言葉と許可をもらえた私は急いで退散することにした。
「それでは第一皇子殿下、此度はお付き合い頂きありがとうございました。また半月後にお会いしましょう」
まるで本当にそう思っているかのようにお礼の言葉を並べて逃げるように部屋から退出した。
別に恨んでもいない、恋心も抱いてない人と踊るのはとても容易いことだった。
悪女の時は誰から構わず取り敢えず踊っていたけど、下心満載で見てくる男性には不快感しか覚えなかった。
私が第一皇子に惚れていないのと同時に、彼もまた私が私生児だということを知っているのでおかげで下心で見られることはなさそうで安心する。
部屋から出た私はそのまま離宮の図書室に向かった。
いつ来てもとても美しい場所だった。
どこを見ても本でいっぱいで、読むのに最適な環境になっている。
「今日はどの本を読もうかな」
「…?もしかしてそのお声はエヴァ様ですか?」
急に私のいる図書室の更に奥から声がした。
私のことを名前で呼び、口調は敬語、ということは
「皇子殿下の側近の方ですか?」
「…よくお分かりになられましたね」
本を1冊持って姿を表した第一皇子の側近はゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ええ、まあ」
「そういえば、本日は殿下とのダンスの練習があるとお聞きしましたが、行かなくてよろしいのですか?」
「もう終わりました」
「…………えっ」
流石に予想していなかったのか、執事はしばらく間が空いた後にリアクションをした。
「もう、終わったのですか…?今からではなく?」
「はい。終わりましたよ」
「そ、そうですか。それでは僕は少し用事がありますので、これで失礼しますね」
すぐに去ろうとする側近に対して、私は一言言った。
「第一皇子殿下に心からお仕えするそのお姿、拝見していてとても素晴らしいと感じます。どうぞそのまま殿下を支えてあげてくださいましね」
「…!ええ、ありがとうございます…」
自分の勤務態度のことを言われて嬉しかったのか、耳が少し赤くなっている側近の後ろ姿を見送って、私も魔法の勉強のために本を選び始めるのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
次話も見てくださると嬉しいですm(_ _)m