ep50.綺麗な景色
私が過去を話してからというもの、クラウス様はより私に甘くなった。
あの話の後は、特に何事もなく過ごした。クラウス様はよく、愛猫の毛を撫でるように頭を撫でていたけど、特段いつもと変わらない、同じだった。
こうして1週間を過ごした後は、各地の観光地を回った。もちろん皇族が外に出て街を回っているなど知られれば敵に隙を見せることになるのでお忍びだ。
平民の服を着ていても、お互いにオーラは隠せないものだと静かに悟り、コロコロと笑いあった。
「どんなお姿でもよくお似合いです」
「貴女もな。エヴァ」
国で同じ皇族以外になら、襲われても全て返り討ちに出来る剣術の実力を持つ彼と、大抵のことならどうにかなる魔法の実力を持っているらしい私。
護衛は必要かと彼は少し不機嫌そうだった。
しかし、流石に必要だ。この国の次期皇帝となる人に万が一のことがあっては示しがつかない。その胸を伝えると、『エヴァが言うなら』と納得した。
それから初めに行ったのは、色取り取りのサンゴ礁が広がる広大な海がある場所だった。
観光地と言うにはうってつけのこの地。雲一つない青に照りつけるような太陽が目立っていて首筋に水が垂れるほどの暑さ。
なのに嫌な感じはどこにもなく、熱帯や亜熱帯によく植えられている椰子の木が程よい影となっている。
暑い地域での靴は少し変わっていて、平べったく、足の親指と人差し指の間に挟んで使う。開放的で通気性が良く、リラックス出来る履き物だ。
一般の靴では中に砂が大量に入ってしまい不便、また、熱帯のような暑い夏が続くこの場に一般の靴では蒸れてしまう足を守るためにサンダルが出来たそう。
「少し近くまで行って触ってみようか」
「はい!」
足取りを進めると、ペタペタ、と。足を浮かせるとついてくるサンダルの音に加え、砂のサッサッという音は耳触りが良い。今は平民の服を着ているのでサンダルを履いていても何ら違和感はない。
砂浜にはシートを広げて荷物を置いているところが多かった。海の近くまで行くと、穏やかな波が感じられるザーッという音と共に小さな波が足元までやってくる。
パーティーや夜会以外にあまり外出をしてこなかったため海にも始めて来るのでとても新鮮だった。小さな波に数歩後退りすると、クラウス様はクツクツと笑った。
「サンダルは濡れても平気だよ。どうせだったら、サンダルを脱いでも良い」
「えっ?それでは足が汚れてしまうのでは?」
「ああ、だが洗えば取れるだろう?砂浜の砂はそこまで頑固じゃないからね。怖くないなら足を少しだけ海に浸らせてみると良い。気持ちいよ」
また新しい感覚に心を躍らせる。
クラウス様の言う通り、サンダルを脱いで、波が来るであろう場所まで近づいた。砂浜を素足で歩くのは初めての試みで不思議な感触がした。
湿っている砂浜を歩くと自分の足跡が出来て、これがまた目を瞬かせる理由となった。
小さな波が足にかかると、熱帯の地域に程よい冷たさが足元まで来てとても心地良い。
「ひんやり、してます…」
驚きのあまりそのままのことが口から出てしまったと気付いた時にはもう遅かった。クラウス様はお腹を抱えて俯きになり必死に堪えている様子だった。あえて何を堪えているかは考えないでおきたいと思う。
初めて地面を素足で歩いたことによる小さな感動と、海の冷たい水に足を浸らせてご機嫌でいると、クラウス様は両腕を私の肩に回して後ろから密着した。
「どうかな?ここは。…私は、とても綺麗だと思うんだ」
この言葉の意味を、私は理解した。
「…はい。とても。ここを守るのだと、守りたいと、心から思えるほどに。とても美しい光景です」
純粋な海の綺麗さ。青や緑の混ざった色が織りなす海のグラデーションに加えてその透明さ。さらにサンゴ礁が良いアクセントとなっているこの海は、とても綺麗な光景だ。この景色ももちろん守っていきたい。
そして、ここにいる人たちも。海でサーフィンを楽しむ人、浮き輪でぷかぷかと浮いてリラックスしている人、私たちと同じように小さな波を待って足を濡らして気持ち良さを味わっている人、ここにいる誰もが、楽しそうな笑顔を浮かべている。
この国の、この森林の中に光がさすような美しい笑顔が私たちの守るべき対象で、最も大切にしたいものだと再認識した。
「クラウス様」
「ん?」
「今日、ここに来られて良かったです。こんなに綺麗な景色が、この国には広がっているんですね」
ありのまま、思ったことを口にした。
多分、私の祖国ではここまで綺麗な笑顔は浮かばれなかった。家族にしろ平民にしろ、同じような貼り付けた笑みでしかなかった。
それがこの国では最も美しい純粋な笑みを浮かべている。これは、現皇帝陛下が頑張ってくれたおかげなのだろうと、静かに感謝する。
「エヴァも、綺麗な声だ」
「えっ?」
「心からそう思ってくれてるんだって、分かるよ。ありがとう」
お礼を言われる場面ではないはずなのに、そのお礼の意味が、私には分かるような気がしたのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
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