ep38.第一皇子サイドのお話(5)〜婚約者のトラウマ〜
私がエヴァに出来ることは、あまりにも少なかった。
仮にも次期皇帝が、こんなにも無力なものだとは思いもしなかった。
私に出来ることと言えば、高熱にうなされているエヴァの額に濡れタオルをのせることと、エヴァの意識が戻った時に水を飲ませ、少しでも食事を取らせることくらいだった。
今まで碌に休みもせず頑張って、努力して、自分の気持ちに嘘をつき続けて来たのだろう。そのツケが今、エヴァには回ってきてしまったんだ。
こんなもの、彼女が背負うべきものではないのに。
私が、全部代わってやれたらどれだけ良かったことだろう。エヴァは優しいからやめてと懇願するだろうが、代われる方法があるならば、私は喜んでやると思う。それくらいにはエヴァを愛してる。
しかし、約9年の休みなしの努力というのはあまりにも重かった。
エヴァが熱を出して2日が経つ頃、エヴァの容態は悪化した。
エヴァのことだから、やはり努力をしすぎたんだ。そのうち、自分の限界も分からず、心身のSOSを無視してしまったのだ。
今も呼吸をするのですら体力を消費するほどに苦しそうだった。
ちょうど、私がエヴァの私室に来てタオルを変えようとした時、エヴァが何か言っていることに気がついた。
「どうした?」
起きたと思ったが、どうやら違うようだ。
だが、何かを呟いていることには変わりなかった。
「ごめ………い…」
「?」
「ごめん、なさい…!ごめんなさい…!いや、やめて…!いや!」
だんだんとはっきりしていくエヴァの言葉ははっきりとした拒絶だった。
「っ!エヴァ!エヴァ!」
いくら私が名前を呼んでもエヴァは眠ったままだった。
目を瞑ったまま声を荒げて、ただでさえ呼吸をするのも苦しいはずなのに、声をあげなければいけないほどエヴァにとって辛い夢を見ているということ。その事実は、私の胸をこれでもかと言うほどに苦しくさせた。
そして明らかに、その怖がり方は尋常ではない。
「ごめんなさい…!いや…、ごめんなさいごめんなさい…!言うこと、聞く。なんでもするから、ごめんなさい…!」
「エヴァ!」
あまりに酷く痛々しい叫びに、胸が締め付けられるような思いになる。
どうして彼女が、ここまで深い心の傷を負わなければいけなかった…。
「エヴァ!落ち着くんだ!」
そう言いながら私はエヴァの身体を起こした。
熱を帯びたままのその熱い体で、起きはしないものの私の服の裾を掴みガタガタと震えていた。
「お願い…、助けて、誰でも良いの…、どうか私を、助けて…。叩かないで…痛いのは、もうイヤ…」
「…ッ__!」
エヴァの、心からの願いを聞いた気がした。
本来なら願わなくて良いはずの、あって当たり前の環境を、彼女は与えられてこなかった。
そりゃあ、悪女を演じるしかなくなるだろう。
2年間、エヴァは叩かれて、鞭を打たれることに耐えてきたのに、家族は1人を除いてこれまで何も知らない様子だった。
知らないことは罪ではないと、誰が言ったのだろう。ならばこれも、罪ではないと言うのだろうか?
侍女という立場でありながら当主の娘を虐待していたという事実を知らぬままに淡々と生きていることは罪ではないと、そう言うのか?
エヴァだって、過去に助けを求めたんだ。布団の中で、味方のいない侍女の中で。必死に、叫んでいた。
だが、誰も助けなかった。
1番助けてほしい時、救って欲しい時に、周りには誰も味方はおらず、自分1人だけ。だからエヴァは悪女になることを決意したのか…。
ようやく、エヴァのことを少しだけ知れた気がした。
私自身が体験していないことを、分かったような気になるのはエヴァに失礼だ。彼女が耐えてきた数年を数日で分かった気になるなど片腹痛い。
それでも、理解は出来る。
エヴァがどうしてあそこまで自分を卑下するのか、自分を大切にしないのか、自分の身を簡単に投げ捨ててしまえるのか。
その全ての疑問が、エヴァの過去に繋がってくる。
もう二度と、エヴァに夢で見ているであろう辛い思いはしてほしくない。演じることなく、心からの笑みを私に向けてほしい。
今も震えているエヴァの体を、声を、全て包み込むように抱きしめて、エヴァに届くように伝える。
「エヴァ、大丈夫。もう大丈夫だ。私はあなたに手を出さない。どんな手からも、私が守ると約束する。怖い思いも、痛い思いももうさせない。だから今は、ゆっくり休むんだ」
私の言葉が届いたのかは分からないが、謝ってばかりだったエヴァの体から、ようやく力が抜けた。
また横に寝かせると、小さな荒い呼吸を始めた。
エヴァはよく私たちに、自分に向かって謝ってはいけないと言うのに、エヴァはずっと、謝っていた。
その事実がまた私の胸を痛めつける。
「あなたは今まで、何を、どんな思いを、どれだけ背負ってきたんだ…」
エヴァの負っている傷があまりにも深すぎて。私には知り得ない深さだ。
深い深い絶望を知っても尚、エヴァは今も笑顔で、私たちに深い優しさを向けてくれる。
「ありがとう、エヴァ。私の元へ来てくれて。生きていてくれて、ありがとう」
涙で湿っている頬に軽くキスを落として、私はエヴァに最大限の感謝をした。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
次話も見てくださると嬉しいですm(_ _)m
一章終了が近づいて来ました!




