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「こういうのは、この世界じゃ大事なシチュエーションなの! つまり貴重なの! なのにあなたはそれをやりすぎて、言ってしまえばファンへのサービスが過ぎるのよ!」


 というか、悪役である私にそれをするのは、大分問題があるけれど。


「ふうん、でも俺ってそういうキャラだったんじゃないの?」

「違う! もっと、こう……こう、なんていうか、面倒臭い人だったわよ!」


 今みたいに、と。


 ぐぐぐぐっと身体どころか顔を押す。なんで、避ければ避けるほど、距離が縮まるのはなんなのだろう。


「でもそれを言うなら、ララナが俺のファンなら問題ないよね」

「残念ながら、あなたは私の推しじゃないし……! っていうか力つっよ……」

「酷いな、俺はララナ一筋なのに」


 こんなに細身で甘ったれた口調で話すくせに、力がゴリラ並みに強いのはなんなの……!


「そう言うけど、あなたにとっての面白い玩具が、私しかいないからでしょう……!」

「……あは」


「正解」と笑顔で言って、腰に回していた手をそのまま背中に回してぎゅっと抱き締めてくる。ついでに首筋に息が吹きかかって「ああ、もう!」とその背中を叩いた。


「離して、ってば」

「あーあ、ララナが猫被ってた頃が懐かしいな。初めは、死にたくないからって、俺に遠慮がちだったのに」


 残念そうに言いながら、軽く私の首に唇で触れる。そのまま、ちゅ、ちゅ、とまるで戯れるようにして、唇が肌に触れ、そのたびに頬に彼の柔らかな髪が肌に触れた。


 思わずひえ、と声が出そうになって、「ちょ、ちょっと」ともがきながら、私は近くの机に手を伸ばす。そして身体を何とか横にすることには成功したけど、あまり体勢的には代わり映えはなかった。


「まあ、ララナがどんな性格でもどうだっていっか」


 その言葉が酷く恐ろしい。本気で言われているのがビンビンと伝わってくる。だって、この人は……。


「俺の退屈を吹き飛ばしてくれれば、それで」


 私のことを、本気の本気で、暇潰しの玩具くらいにしか見ていないんだから。


 残念ながら、飽きた、使えないと判断されたら、無慈悲に切り捨てられてしまう。


 そんな経験を、いくつもしてきたからわかる。


 彼の手をとってしまったからには、私はこのロゼ・フラムスにとって常に〝興味を惹かれる人〟である必要があるのだ。


「……考えごと?」

「え、あ……」


 身体に回っていた手が、後ろから私の首を這った。ぐっと首を絞められるかと思ったけれど、そのまま顔を上に向けられる。


 逆さまに映ったロゼの顔が、見慣れなくて私は引き攣った声音で「う、うう……んっ」と答えようとしたら、唇を塞がれた。


 苦しくて手の甲を叩けば彼は私から唇を離し、その花が咲くように目を細めて、「おかえり、ララナ」と笑顔で告げた。




 ◇



『月のトロイメライ』とはビジュアルがいいのに、キャラクターが頭おかしいと、そのギャップに大流行りしていたヤンデレ乙女ゲームだ。


 確かにプレイはしていたけど、そんなにハマってやったかと言われれば、そうでもない。私はどちらかと言えば王道が好きだったから、正直もっと平和的でお優しいゲームの方が好きだった。


 だからなおさら思う。大好きならまだしも、そこそこでプレイしていたゲームの世界に入ってしまうだなんて……。


「ただいま帰りました」


 しかも、まさか不遇な立場にある悪役への転生だなんて、誰も思わないじゃない。


「お、お姉様!? どうして……」


 どうしてもこうしても、一旦帰るという選択肢しかなかったのだから自分の家に帰ってきただけだ。そんな驚いた顔をしなくたっていいのに。


「ララナ! お前、どんな顔して帰ってくるかと思えば、自分が一体どんな騒ぎを起こしたのかわかっているのか……!」

「そうよ! 実の妹に殴りかかるなんて正気の沙汰じゃないわ!」


 どうやら騒ぎについて耳に入っているらしく、両親はものすごい剣幕で私を問い詰めた。


 正直、たったそれだけでララナ・ティアベルがどうして悪役となってしまったのか、考えずともわかってしまう。


 この両親たちは、彼女が自分たちのサンドバッグか何かだと思っているんじゃなかろうか。


「……申し訳ございません、お父様お母様。ですが、そんなに怒らないでください」


 モブのくせに、黙っておきなさいよ。と言っておきたいくらいだが、後が怖いのでやめておく。


「わたくしは、クローネに殴りかかったわけではありません。わたくしが腹を立てているのは、ユグオン様にですから」

「……何?」

「だってお父様、自分の婚約者が自分の妹と恋仲になっているんですよ? そんなの腹を立てない方がおかしな話じゃありませんか?」


 にっこり笑いかけると、クローネが驚いたように肩を揺らした。


「その上でクローネをわたくしが苦しめてただなんて言われてしまって、もうショックでショックで……。こんなに愛らしい妹を、わたくしが一体いつ、苦しめてしまったのでしょう」

「お姉様、一体どう……」

「わたくしはこんなにもクローネが大切なのに……ああでも、もしも無意識に傷つけることがあったなら、それは謝るしかありませんね。申し訳なかったわ、クローネ」


 涙ぐみながら申し訳ない顔をすると、クローネは無視することも出来なかったようで「……いえ」とどことなく不服そうに告げた。


「まあ、許しくれるの? わたくしの妹は、なんて心が広いのかしら!」


 これ以上私が悪者にされてたまるものですか、と思いながら彼女の手を取り、「というわけで、お父様、お母様」と彼らを振り返った。


「ひとまず解決ということで、よろしいかしら?」


 さあ、このまま部屋に戻らせていただきましょうか。


 と、いう思いで笑顔を作れば、彼らが「何を言っているんだ」と険しい顔をしながら、まだまだ話を続けた。


「何も解決していないぞ! 王太子殿下を怒らせたという事実は変わらないじゃないか」

「そうよ。それに、そもそもはあなたが王太子殿下を繋ぎとめることができなかったことが問題なのでしょう? 殿下とクローネの関係を、あなたに怒る筋合いなんてないわ!」

「…………」


 ちょっと言い返しただけで、そこまで言われる筋合いも私にだってない。


「あなた。明日、この娘をユグオン様に差し出す前にお灸を据える必要があるわ」

「ああ、そうだな……」


 二人は何故かクローネを守るようにして抱き寄せると、私へ向かって「ララナ!」ときつく怒鳴りつけた。


「お前は一晩中、ずっと外に出て反省してしろ! 今夜は我が家に一歩も足を踏み入れるんじゃないぞ、お前たちララナをつまみ出せ!」


 やっぱりこうなるんだ。この身体、このララナというキャラクターは、とことん上手くいかないようにできている。


「……ええ、わかりました。つまみ出されずとも、自分で出ていきますわ」


 にっこり笑いながら、心の中で二人のことを顔がわからないくらいぼこぼこにしておく。


 苛々しながら、屋敷の外に出ると夜風がひゅるりと私の肌に当たって、寒かった。


 それなのに使用人たちが、容赦なく扉を閉じてしまい、私は完全に屋敷から閉め出されてしまった。


 なんなのよ、私だってあなたたちの顔を見るよりは、外の景色を眺めてる方がマシだっつうの。


 本当は今すぐにだって荷物をまとめて出ていきたいけど、なーんの準備もできない状態で、外の世界へ飛び出すほど無謀じゃないのよ。


 いくら私が少しだけ世界のことを知ってたって、上手くいかないことの方が多いんだから、荷物くらいまとめに来たっていいじゃない。


 全てがすんなり思い通りにいってたら、回帰なんて……。


「そもそもしてないっつーんだよ、ばーか!!」


 屋敷の門をガンガンと蹴りつけておく。はあ、と吐き出す息は冷たくて、ぶるりと腕を擦る。冬でもないのに、この場所は山が近いせいで、夜は冷えるのだ。


 まさか外で凍え死ねってこと……?


 今回の回帰はここで終わりってこと?


 空を見上げると、綺麗な星空がちかちかと光っている。まさか本当に外に放り出すとは……いや、やりかねないと思ったけれど、あんなすぐにだなんて。腹が立ったからほんの少し、言い返しただけなのに。


 どうせなら着替えさせてほしかった。どうしてこんなドレス姿で、外に放り出されなきゃならないのか。


 こんなことならロゼの言うことを聞いてお城に残るべきだった……?


 いやでも、出来るだけ攻略対象のそばには近づきたくない。


 安全第一に過ごすのが一番なんだから……。


 と、思いながら、屋敷の門から足を退かす。置かれている状況と願望がこんなにもちぐはぐなことってある?


 あはは……と空笑いをしながら自室の方を見る。


 そうだ、壁からよじ登ればなんとか着替えと荷物くらい……と考えていると、「ララナ・ティアベル?」と声が聞こえて、はっとしながらそちらへ顔を向けた。


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