95 いも羊羹/スイートポテト
「いってらっしゃーい」
ギフトボックスにスイートポテトといも羊羹を詰めて渡し、山田さんと茉里奈を見送った。
芋のおやつは増やしたので暇つぶしがてら配り歩くかな。
相変わらずその場しのぎに暇つぶしを考えてしまうので、その前に自室に戻ってメモ書きを一度眺めて。
なんとなく思ったことだけメモにして貼っておくと繋がる事がある。
解決したら剥がして捨てるタスク管理みたいな使い方になると思ってたんだけれど、何枚か剥がそうとして、あ、これ剥がしたらダメなヤツかも、と思いとどまった。
本当にくだらないことも書いちゃってたからそういうのは剥がしたけど。
ああ、それでさっき空氏のメモ捨てる時にちょっとなにか引っかかったのかな。
そういえば空氏とお付き合いしていた時のメモは無かったんだろうか。
記憶から消えたからメモも消えたんだとしたら、やっぱりなにも実在していないんだろうなぁ。
神様はなにをどこまで食べたんだろう。
そんな事を思いながらランダムにメモを見ていると、そういえば分裂って練習しといた方がいいのか? と思ったので、髪の毛を一本抜いて押し入れの寝袋にIN。
分裂体を作っておかないと練習も出来ないしね。消すのが簡単なのは分かったし、消す時に罪悪感も湧かなかった。練習方法は後で犬飼少年辺りに軽く相談してみよう。
山田さんと茉里奈には持たせたから丹羽先生の所にもおやつは届くだろうし、そうすると、犬飼少年、コス、池橋さん、白雄さん、峰岸さん辺りか。っと、どうせ皆の所に行くなら食事会の話もしちゃった方が良いのかな。
佐藤さんも今のところ問題なくって話だったので、明々後日には懐石を作らねばならない。
物によっては明日辺りから準備が必要な料理があるという日本食の恐ろしさよ。
梅干とかに比べたらすぐ完成する料理の内かもしれないけど。
人数が少ない分なんか絡み方が濃厚で距離感がよく分からないけれど、食事に誘ってもおかしくないはず。
他になにか聞きたいことは、とメモを指でなぞり始めたら階下から声。
「ごめんくださーい」
誰だろうって一瞬思ったけど、知らない声だし閻魔大王さま担当の人? とちょっと浮足立つ。
「はーい、今いきまーす」
言いながら自室を出て階下へ。
結構大声で呼びかけてくれたのだろう、女性の声でちょっと金属質な高めの音。
死んでから遭遇していないタイプだと面白いんだけど。
階下に降りればなんというか、普通のおばさんが立っていた。
「お待たせしました」
「急にすみません。閻魔大王担当の向井と申します」
「初めまして、高坂です」
「今日は取り急ぎご挨拶に伺いました」
「はい」
「なにか裁判で質問や困った事があればご相談ください」
「はい」
「……」
「……」
困った様に黙る向井さんに、いくらなんでもなぁと、椅子をすすめてお茶とお茶請けにいも羊羹と普通の羊羹を出した。
挨拶に来たという向井さんは、本当に他に用事がなく申し訳なさそうにしていたので、私の事情やらで言える事も少ないでしょうから、と言うとほっとしたように笑う。
なんだか本当に普通の人だった。たんにこれまでが個性強すぎだったのかもしれないけど。
峰岸さんのお友達とかは普通の人だったか。否、いきなり人の家でくつろげたんだから普通じゃないのか? でも店だしなぁ。家って感じがしなかっただけか。
ちなみに住居側の玄関にはインターフォンが存在するんだけれど、大声で呼びかけていたのは、ドアを開けたら家パターンの移動方法だったからだそうだ。
受付で担当死者リストと自宅映像を確認して訪問するらしく、その時にインターフォンが分からなかったし、SIMでGPS見たいな機能が使えるそうで、在宅は確認出来たので、そうしたらしい。
やっぱり一度廊下を挟むスタイルの移動手段の方が効率的ですね、などと言うので新人さんなのか聞いてみたら、普段は受付担当で、一時的に閻魔大王担当をしている状態だと言う。
「高坂さんがいらしたグループは前のグループと合流しているでしょう? 人数が倍なんですよ」
「ああ、それで。それは大変ですね」
「受付は閻魔さま担当者とよく揉めますから、良い経験だと思って反省しています」
「揉めるんですか?」
「受付では戸籍も管理していますから、あまりにも出立者が少ない場合は揉めてしまいますね」
どうして上手く生まれ変われるように説得しないんだとか、そんな感じだろうか。
そして反省しているという事は、いるのか、ゴネる人。
「最近は娯楽も趣味も多いですからね。仕事が生き甲斐みたいな人でない限り働きたくないですし」
「そうなんですよ。仕事が生き甲斐の方々は嬉しそうに次の生まれ先の検討をしてくださいます」
「どこそこでこんなことがしたかったとか、生まれ変わったらこうするんだと言う、夢とか希望を持っているんでしょうねぇ」
「高坂さんは持てそうですか?」
「本当に、心の底から、どう転んでもいいんですよねぇ。決めてもらえたら従うんですけど」
「私も似たようなものですよ」
向井さんは亡くなってから十年ちょっと。生まれ変わり条件未達で、別に人化した魂とかではなくて、普通の魂だった人。その分根が深いのかもしれない。自分でもよく分からなかったし、早々に諦めて一年目には就職したんだとか。人生色々ですね。
連絡先を交換して帰って行った。
本当に挨拶だけだったなぁ。
***
「ちょっと待って、待って」
犬飼少年の所に行くと長くなりそうなので、先にすぐに済みそうなところを回ってお昼を済ませてから行こうかと思ったら、一軒目のコスの家で呼び止められた。
別に急ぎじゃないし、なんなら今日でなくともよいのでいいけども。
「はいはい、どした?」
渡したギフトボックスを開けて中を確認しながら呼び止めるのもどうかと思うよ?
「置き逃げるから。エビカツバーガーごちそうさま。美味しかった」
「逃げてはないけど。こちらこそクッキー美味しかったです。ごちそさまでした」
そして黙る。
「それだけ?」
なんで呼び止めたんだろうと首を傾げると、コスはすいっと背中を向けて店の奥に歩いて行く。
「じゃないけど。まぁ、ちょっと、寄っていって」
「じゃあ寄ってい行くけれども」
いつもの様にコーヒーを淹れてくれるのかと思ったら今日はロイヤルミルクティー。
高そうな綺麗なティーポットだけれど、コスの淹れ方は実験風。
温度計と砂時計必須、みたいな。
持ち込んだいも羊羹とスイートポテトは四角くて黒い四角い板みたいな皿に盛り付けて更にクロテッドクリームも落として出してくれた。
ご本人様分の皿のクロテッドクリームの量にちょっと引く。
好きな物しか食べないらしいので好きなんだろうけど。
「クロテッドクリームがあるならスコーンにすればよかったね」
「スコーンは在庫あるよ。持って帰る? プレーンのと全粒粉の」
「チョコ入りじゃないんだ?」
「砕いて刺せばチョコチップスコーンになるじゃない」
ならないと思うよ。
どうやら貰いっぱなしが嫌みたいで、二個づつ保存袋に入れてくれた。
「一口サイズのスイートポテト、食べやすくていいね。なんか可愛いし」
「型がないから、まとめて切っただけなんだけど、ちょうどサイズが良かったみたい」
「いも羊羹も喉が渇くからこのくらいのサイズで丁度いいのかも」
「あー、食べかけ人に見られるよりはいいかもね。ニ・三個食べたくなるけど」
「大学芋とか作りそうなのに」
「そんなイメージ? レモン煮を作ろうと思ったのよ。例の食事会用に」
「ああ、懐石だっけ? 法事っぽくない?」
「彩り要員」
「ああ、懐石だと黄色とか赤確保しておきたいよね」
「菊の花とかまで欲しいもので頼みきれるか分かんなかったし、それなら別で使えるものの方がうれしいじゃない?」
「紅蓼とかね」
「そうそう。なんだ、料理しないのに詳しいんじゃない」
「漫画とか小説とかのグルメ物は割と好き。何故か官能的な表現多いけど」
「性欲と食欲なんじゃないの?」
「あはは。吸血鬼とか至高だと思うわ」
「ええ? あれは私納得いかないんだけど。犬歯でしょ? 爪楊枝より太いじゃない。そんなもの頸動脈に刺されたら痛くてそれどころじゃないと思うんだけど」
「蚊みたいに唾液に痛み止め成分が含まれてるんだよ、きっと」
「うわぁ、翌日猛烈に痒そう」
「言われてみれば眷属は噛まれた首筋を頻繁にさすさすしてるかも」
「痒いのかしらね」
「そう思うと美しくない」
何の話をしているのだか。
「そうだ、食事会。明々後日だけど差し入れ希望でいんだよね?」
「うん」
「茉里奈とか、ぼちぼち出立ですが」
「通り過ぎる人だしね。あんまり気にならないよ、そういうの」
「そういうもの?」
「一目惚れレベルで気に入らないとそんなもんじゃない? キリがないし。あ、でも」
「ん?」
「浴衣着てくれるなら見に行く」
「すっかり忘れてたよ。私パジャマにしてたし」
「そっち旅館のだったしね」
「おはしょり紐ないから寝る時くらいしか着れない」
「言ってくれれば……」
おはしょり紐まで貰ってしまった。
「あー、お返しは懐石弁当で」
「もう色々貰っててよく分かんないけどね」
コスはもともと美人なので笑うとちょっと破壊力が凄い。
これはお互い様だけど、視線が合わないのでそれこそ映画やドラマでも見ている様な、一般人じゃない感じの美人なんだけど、今日は目が合った。というか見られた。
「謝っとこうと思って」
呼び止めた理由かな。
「謝られるような事されたっけ?」
目が合うと上手く逸らせないので取りあえずまつ毛の長さを見ながら返事をする。
あ、凄く長い訳じゃなくて、長め位の長さだけどびっしりなのか。
丁度瞬きついでに目が伏せられて、バサって効果音がつきそうな感じ。
バタフライキスだっけ。まつ毛でするキス。こういうまつ毛の人がやるんだろう。物語の中で。
コスがなかなか返事をしないのでつらつらとどうでもよい事を考えていると、いつものコスっぽい感じでしゃべりだした。
「喋り過ぎちゃうんだから職員なら本来残しておくべき記憶も消した方が安全とか言って、すっぽりと記憶を消しますと言う宣言を残して消されちゃったんだけど、そのなにかを消した事実しか分からないんだけど、多分タイミング的に高坂さん周りっぽいんだけど、それは、私が喋り過ぎたから消されたわけじゃなくって、不都合があったから消されただけであって、私のせいじゃない」
ええっと。
「それ私の彼氏の話じゃない?」
「え?」
「空って名前の人の記憶、無いんじゃない?」
「無い。って、え? 彼氏? 一緒に死んだって話?」
「いや、知らないけど。一緒に死ぬと一緒にこっちに来て一緒にいられるの?」
コスはぶんぶんと頭を振った。
「それは無いと思う。まずグループは分けられちゃうし、会えたとしても、一緒にいたとしても、それは本人じゃない」
「なんか初めて裁判担当者らしいコメントを聞いたような気がする」
あ、思ったことが口に出てた。
コスは、はぁっとため息を吐いてから失礼な、と呟いた。
「まぁ、彼氏が居たらしい、という話を知人の知人の知人の知人の知人くらいから聞いたので把握済みではあるんだけど、思い出す出さないって話でもないみたいだし、コスのせいとも思ってないよ」
「そうなんだ」
「うん」
なんか毎晩家に侵入してるみたいだし。
「じゃあちょいちょい記憶が消されるかもしれなくてもまた顔だしてくれる?」
「顔はだすけれどもさ。そのうっかり喋っちゃうやつどうにかならないの?」
「ならないんだよねぇ」
なんとかしましょうよ。




