09 ミニトマトのハチミツ漬け
『ピン・ピンポン・ピンポーン』
奪衣婆ショックから立ち直って落ち着いたらインターフォンがなった。
せっかく落ち着いたのに奪衣婆来た!
と思わず顔が緩んでしまったが、いつもよりだいぶ早い。
ちなみに奪衣婆、別の名称や様々な言われ方をしているが、私的にまとめると、死んで最初に出会う鬼で、盗人であれば指を折り、死者の服をはぎ、服を着ていなければ皮を剥ぐという、胸部を露出した半裸の鬼婆である。
懸衣翁という鬼と対になって、脱がした衣類の重さをはかって罪の重さを図るらしいが、懸衣翁は影が薄い事でも有名らしい。
ごめん、確かに知らなかったわ。
吹き出さないように半笑いの変な顔で出迎えると、佐藤さんはドアから顔だけ入れて訝しげに睨んできた。そういう顔もできるのね。
「なにか企んでいますかー?」
「企んでないです」
ぶふっと吹いてしまってから顔をパタパタと仰いで、白状する。
「奪衣婆来た! と思って」
涙が出てきた。
「……った」
「た?」
「楽しそうで何よりですが、人物としてとらえずに部署としてとらえて頂けると嬉しいです! わ、私は半裸ではありませんのでー!」
佐藤さんは顔を真っ赤にしてそう言った。
間違いではなかったらしい。そしてやっぱり半裸の認識。
ダメだ。眉根を寄せて不服そうな佐藤さんには申し訳ないと思いつつ、声を出してひとしきり笑ってしまった。
「……はぁ、ごめんごめん、今日は早いね、どうぞ上がって」
佐藤さんは入って扉を閉めてから、いつもの笑顔で手を振った。
「仕切り直しますねー。こんにちは」
「? はい、こんにちは」
「いつもの立ち寄りではなくて、ご相談があって立ち寄ったんですよー」
「相談?」
どちらかと言えば相談にのってくれる役の佐藤さんからの相談がわからずに首をかしげると、佐藤さんは少し姿勢を正して、穏やかな笑みで口を開く。
「高坂さんが命を落とされた電車の運転手で、渡会豊さんという方が面会を求めていますー。お会いしますかー?」
「佐藤さん、佐藤さん、確か電車の運転手は運転士だったと思いますよ、詳しくは知りませんけど」
「ああ! 失礼しましたー、運転士さん、ですねー。四十二歳の男性ですー。面識はありませんよねー?」
「ないですなぁ。知り合いにもいないんですよ、運転士さん。気になる職業ですよね、勤務形態とか」
「お会いして聞いてみますー?」
「佐藤さんのニコニコのせいでお見合いを薦められてるみたいな気がしてきたんですが、どういったご用件なんでしょう?」
同じタイミングで死んだ縁とかでお友達になってくださいとかだったら嫌だなぁと思いつつ聞けば、直接謝りたいのだそうだ。
「高坂さんにはお話ししても問題ないと判断してお伝えしますがー、通常ここで会いたい人との対面というのは、疑似的な存在と対面する形になるんですー。私の子供もそうですが、そこに本人の魂はありません。言うであろうこと、取るであろう態度を取るので差異もありませんー」
例えば生まれてから死ぬまでに五人の人と真剣にお付き合いをして、死んでも一緒だとか、誓っていたとする。
その五人全員と一緒になると言う人は少ない。少ないという表現に驚いたが、それは置いておくとして、五人全員待っていてくれたとすると、どうしたらいいのか、そこに疑似的な存在ではあるが、ほぼ本人が現れる。
何人も同じ人が存在する状態にはなるが、望まない限りは遭遇することはないし、遭遇する場合も疑似的な存在同志の遭遇になるので、誰も困らないように出来ている、が、中には心から困りたい人もいるので、本人だけ困る場合もあるそうだ。
頭が混乱してきた。
「じゃあ、どうして私に会いたいかなんて確認するの?」
思わず眉間にしわを寄せながら尋ねると、佐藤さんは笑いながら言う。
「高坂さんはどうでもいいかと思いましてー」
「どうでもいいとは?」
「適当に合わせるのでしょうー? ただー、今回の打診は正真正銘ご本人同士ですー。魂がありますー。気を済ませるだけの対面ではなくてー、お互いに得るものがありそうだというのがー、部署奪衣婆の総意ですー」
部署奪衣婆に一度吹き出してから考える。
運転士に対して私が思うことは特にない。会ったら適当に合わせるというのも確かにそうだ。謝られてももう死んでるしね。
でも、そうか、謝りたいって事はなにか本人に思い当たる過失があったんだろうか。
考える限り得るものなんでなさそうなのに、私にも得るものがあるというのにも興味をそそられた。
「シンプルに会いたいか会いたくなかなら会いたくなかったんだけど、わざわざ聞いてくるぐらいだから、会わせたいのでしょう? 少し興味も出てきたし、いいですよ、会います」
「ありがとうございますー。では先方担当者とツメてくるのでー、そうですねー、場所も決めなくてはならないのでー、一時間後にしましょうか、また来ますー」
パンと、手を叩いて退室しようとする佐藤さんを引き留める。
「あ、ちょっと待って、今日はのんびりお茶ができなさそうだから、先方との打ち合わせにお土産持ってって」
佐藤さんはキョトンとした後破顔した。
「お言葉に甘えます!」
漬けたばかりではあるが、皮を剥いたミニトマトにはほんのりとハチミツの味と甘みが移っていると思う。
上の方の漬かりが浅いものを四つ自分用に皿によけて、残りを瓶ごと、竹串を四本アルミホイルに包んで、保存袋にまとめて佐藤さんに渡す。
「さっき漬けたばかりだから、食べる前にハチミツを絡める感じで食べてー」
「ありがとうございますー。ミニトマトとハチミツですか? コンポート? 綺麗」
興味があるようでうっとりと瓶を眺める佐藤さんに、
「湯剥きしてハチミツと少しレモンも入れた。ミニトマトが嫌いだと煮た方がトロっとして食べやすいと思うけど、今日のは食感を残したくて、漬けただけ」
「嬉しいです。先方が苦手だったら私が全部食べるので大丈夫ですー」
ニコニコと大事そうにボディバックにしまうと、佐藤さんはではまたとドアの向こうに消えていった。
一時間かぁ。
なんか仕込んどくかな。
鶏の胸肉を取り出してレンジで解凍する。
その間に炊飯器の電源を切って窯を出す。湯気が立ち美味しそうなにおいがする。
スープの残り、というか、スープを少し食べた程度なので、まだ沢山残っている。
具も増やさなくて良さそうかな。
ラップをかけて上にレンジOKのボウルにバターを入れて置く。
合間にさっき皿に避けたミニトマトのハチミツ漬けをパクっと口に入れる。
甘酸っぱいミニトマトのデザートは祖母が良く食べていた。
糖度の高いミニトマトが出回ってから頻度は減ったが、小さい頃におやつとして出されていたので、やっぱりこのハチミツ漬けは別物として定期的に食べたくなるのだ。
さっきの佐藤さんの綺麗、という言葉を思い出してまじまじとみれば、ハチミツの琥珀がカラフルな丸につやつやとしていて、確かに綺麗だった。
雑に皿に出してフォークで食べていたけれど、カクテルグラスの様なものに盛ったらおしゃれデザートになるかも。
鶏肉は軽い解凍で、まだ凍った部分が残っている状態だったが、気にせず砂糖をまぶして良く揉んで、同量の塩と、調味料一式の中にあったローズマリーも加えて再度揉む。
ある程度揉みこんだらそのまま保存容器に入れて、冷蔵庫に入れて第一工程は終了だ。
豆乳をカップに入れてレンジで温める。
窯の上に乗せたボウルの中のバターは溶けていた。
チューブバターは使い勝手はとてもいいが厳密に言えばバターではないので、落ち着いたら無塩バターを仕入れようと思っている。
同量の小麦粉を加えてよく混ぜて、軽く塩を振って、少しずつ温めた豆乳を加えてさらに混ぜ、仕上げにボウルをレンジに入れた。
佐藤さん、ごめんね、ベシャメルソースじゃなくてホワイトソースだね、これだと。
材料が揃わないからやっぱりフランス料理は似非になるよ。
と心の中で言い訳をしつつ、レンジから出してさらに混ぜる。
多めに作ったので、もう一度レンジにかけて混ぜ、半分は炊飯器に、半分は保存容器に入れて冷蔵庫にしまった。
炊飯器の方はお味噌汁を作る要領で、ゆっくりと溶かしていく。
やっぱり具を足そうかな? と思ったが、一息つく時間が欲しいのやめておく。
全体を混ぜでややぽってりとしたスープになったので、炊飯器に戻して炊飯スイッチを押す。今日も無事に押せた。
豆乳が少し余ったので、別のカップにコーヒーを入れて注ぎ、洗い物をしながら運転士について考える。
あまり興味もなかったので、他の被害者の事は頭に入っていなかった。
四十二歳なら小さな子供がいる死亡者というのが運転士さんのことかもしれない。
あまり時間がないので、パソコンでざっくりと情報を集められればいいんだけど、見たくない物ほど目に入るからなぁ。
そこでハタっと自分がスッピンであることに気が付いた。
時間がない時に限ってやれることが目に付くのは女性脳の特徴で、出がけにバタバタするのは仕方のない事だと何かで読んだ覚えがあるけど、って、そういう事ではなく。
服装も部屋着丸出しである。
一応コンビニに出かけられる程度ではあるが、少しは整えた方が良いかもしれない。
洗い物を終えてから、大急ぎで化粧をし、服装は少し迷ったが、あまりきちんとしてもと思い、佐藤さんに合わせてストンとした飾り気のないワンピースを選ぶ。
佐藤さんはいつもシンプルなワンピースなのだ。
アースカラーで構成された幾何学模様のワンピースは便利そうというだけで購入したもので、家で洗濯も出来るのでちょくちょく着ている。
持っていく荷物も無いので、手ぶらでいいだろう。
靴は履くのかしら? 玄関と玄関がつながるのかしら? そもそも一週間外出できないのって向こうも同じなんだよね?
家の外に出るという事が思いの外嬉しいようで、なんだか浮かれた気分になってくる。
ミニトマトの残りをパクパクと口に入れ、コーヒーを飲みながら、パソコンで運転士の情報を探す。
渡会豊さん、四十二歳、二人の子供がいる、下の子は三歳、八年前に家を買った、ベテラン運転士、ケチ、真面目、融通が利かない、酒好き
と出るわ出るわ、嘘か本当かも分からない事がつらつらと。
でもこの程度の書かれ方ならいい人そうだな。
この人に謝られるのかー。責任感じちゃってる系なのかな。
でも、なにかあるから会いたいんだよね。
私が聞いて得する事が思い浮かばないんだけれど、佐藤さん何を考えているのかな。




