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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第九章 伝説の始まり
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チャプター53

〜王城 国王の寝室〜



「ここから先の戦いがすごいんです。エルさんが剣を振り下ろします! 男爵もそれを剣で受け止めますが、あまりの力の差に、剣から手を離し、後退してしまいます。次の瞬間、剣が、音を立てて折れたんです!」

「つまり、一撃でへし折ったということだな?」

 昼間の戦いでは、男爵の攻撃はどちらかと言えば前座の色が強かった。子爵との戦いの方が本命だ。

「そうです。次に、子爵と戦ったわけですが、ここでは、同じように攻撃を受け止めたまま、武器を手放そうとはしませんでした。もちろん、剣は真っ二つに折れてしまいます。さしもの子爵も死を覚悟したそうです。しかし、漆黒の剣が彼の体をも真っ二つに切り裂くかと思われたその刹那、剣は止まります。恐ろしいほどの切れ味と勢いで襲いかかったのにもかかわらず、子爵の体には傷一つないまま、戦いは終わりました。時間にしたら本当に短い一時でしたが、凄まじい攻撃力でしたよ。そもそも、僕もそれなりに鍛錬を積んでいるつもりでしたが、まるで歯が立ちませんでしたからね」

「そうか。それでその剣というわけだな? これを恐ろしいと見るべきなのか、頼もしいと見るべきなのか、そなたはどう感じた?」

 国王は挑戦的な質問をぶつける。本人のいないところで話してよいものかと一瞬考えてしまったが、今この場に呼ぶわけにもいかない。それに、一個人としての腹はもう決めている。それは決して彼女を迫害するようなものではない。ただ、あまりに強大な存在を前に、果たして誰がどう思うのか、それはとてもきになるところなのだ。

 対するフランツも、少しばかり思案したような表情を浮かべたが、すぐに口を開いた。

「恐ろしいなど、ありえませんよ。畏敬の念こそ抱きますが、恐怖はありませんでしたね。もちろん、あの美しい容姿にやられているだけかもしれませんけどね。素敵な女性というだけで、恐怖は取り除かれますから。でも、それだけではない、と思います。あの力は、僕たちのために振るわれる。思い上がりでもなんでもなくて、僕らとともに魔王軍に立ち向かうために使われるんだということは、実感できましたよ」

「そうか。お前がそういうのであれば、そうなのだろうな。我々は、ともすれば古の勇者よりも強大な力を持った存在に守られているのかもしれん」

 それは大げさでもなんでもなく、直感として心の内から出てきた感想だった。フランツも異論はないようで、しきりに頷いている。二人にそう思わせるだけの力を見せつけられてのことだが、それはエルリッヒにとってはほんの片鱗に過ぎない。それを知った時、いや肌で感じ取った時、彼らはどのような感情を抱くのだろう。

「知っての通り、この国にもかつての勇者は訪れておる。その時の記録も、王立図書館には保管されておる。そなたも読んだな?」

「はい。伝説の勇者は年端もいかない青年で、頼りなげにも見えるその風貌は、決して魔王と直接対決をしに行くようには見えなかった。随伴する者たちは鮮やかな色の鎧に身を包んだ屈強な戦士、知恵者といった風貌の老魔導師と、利発そうな若い女魔導師の四人。魔導師二人の魔力、魔術構成はわからないが、おそらく、どちらかは癒しの魔術を心得ているだろうことは想像に難くない。国王陛下は彼ら一行に労いの言葉と金貨1000枚、それに国の宝である宝剣ドライゲヴェーレンを下賜された。勇者一行はその後三日間滞在し、次の土地へと移っていった」

 この国に伝わる勇者来訪時の記録だ。保管されている場所も場所なので、閲覧できるのは一部の人間に限られてしまうが、王族はこれを嫌という程読まされて育ってきた。中には辟易する者もいたし、好き好んで読む者もいた。少なくとも、フランツは後者だった。勇者の冒険譚と合わせて、この短い一節を飽きるほど読んでいた。

「よく覚えているな。どこの馬の骨とも知れぬ勇者よりも、エルリッヒ殿の方がよほどこの街を救ってくれるのではないかと考えておる。無論、勇者の子孫を名乗る若者が城を訪ねて来ようものなら、証さえ立ててくれれば、国としては支援もしよう。だが、所詮は人間よ。彼女は、人知を超えた存在だ。はなから違うのだ。文献でしか伝わっていない勇者も、何か特別な才能に秀でているとか、神に見出され、人知を超えた能力を授けられたとか、勇者として立っただけの何かは持っていたのだろうが、今となってはそれをうかがい知ることはできぬ。だが、彼女のすごさは、今我らが知ることのできるものだ。まして、魔族に対しても人に対しても中立の立場だという竜族の王女気味であらせられるというのだから、これほど心強いことがあろうか」

「はい。僕も同じことを思っています。その気になれば1日でこの街を滅ぼすことができるほどの力を持った存在が、我らの手助けをしてくれるというのですから、こんなにありがたいことはありません。それにしても、惜しいことをしましたね。ドライゲヴェーレン、返ってきていないんでしょう? 一体どのような剣だったのか……」

 国の記録にはそれがどんな逸品だったのかは一切伝わっていない。ただ、国の宝、宝剣であるとしか伝わっていないのだ。たかだか100年前に手放してしまっただけで、それまではどうしていたのだろうか。「実物が存在していればいい」という考えもひとつなので、深く考えていなかったのかもしれないが。

「まあ、あれはじい様が勇者に与えたものだからな、返ってこなくても文句は言えんよ。だが、勇者一行がどのように役立てたのかは、正直まるでわからんからな、複雑なところではある。どのみち、行く先々で同じように土地土地の宝物を手にしていただろうし。それにだ、あれが一体どのような武器だったのかを我々が知らないのもまた事実。今の我らには、さほど有力な武器ではないかもしれん」

「父上、そんな身も蓋もない。とはいえ、思いを馳せることしかできないのもまた事実ではありますね。そもそも、どのような経緯でいつ頃から国に伝わっていたのかも不透明ですし。そもそも、勇者とはなんだったのか、彼らは結局魔王を倒せなかったのか、そんなことも、考えれば気になって仕方がありません」

 100年前の冒険譚について真剣に議論を進めると、結局はそこに行き着くのであった。

「それも、歴史が伝えているのは輝かしい冒険譚だけだからな。我らには推し量ることもできんよ。機会があれば、エルリッヒ殿を呼んで、知っている情報を教えてもらうのも良いと思うがな」

 少なくともその時代の生き証人、それは間違いなかった。100年前の話を聞けるだけでも、きっと大きな収穫だろう。そのためであれば、スケジュールなどいくらでも都合をつけるつもりでいた。

「そうですね、面白そうですよね」

 もちろん、そんな機会があるのであれば、ぜひ自分も立ち会いたい。フランツの思いも一緒だった。国王が実行に移すかどうかはわからないが、魔王軍侵攻のための情報収拾という名目なら、どうにでもなるだろう。

「ああ、貴重な機会だ、その時はお前も参加しなさい」

「はい! ぜひとも! っとと、あまり長居しても、明日の公務に差し支えますね。今日はここらで失礼します。……話ができて、良かったです。おやすみなさいませ、父上」

 おもむろに立ち上がり、手短に挨拶をする。国王も、短く「あぁ、おやすみ」とだけ言った。もともとあまり愛想の良い性格ではないため、これでも十分だった。

 そうして、フランツは自身の寝室へと帰って行った。




〜つづく〜

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