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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第十三章 そして伝説へ
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チャプター3

〜翌日昼 竜の紅玉亭〜



 その日、エルリッヒは朝からソワソワしていた。いつも通りの仕事をこなしつつも、フォルクローレの来訪が待ちきれない。今日は、職人通りの意見を聞いて、教えに来てくれることになっているのだ。

 どんな時間でも、来たらお礼に食事くらいは振舞おうと考えているが、まずもって、何時に来るのか、親方たちの意見はどのようなもので、どれだけの数を集めてくれるのか。

 つい、気もそぞろになってしまう。もう少しで開店だというのに。

「あー、こんなことじゃだめだ〜! みんなに迷惑をかけかねない!」

 両の頬を力強く叩いて、気持ちを切り替える。楽しいことが待っているのはいいことだけど、それとこれとは別だと思わなければ。

 ちょうどその頃、教会の鐘が鳴り響いた。開店の時間だ。

「よしっ!」

 いつものように、外に出て扉の札をひっくり返す。開店を告げる合図だ。さすがに開店待ちをするような人はいないが、それくらいがちょうどいい。みんなの生活様式を考慮して、お昼時より少しだけ早く開けているのだ。太陽がてっぺんに達するまでの間、少しずつお客さんが増えていくのがいつもの流れなのだ。

 店内に戻り、来客を待つ。気もそぞろになっていたのは自覚するところだったが、今日も仕込みはバッチリだ。修行時代も含めて長年やっているので、体に染みついているのだろう。野菜や川魚で出汁を取っているスープは湯気に乗ってとても良い香りを漂わせている。

「こんにちは、エルちゃん」

「あ、いらっしゃーい! 今日の一番乗りです、お好きな席にどうぞ〜!」

 カウンターに座って来客を待っていたら、早速一人目の客だ。顔なじみが多い客層の中、彼もまたその一人だった。

「シュミットさん、今日は何にします?」

「そうだなぁ、今日は野菜を炒めたやつと、そのいい匂いのするスープ、それに卵をつけてよ」

 シュミットはカウンターに座ると、メニューも見ずに注文をする。当然メニューはあるが、こう言う曖昧な注文も受け付けている。もちろん仕入れの都合で作れないものはあるが、野菜炒めのような簡単なものであれば、どうにでもなる。

「いいですけど……お肉はいいんですか?」

「あぁ、今日は少し節約したくてね」

 卵はそこまで安くないが、他の注文はそんなに高くはない。その辺りでバランスを取っているのだろう。

「わかりました。それじゃ、待っててくださいね」

「よろしく!」

 こうして、この日の営業が始まった。



☆☆☆



 一時間後、店内は満席だった。ありがたいことに、いつも通りの賑わいに満ちている。フォルクローレがやってきたのは、そんな時だった。

 いつも通りの明るい表情で、元気よく扉を開け放った。日の光を浴びた金色の髪が、逆光気味に縁の方だけ光っている。どことなく、神々しくもある瞬間だ。

「お、フォルちゃん!」

「久しぶり!」

「いらっしゃい!」

「今日も手伝いに来たのかい?」

 客たちもすっかり顔見知りで、店内は歓待ムードになる。当のフォルクローレは軽くみんなと挨拶を交わしながら、迷うことなくカウンターの向こうにある厨房に入っていく。

「お、来たね?」

「もちろん。あたし約束は守る女ですから」

 軽く挨拶を交わすと、煮立っているスープの香りをかぐ。昼食を取っていないフォルクローレには、これだけで空腹が増していくようだ。

 ひとしきり店内を見回し、カウンターも含め席が空いていないことを確認すると、どこで待てばいいかをエルリッヒに尋ねた。さすがに立ちっぱなしというのは勘弁願いたいところだ。

「お昼、まだでしょ? 上で待っててよ。お昼の営業が終わったら、一緒に食べよう」

「わかった。けど、そこまで待てるかな。この芳しいスープの香りやらお肉の焼ける音やらを前に待つのは、なかなかに辛いものがある……」

 待たせるのは確かに気の毒だが、満席なのは事実だし、待ってもらうより他はない。仕方なく、言い聞かせるように、耳元で囁く。

「その代わり、お代は取らないんだから、それで良しとしてよね」

「よし、それならば耐えてみせよう。あ、ベッドで寝ちゃってたらごめんね? 昨日の今日で、あんまり寝てないんだよね。それじゃ、後でね!」

 軽く断りを入れるなり、軽快な足取りで階段を上っていった。ここまで来たことや、店内に入ってきた時の様子もあわせて、あんまり寝ていない割には、やっぱり元気である。

「錬金術で作った変なお薬の効果じゃなきゃいいけど……」

 などと、ふと心配になってしまうのも無理はなかった。



 何しろ、フォルクローレが錬金術で作り上げるアイテムの数々は、長く生きてきて、なおかつ人知を超えた存在に他ならないエルリッヒをして不思議でならないものばかりなのだから。




〜昼下がり エルリッヒの自室〜



 昼の営業を終え、店内の片付けを終えると、二階の自室に戻った。果たして、フォルクローレはおとなしく待っているだろうか。それとも、予告通り昼寝でもしているのだろうか。

「フォルちゃーん、お昼の営業終わったよー」

 寝ていることも考慮して、小さく声をかける。と、案の定ベッドの上では安らかな寝息を立てるフォルクローレの姿があった。窓の外から降り注ぐ、少し西に傾いた日差しが、ここでも金色の髪をまばゆく輝かせている。

 こうしていると、元気な姿はすっかりなりを潜め、可愛いお嬢さんなのである。

「まーったく、気持ちよさそうに寝ちゃって」

 優しく髪を撫で、頬に手を添える。なんと柔らかいのだろう。こうして寝顔を見ていると、胸の奥に言いようのない優しい気持ちが湧き上がってくる。

「ほら、そろそろ起きる時間だよ〜」

 全く起きる気配がないため、軽く揺すりながら声をかける。まるで、お母さんかお姉さんにでもなったような心持ちである。

 おそらく、連日の調合で疲れているのだろう。叩き起こすようなことはせず、あくまでも優しく起こしてみる。

「んん……」

「お昼、食べるでしょ。起きて起きて」

 そこまで深く寝入ってはいなかったのか、目をこすりながら起きてくれた。起こすのに時間をかけるのも嫌だったし、激しく起こすのも気の毒だったので、これ幸いである。

「あ〜、おはよう。そうだった、お昼ごはん。ていうか、時間は……」

「さっき片付けが終わったところだよ。これからお昼だからね」

 ちょうどこちらに向かって座る格好になったため、そっとフォルクローレの両手を取り、そのまま軽く引っ張って立ち上がらせた。最初は寝ぼけ眼だったが、すでに表情はしゃっきりしている。伊達に過酷なスケジュールの錬金術を生業にしていない。

「お〜、お昼だお昼だ〜。さっきのスープ、飲める?」

「もちろん!」

 その返答を聞くや否や、元気よく階段を駆け下りていく。本当に、元気な娘だ。



☆☆☆



「はぁ〜、いい匂い!」

「でしょう? 野菜とお魚をしっかり煮込んでるからね。時間をかけることと、香辛料の配合が大事なんだよ。ほら、冷めないうちに食べて食べて♪」

 二人分の昼食をこしらえる。せっかくの来客だから、普段のまかない飯よりは少しだけ豪華にしてみた。それで喜んでもらえるのなら、手間をかけた甲斐がある。普段だって彩りや味には気を使っていryが、やっぱり、たまには人の分と合わせて作らないと、どこか味気ないものだ。

「いやー、なんか悪いねぇ。ほんとは、ちゃんとお金を払って食事させてもらうつもりだったんだよ? 満席だったのはたまたまだし」

「いいっていいって。今日はこっちからお願いをしてきてもらったんだから、そのお礼。遠慮しないでよね」

 寝起きで空腹感が増していたのか、まるで餓鬼のように食べ始めた。自分では料理が苦手なようで、普段は粗食に徹している。それを知ってがいるが、それにしてもさすがである。

「ほら、落ち着いて落ち着いて。全く、調合の間、ちゃんと食べてた?」

「あはは〜、面目ない。集中すると食事がおろそかになっちゃって。一応、携帯用保存食は食べてたんだけどね」

 それは、お腹にたまって栄養バランスもいいという錬金術が生んだ奇跡の食品だが、決して美味しいものではないことを知っている。つまり、最低限の食事で済ませよう、ということなのだろう。

「全く〜」

「ごめんって。それより、このスープほんとに美味しいね。他の料理ともよく合うし、パンに浸してもぴったりだし。あ〜、幸せ〜♪」

 嬉しそうに食べてくれる様子は、見ているこちらが満たされる。本当に、喜んでくれてよかった。味付けには自画自賛も混じるが、そんな幸福感を覚えながらの昼食なのであった。




〜つづく〜

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