チャプター27
〜王城 中会議室〜
「わしらコッペパン通りの出した結論はこうじゃ。武具の購入には賛成するが、性急な増税には反対する。まず、すでに結論は出きっていることじゃが、この国の兵士の装備品は、この先の戦いを勝ち抜くのには不十分じゃ。これから先、ますます凶悪な魔物が襲ってくることも考えられるじゃろうて。それこそ、わしらの想像もつかんような魔物じゃ。そんな相手に戦っていけるとは、到底思えん。じゃから、武器防具の類は大いに強化してもらわなくてはならん。ここまでは良いな? わしらは、いざという時守ってもらうことしかできんのじゃから。それで、問題はここからじゃ。この中で、騎士団の懐具合を把握している者はおるかな?」
この問いに答えられる者は誰もいなかった。皆、渋い表情で首を横に振るばかり。唯一、何かを知っていそうなエッセン通りの代表者だけは、少し違った表情をしていたが、所詮貴族階級の代表者は少数派だ。今大事なのは、自分たち平民階級の意見である。
「そうじゃろうて。そのような情報、どこにも出回っておらんからな。じゃから、今、武具を購入するとして、すぐさま増税しなければならないような結論は避けてほしい、ということなのじゃ。これは、購入する武器のことも、発注する店のことも、何も決まっておらんと言った今の段階だからこそできる話じゃ。もし、今ある騎士団の蓄えで買えるのであれば、誰も文句は言わないのではありませんかな?」
「そ、それはそうですな」
「でも、そんなに都合の良い話があるでしょうか……」
今話しているのはあくまでも提言レベルだ。だから、内情は全くわからないし、この後行われるであろう上の話し合いでそこまで自分たちに配慮した結論を出してくれるとも限らない。それでも、民衆のひとりとしては、意見を出すことそのものが重要だと考えていた。
それが、コッペパン通りの意見なのだ。
「なるほどな。ただ買えばいいってわけでも、買わなきゃいいってわけでもないか」
「確かに、私たちは極端に考えすぎていたのかもしれないな。それで、司会者さん、実際のところはどうなんだ? ある程度はまかなえるような蓄えはあるんですか?」
「そ、それは……」
司会者は口ごもる。実のところ、この男はそこまでの情報を持ち合わせていないのかもしれない。と思い始めていた。知っていても言えないかもしれないが、それならばわざわざこのような場を設ける必要などない。いきなり武具購入を決め、必要があれば後から増税すれば良いのだ。
何かしら、民主的な結論を求めているからこそ、このような場が設けられたはずだ。それならば、自分たちにももう少し検討に必要な情報を開示してくれてもいいのでは、と考えるのは当然のことだった。
「し、しばし待たれよ。騎士団や国庫について、どこまで伝えても良いか、確認して参る。あー、わかっていると思うが、勝手に城内を歩き回らぬようにな」
止むに止まれぬ、といった様子で司会者は確認のために出て行ってしまった。それで議論に必要な情報が増えるのなら、大歓迎だ。結局のところ、機密だなんだと騒いでいたのは、教えてもいいかどうかの決定権すらないにもかかわらず、一存で騒いでいただけ、ということになる。
「なんだかなぁ。その辺の決定権を持ってる人も同席させて欲しいですよね」
「そうじゃのぅ。ところで、この先はどうしたらよいかの。見たところ、結構状況が変わってきておる。このままわし一人でしゃべり続けるのは辛いんじゃが……」
会長の言葉は尤もだ。この後、財政状況についての話があるか、突っぱねられるかのどちらかになるだろう。そうなれば、その回答で意見を変える者もいるかもしれないし、そうでなくとも動揺が走る可能性は捨てきれない。ここまで、コッペパン通りの意見は全てエルリッヒの意見を中心にく見立ててきた。この先も、その方針は貫いた方がいいだろう。
「そうですねぇ。うまい具合に他の人の意見を聞いたり、私が交代できるといいんですけど。まずは、他の人の意見を聞く方向でやってみてください。難しければ、私がやりますんで」
「そうじゃの。頑張ってやってみるわい」
普段交流の少ないそれぞれの通りの代表者同士、ここぞとばかりに話に花を咲かせている。席順は到着した順位なっていたため、遠く離れた通りの代表者と隣席することもあり、いい交流の場になっているようだ。
「あの、コッペパン通りさん。お話ししても、よろしいですか?」
こちらも、隣の席の代表者が話しかけてきた。見たところそんなに年が行っているようには見えない。若くして選ばれたというのであれば、相応の人物なのだろうか。それとも、名主の家柄だろうか。
「はい。何ですかな?」
会長は、呼びかけに対し気さくに応える。誰にとっても、有意義な場であることに変わりはないようだ。
「今のご意見、とても感心いたしました。さすが、長く生きている方は違いますね。私なんか、まるで思いつかないような視点も加えてあったりして」
「ふぉっふぉっふぉ、そのように褒められても、何も出ませんぞ? 我がコッペパン通りは、ここのエルちゃんの意見を代弁しているのにすぎませんからな」
あまりいろいろと話されてしまうとなかなかに面倒なのだが、隣で話に加わっていればコントロールも可能だろう。今のところは口を出さないでいることにした。
「はぁ。そちらの娘さん、先ほどからお若いのに立派だ。何をされているんですか? 先ほど、料理人とは言っていましたが」
「私は食堂をやっています。コッペパン通りの竜の紅玉亭、ぜひいらしてください。頑張って腕を振るいますから!」
力こぶを作る真似をして、愛想よく笑ってみせる。その様子からは、とても先ほど衛兵二人を跳ね除けたようには見えなかった。一体全体、どうなっているのか。
「それで、お隣さんはどちらの通りの代表の方ですか?」
「おっとそうでした。私は東のノイエブルク通りの者です」
「ノイエブルク通りですか。あの辺りは新興の住宅街の多い土地ですな」
それはかつて、この街がもっと小規模だった頃、その辺りに先代のお城があったと言われている場所だ。街の拡張に合わせ、長い事砦の跡地として放置されていたところで、近年の区画整理で更地になり、新しい住宅地となった場所である。近年と言っても、もう数十年は経っているらしく、エルリッヒの知識も、人から聞いたものに過ぎなかった。
「はい。私どもは皆よその通りに働きに出るものですから、そこで色々な意見を聞いて、今回の参加と相成ったのですが、私自身貧乏くじを引かされたような状態でして」
どことなく気弱そうに見えたが、もしかしたら断れないのをいいことに代表者の座を押し付けられたのかもしれない。そう思うと、気の毒だ。
「して、そちらがたのご意見は? 武具の購入に賛成、反対、どちらの意見に決まったんですかな?」
「はぁ。私たちは、一応賛成の立場で参りました。いざという時、住宅街というのは弱いものです。ですから、守ってもらう兵士の皆さんには、少しでも強くなってもらいたいと」
それはいい意見だ。弱い装備しか与えずに戦地に放り出したり自分たちを守れというのは、あまりにもひどい。命の危険にさらすのだから、それに見合った装備品を身につけてもらうのは、むしろ守られる側の義務と言ってもいい。それをわかっている人が住む土地というのは、きっといい土地なのだろう。
行ったことのない通りだが、一気に好感度が上がっていくのを感じた。
「へぇ、いいじゃないです……か……」
話を遮るように、視界に派手なものが映った。フロイライン・フレアローゼンである。
「ちょっとよろしいですかしら?」
「は、はぁ。面倒ごとじゃなければ……」
わざわざここまで来ての呼びかけに、エルリッヒはつい苦い表情を浮かべてしまった。
〜つづく〜




