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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第十三章 そして伝説へ
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チャプター2

〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜



「ーーというわけで、装備を強化したいけど、お金の出所は税金だから、皆さんどう思いますか? て話。意見自体は、各通りの代表意見をまとめて、それをお城に上げるみたいなんだけどね」

「ふ〜ん、なるほどね〜。あたしだったらどう思うか、でしょ? そんなの、単純な話じゃん。そんなことに税金を使うより、あたし特製の爆弾を山ほど買ってほしいね! そしたら、魔物なんか一網打尽だよ! ていう話には、ならないんだろうねぇ。何を買っても、出所は税金なわけだし。んでも、あたしは別に反対はしないかなぁ」

 ぐるぐると釜の中の虹色の液体をかき混ぜながら、自分の意見をとつとつと語っていくフォルクローレ。今話を聞いたばかりだというのに、その言葉には迷いも短慮も見られない。

 普段そんなことは一切考えていなさそうなのに、こういう時にすぐ意見が出てくるのは、立派なものだ。

「へぇ〜。フォルちゃんは賛成なんだ。税金の無駄遣いとか、税が重くなるんじゃないとか、そういう考えにはいかない?」

「だって、命あっての物種でしょ? 死んだら終わりだよ? それは、前線で戦う兵士の人たちも、戦う術のないほとんどの人も、同じだからね。あたしはたまたま錬金術っていう戦う術を持ってるし、ゲートムントたちみたいな強い人たちとのつながりもあるけど、それでも死んだら終わりなのは同じだし。ただ、魔物が来た時に少しだけ危険より遠くに居られるだけで。だったら、後のことは生き残ってから考えても遅くはないと思うんだよね。まずは、兵士の人たちには少しでも強くなってもらって、魔物を倒して、街の人たちを守ってもらえるようにしなきゃ」

 今まで見聞きした多くの賛成派と同じ意見だった。というよりも、それ以外の理由で賛成する理由もないのだが、魔物襲来に立ち会っていればこその実感だろう。

 むやみに反対していなくて少し安心した。

「んで? わざわざ意見を聞きに来たってことは、反対派の意見も気になってる感じ?」

「お、鋭いねー。気になってるっていうか、体を鍛えることが先決だ、みたいな意見を聞いちゃってね。私はもともと装備を強化するのが手っ取り早いでしょうって思ってるから。体を鍛えることももちろん大事なんだけどさ、すぐにはどうにもならないし」

 普段肉体労働や訓練とは無縁の世界で暮らしている人たちの中には、どうしてもこういう意見を持つ者がいる。その人たちだって、自分のいる世界では一朝一夕には身につかない技能を活かしているはずなのに。

 人の意見を否定する権利はないが、フォルクローレの言う通り、死んでしまっては元も子もないのだ。

「その点、うちのアイテムは誰でも平等に威力が出せるから、オススメだよ! 爆弾だけじゃなくて、いろいろ取り揃えてるしね! 案外本気なんだけどなぁ」

「あははー。依頼、来るといいねぇ」

 笑って済ませているが、その言い分はもっともだ。力のない者でも、爆弾を投げつければそれなりのダメージを叩き出せる。もちろん、投げるという行為自体はそれなりに力の影響を受けてしまうが、そこから先は、子供でも関係ないのだ。考えれば考えるほど、いいアイディアではないだろうか。

「うん、本気で悪くない気がしてきた」

「でしょう? 王都広しと言えど、爆弾を作ってる工房なんて、ここしかないからね。他にも、氷の力で相手を勝手に斬りつけてくれる剣とか、つむじ風で相手を吹き飛ばしちゃう袋とか、いろいろあるよ。爆弾だって、いろんな種類があるしね。普通の爆弾だけじゃないよ?」

 そのセールストークは何の飾りっ気もなかったが、むしろシンプルで一番伝わるような気がした。値段次第かもしれないが、なかなかに面白い。こんな戦力で応戦してくる人間には、さすがの魔物たちも面喰らうのではなかろうか。

「色々使い分けられたらいいよね。多分、炎の力が通用しない魔物もいるだろうし、そうなってくると、普通の爆弾は意味をなさないだろうから」

「でしょう? エルちゃん、こないだも貴族の屋敷に呼ばれてたんでしょ? もし機会があったら、一言だけでも口利きしておいてよ。偉い人の判断には逆らえないまでも、少しくらいは検討してほしいし」

 それくらいならお安い御用だ。フォルクローレ自身が国王に謁見したこともあるので、薦めやすい。もし本当にお城に納入するとなれば、数も多くて大変だろうが。

「それはそれとして、職人通りのみんながどう思ってるのかも、ちょっと気になるんだよね。この調合って、いつまでこうしてなきゃダメなの?」

「こっちは今日の日暮くらいまでかなぁ。一人だと知り合いも少ないだろうから聞きにくいってことだと思うけど、明日でよければ意見をまとめて教えてあげるよ? それに、夜の仕込みがあるでしょ? そんなに時間ないんじゃない?」

 言われてみれば、そうなのだ。職人通りに軒を構える工房はそれなりに多い。フォルクローレは仮にもその全ての親方と顔見知りだが、エルリッヒはそうではない。いきなり小娘が訪ねて行っても、まともに取り合ってはくれないだろう。

 それにしても、屈強な親方たちと同じ立場で渡り合っているフォルクローレはすごいものだと思う。コッペパン通りは食堂を営む人や他の通りに働きに出る人などでそれなりには分散しているから、ここほど男社会という感じではないのだ。ましてフォルクローレの扱っている商品はよく知らない者からすればいかにも怪しい。今では信頼を勝ち取っているというが、知り合う前にあったであろうその苦労は、想像するだけで大変そうだった。

「ありがと。それで十分だよ。できるだけ多くの意見が欲しいけど、手間がかかるだろうし、あんまり細かく集計しなくていいからね。どのみち、通りの代表者が意見をまとめてお城に提出するんだしね。ここだと、誰になるの?」

「う〜ん、誰なんだろう。鍛冶屋のおじさんかな、それとも靴屋のビクトルさんだったかな」

 そこは適当なのか。そんなことで大丈夫なのだろうかと思うが、いかにもフォルクローレらしい。

「ま、まあ、それは職人通りの話だし、私には直接関係はないんだけどさ、明日、よろしくね。私はそろそろ帰らないとだし」

「うん、任せといて。全然おもてなしできなくてごめんね〜」

 ひとしきりの話を終えると、軽い挨拶を交わしてアトリエを後にした。その間、フォルクローレはずっと大釜をかき混ぜていた。調合の手伝いをしたこともあるから、過酷な作業を目の当たりにしているが、あれでは、体を壊してしまいそうだ。

 とはいえ、あえてそんな道を選んだのだから、心配こそすれ、余計な口出しはできないのだが。

「……それにしても、フォルちゃんは賛成派だったか。普通の人よりは魔物との戦いを経験してる人の方が、そういう考えに至るよなぁ……」

 コッペパン通りへの道を歩きながら、そんなことを思う。こればかりは、自分が親しくしている人たちの偏りもあるから意見に大きな違いは出ないのだろう。

 なんとなく、色んな場所を見回してみると、件のお触れが書かれていると思しき立て札の前で話し込んでいる人たちを見かけた。やはり、それぞれの通りでも議論の種になっているということなのだろう。

「うんうん、いいこといいこと」

 本当なら、話に混じって意見を聞きたいところだけど、さすがに知り合いでもなんでもないので、そういうわけにはいかない。聞き耳を立てようにも少し遠くて難しい。でも、議論している様を目の当たりにできただけでも、なんとなく嬉しかった。

 たとえそれが、井戸端会議レベルの話であっても。

「よしっ!」

 無意識に元気をもらったような気になって、ついつい帰りの足取りが軽くなるのだった。




〜つづく〜

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