チャプター1
〜竜の紅玉亭〜
国王からのお触れが出てから数日、客の話題はそのことで持ちきりだった。国王自らの名前で意見を聞きたいという言葉には、心を動かされる者も多い中、訝しんでいる者もいて、三者三様だった。
そして、本題である「来るべき魔物の再来に備えて兵士の武具を整備したい」ということへの意見については、皆一様に「強い装備品を買えばいい」という結果だった。
さすがに不自然に思ったエルリッヒは、そこで一言添える。
「それ、買うのは税金からですよ?」
「そ、そうか!」
そこまで考えていなかったのか、この一言で全員に動揺が走った。それ以来、ずっと客の間で議論が続いているのだった。
「うんうん、いいことだよ。私ら庶民がこう言う議論をするのは」
そんなことを思いながら料理を続けるエルリッヒは、コッペパン通りの代表意見がどうなるかを楽しみに待っていた。もしかしたら、自分にも意見を求められるかもしれない。一介の小娘には意見を求められないかもしれない。どちらでも、やれることをやるだけだ。
「それで、エルちゃんはどっちがいいと思うの?」
そう、公式な意見としてはまだ何も求められていないが、馴染み客からは何度も意見を求められていた。だが、こういう時、返す言葉は決まっていた。
「それ、私が意見言ったら、絶対影響されちゃいますよね。私の意見になっちゃったら、オットーさんの意見じゃなくなっちゃいますよ? だから、じっくり考えて欲しいんです。まだ意見の取りまとめまでは時間ありますしね」
「そ、そうか。それは確かにな。人の意見に日和ろうとしてたかも。俺もまだまだだな。ありがとな」
馴染み客たちはさすがに素直なもので、自分で考えようと質問を取り下げてくれる。ここで食い下がってくる人がいないのは、本当にありがたい。
「みーんな、悩んでますよ。最初にみんなが言った通り、装備品を強くすることは大事だと思うんですよ。鍛えるだけじゃすぐには強くなれない。でも、武器が強くなれば、それだけで強くなれるし、いい鎧に着替えれば、それだけで魔物の攻撃を受けてもより軽傷で済むようになれる。それに、街を守る兵士が強くなれば、街の中でも外の街道でも、悪い人がどうこうしようっていう気は減っていくだろうし。でも、それって、ぜーんぶ私たちの納めてる税金があってこそなんですよね」
「そう、なんだよな。あ〜、どっちがいいんだ! そうだ、エルちゃんが今まで住んできた街と比べて、ここの税金は高い? それとも、安い?」
意外な質問が飛んできた。税金の高さを訊かれるとは。さて、どう答えようか。少し考えた後、困り顔を作ってこう答えた。
「それ、難しい質問なんですよね〜。お金や物の価値って、時代や場所で全然違うんですよ。だから、高いとか安いとか、判断しづらくって。ただ、この街に越してきて数年経ちますけど、不当だとは思わないですよ?」
それで十分だった。他のみんなも、不満に思っている気配はない。だから、これで十分だった。実際、300年も人間社会で暮らしていると、通貨価値はおろか、通貨そのものが違う国も随分と経験してきた。感覚としての通貨価値はあるが、それを言っても仕方がない。
「だから、自分で考えるのが一番ってことなんですよ。さて、あんまり長話もできないし、行きますね」
そう言って厨房に戻っていく。もちろん、料理をしながらもみんなの意見には頑張って聞き耳をたてる。果たして、みんなはどんな議論をしているのか。
「よしっ、できたっ!」
煮込み野菜のスープができた。その出来を確認し、器によそってテーブルに運ぶ。店の活気はいつも通りで一安心する。議論はもちろんだが、あのお触れ書きによって人々の危機感を煽ることにもなりかねない。それがきっかけで、店内はもちろん、街の活気が失われては、国全体の活気にもつながってしまう。
確かに、魔物の再来は脅威であり、いつか訪れる危機なのだが、それに怯えて暮らしていては、何もできない。少なくとも、このコッペパン通りの住人たちはそのような心持ちで暮らしていたし、他の通りの住人たちも、さほど空気は変わらないようだった。
☆☆☆
その夜、片付けが終わって夕食を作っていると、フォルクローレのことが浮かんだ。果たして、職人通りはどうだろうか。職人通りにはこのところ足を運んでいない。ともすると、ここよりもさらに活気のある通りだけに、血気盛んに議論を交わしているだろうか。
そうであればいいのだが、こればかりはわからない。武具の強化について伯爵に具申した手前、今回の件について無関係ではない。だから、もし通りの雰囲気が悪くなってしまったら、多少の責任を感じてしまう。
「明日あたり、ちょっとフォルちゃんに会いに行ってみるかなぁ……」
野菜を刻みながら、そんなことを思う。彼女の意見はとてもきになる。きっと、面白い話が聞けるに違いない。そう思うと、なんとなく気分が上向いてくる。
もちろん、沈んでいるわけではないのだが。
「よしっ、明日も頑張るぞ!」
気合を入れ、夕食作りを続けるのだった。
〜翌日午後 職人通り〜
「フォルちゃん、いるかな〜」
昼の営業を終え、いつものように片付けと昼食を終えると、一路職人通りに向かう。ここはいつも活気に満ちていていい。親方の怒号や徒弟たちの慌ただしく駆け回る様子、何かを作っているらしき様々な、音。人の生き様を見せつけられているようで、本当に楽しい。
「ごめんくださ〜い」
フォルクローレのアトリエを尋ねてみると、フォルクローレはいつも通り何かの調合中らしく、ドアの向こうから返事があった。向こうも声色だけで来客が誰かわかったようで、勝手に入るようにと促される。
中に入ると、鼻を突くような刺激臭が漂っている。一体何を調合しているのやら。
「お邪魔するねー」
大釜を必死にかき混ぜているフォルクローレの背中に声をかけると、そのまま大釜の中を覗き込んだ。全く分からない調合中の品のことが気になって仕方がない。
「ねぇ、これ何作ってるの?」
「あっ、気をつけてね! 髪の毛一本入るだけで失敗しちゃうから」
そういえば、以前も似たようなことを言われていたのを思い出す。髪の毛一本が混入しただけで全く別のアイテムになってしまうらしい。そして、それがどんなアイテムなのかは使ってみないとわからないらしい。錬金術とはかくも恐ろしい学問である。
「ごめんごめん、気をつけるよ。で、何を作ってるの?」
「お薬だよ。疲労回復に効く飲み薬。ごめんねー、匂いすごいでしょ。で、何? 今は手が離せないけど、話くらいならいくらでも付き合うよ。あたしもさ、もう二日もこうしてかき混ぜてて、少し人恋しかったんだよね」
どうやら、相変わらず無茶な生活を送っているらしい。全く、少しは体を労ってほしいものである。が、それを気にしていてはフォルクローレではない。体のことを大切にしてほしいと思う反面、このような生活を送っている方がフォルクローレらしいと思ってしまう。
「あー、うん、こないださ、王様からのお触れがあったでしょ? フォルちゃんの意見を聞きたいなーって」
「??? お触れ? なにそれ」
それはあまりにも予想外の回答だった。まさか、お触れそのものを把握していないとは。そこから説明するとなるが、やむをえまい。
「そこからかー! もしかして、最近外にも出てないの?」
「そうだよ。この二日はずっと釜と向き合ってたでしょ? その前はずっと薬草をすりつぶしてたし。一応言っとくと、その時は徹夜なんかしてないから安心して。それで、王様からのお触れってなんなの? 大事なことなんだよね。知らないとか、やばすぎるんじゃ!」
焦って調合に失敗してもいけないが、否応なしに焦ってしまう。冷静でいなければ、と言い聞かせながら、かき混ぜ作業を続けるのだった。
「大丈夫大丈夫、そんなんじゃないし、今から説明するから」
「あーよかった〜。持つべきものは友達だね」
心からの安堵に、嬉しくもあり、少し不安にもなるエルリッヒであった。
〜つづく〜




