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第17話 養殖 1 みんなで回転寿司

「う〜ん、美味しい!」


 脂の乗ったサーモンをじっくりと味わい、千景は頬を綻ばせた。


「う〜ん……」


 メニューを睨み、落葉は甘い唸りという奇妙な声を漏らす。


「……俺と同じの食おうか?


 純粋に迷っているのか遠慮をしているのか、ただ眉間に皺を寄せるだけの落葉へ、陽は提案の声をかける。


「え? あ、はい……」


 落葉の頷きを見て、陽はカウンターに設置された小さな用紙を取り、タコと甘海老二皿ずつの注文を記して店員に手渡した。


 陽のアパート最寄りの回転寿司店。平日の夜だがそこそこ繁盛しているその店で、陽と千景と落葉の三人はつい先程カウンター席につき、そして千景がいち早くレーン上のサーモンを手に取り食していた。ちょうど握りたてだったようだ。


 陽が中心で、右手に千景、左手に落葉という位置関係になっているが、流れでなんとなくそうなっただけで深い意味はない……はずだ。少なくとも陽の意識にはない。


「えっと……なにか飲むか?」

「あ、えと、お、お茶でいいです」

「そうか」


 陽も落葉も酒は飲まない。千景は飲もうとすれば飲めるのだが、外見容姿が十歳の者にアルコールを提供する店などはどこにもなく、そもそも本人は食べる方に意識が向いている。


 お寿司食べたい! 回転寿司行こう、陽の分のお小遣いで!


 無邪気にそう言い放った千景により、いま陽たちは回転寿司店にいる。住宅街に近いここは家族連れが多いようで、味の評判もよく客入りがいい。


 この店に限らず、この北国にある回転寿司店は首都圏にあるそれらよりも味や鮮度に優れているという話を聞いたことがあるが、比較した経験がないので陽にはわからない。とりあえず、陽と千景がこの地での回転寿司に不満を覚えたことはない。


「タコと甘海老おまたせしましたー!」


 店員の快活な声が響く。陽は店員から皿を受け取り、それを二人分にわけ片方を落葉へ渡す。千景はまたなにか回転レーン上のものを好きに取って食べている……それはネギトロか。


「あ、ありがとうございます」


 落葉は、なぜだかやたら慎重にタコに醤油をつけ……あまりヒトの食事の仕草を無遠慮に観察するべきではないな。陽は陽で自分の寿司を食おう。


 なぜ落葉も一緒なのかというと、千景が誘ったからに他ならない。オチバにお世話になったでしょー、と言われては陽は同意せざるを得なかった。


 陽が無神経な発言をしてしまい結果自宅の窓ガラスを割ることになった事件は、今から一週間ほど前のこととなる。その解決には、落葉が関わっていた。


 つまり、礼として落葉を誘ったわけだ。当然落葉の分の代金は陽が持つ。

 礼ならば回らない高級寿司店のほうが良い気もするし、そこをケチる陽ではない。彼女を誘うのならばそういう店にしようと陽は千景へ提案したのだが、それだと多分オチバ遠慮しちゃうよーオチバはそういう人だよーと返されてしまい、結局近所の回転寿司となった。


 今回はただ純粋に食事を奢るだけだが、いつか、雰囲気のいい高級レストランなどでの二人きりの食事に落葉を誘うときが来るのだろうか。今のところ、陽にはそんな度胸はまったくないのだが……

 誘いたいと思っているのだ、陽は。

 落葉ほど、親身になってくれる女性は他にいない。


「……えっと、お汁を頼もうかな」


 落葉は、この一般的な回転寿司店でも遠慮がちな声でそう呟く。メニューには寿司の他にも海老やカニの味噌汁などもある、好きなものを食べるといい。もし好むのならウニやトロなどの高い皿を注文してもいいのだが、やはり彼女は自分からは高価なものを頼みそうにない。とはいえ食事内容を押し付けられても嬉しくはないだろう……タコと甘海老は、まあいいだろうそれくらい。


「ねえねえ、オチバってこういうとこでスイーツ食べる?」


 陽をまたぐようにして、千景は華やかな笑顔を落葉へ向ける。


「んん……普通にお寿司が食べたいかなあ」


 小首をかしげ、少し考えてからそう返す落葉の仕草は可愛らしいものだ。

 寿司でもケーキでもなんでも自由に食べてくれ。無理に食えとは言わないが……


「おや! ぼうやもここで寿司かい!」


 陽が海老の濃厚な甘みを味わっているところに、聞き覚えのある声が響いた。


「ん? ……あっ、小雪さん?」


 初老の女性と幼い少年が、陽たちのすぐ側に立っている。あの日、ひとりで魔鏡空間に入ってしまった陽を助けてくれた人達だ。


「奇遇だねえ……ああ、案内されたんだが隣いいかい?」


 小雪のその問は、陽ではなく千景へ向けられていた。千景は、氷製の仮面を貼り付けたかのように冷たく無機質な表情で……少年の方をしばし見詰め……これは険悪な事態に発展するのではと陽が腰を浮かし、


「──いいよ!」


 しかし千景はその仮面を熱持つ陽光の笑顔で打ち砕き、彼女たちへ手招きまでしてみせた。そして次には、湿度の高いじっとりとした視線を陽に注ぐ……陽は茶を飲んだ。苦い。


 千景の許しを得て、小雪たちもカウンター席に着く。千景の右隣に小雪、その更に右に少年……晴継が座る。

 落葉が、説明を要求する視線を陽へ向ける。


「彼女たちは……この前俺を助けてくれた人たちだ」

「助けて……あ〜」


 理解した落葉を見て、小雪は静かに陽へ問う。

「……仕事のこと、ご存じなのかい?」

「ええ、まあ」

「そうかい。ぼうやたちの食事を邪魔する気はないよ。……いや、せっかく運良く会えたんだ。食事が終わったあとでいいが、ぼうやの耳には入れておきたいことがある」

「? なんです?」

「勿論仕事に関わることでね、そしてなかなか重大なことさ……出来れば、ぼうやと契約者のお嬢ちゃんとだけ話したいんだが」


 陽は、ちらと落葉へ視線を向ける。彼女は、なにやら急に湧いた不穏な話に背筋を伸ばしおしぼりを両手で握りしめていた。視線を小雪へ戻し、陽は答える。


「彼女は信頼のおけるヒトです。除外するほどのお話で?」

「ふむ。いや、ぼうやがそう言うのならかまわないよ。なに、不必要に世へ広まらなければいいのだから……」


 なにを話すつもりなのか。仕事についてというのなら、陽も気を引き締めざるを得なかった。


「あー、私なら気にしないですよっ。どこかで時間潰したりとかしますからっ」


 何故だろうか、どこか嬉しそうに落葉が言う。小雪は表情を緩ませ、


「そうかい、すまないね。それじゃあ、ぼうやはあとで私の車に来てほしい」


 そう言っておしぼりを手にした。


「さて、食べようかい!」


 寿司を食うときに仕事のことは考えたくなかったが……だが、聞かぬ訳にもいかない。

 陽は、とりあえずサーモンを追加注文した。

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