第18話 養殖 2 増殖させる悪意
「チカゲはオチバとお話してるよー後で聞かせてー」
流れる皿を自由に取り、遠慮せずに好みのネタを頼んで腹を満たした千景は、満足そうな表情でそう言って陽から離れた。
千景は特別大量に食べたというわけではないが、成人男性の陽とそう変わらない量をその小柄な体格に収めたことは大食いと評すべきだろう。
一方、落葉は海老の味噌汁と低価格帯のネタを少し食べただけだった。高ければいいというわけではないのだが……機会があれば、今度は別のところに誘おうか。陽にそんな行動力があるかは甚だしく疑問だが。
それよりも、今は仕事の話だ。
「これが私の車さ。特に自慢するものではないねえ」
回転寿司店の駐車場。町の空自体は既に夜に覆われているが、この場所は店の外灯により確かな視界が確保されていた。とくに変わった点はない普通のミニバンがそこにある。
小雪が運転席に乗り、晴継は後部座席へ。陽は助手席へお邪魔することとなった。車内にも目立った特徴はない。
至近に他の人間はいない。一般乗用車の遮音性はそう高くないが、小声で会話すれば他人に聞かれることはないだろう。エンジンをかけエアコンをつければ、なお安心だ。
「さて……ぼうや、いいのかい? もし私が悪人であればこのままアンタをどうにでも出来るよ」
エアコンの冷気を浴び、小雪はわざとらしい悪意を顔に貼り付けた。意図を測りかね陽は無言を返す。
「……まあ、これから話すことはそういうことなのさ」
どういうことなのか。小雪は一度表情を崩し、そして至って真面目な顔で話を続ける。
「ここ最近、魔鏡空間の発生率が高いとは感じていないかい?」
「……高いと言えば、高いですが」
陽と千景の現場仕事は、普段は大体月に三回程度だ。ここ一ヶ月は六回であり、先日の事件はその前日に別の魔鏡を破壊していることを考慮すると、確かに高いと言える。
「しかし、この程度のブレならそう珍しくはないかと思いますが」
魔鏡は規則的にスケジューリングされた存在ではない。その時のその場所の様々なエネルギーの様相により、活動は変化する。
「そうなんだがね。しかし」
小雪はスマートフォンを取り出した。軽く操作し、一枚の画像を表示させ陽へ見せる。
一人の若い男の写真だった。いかにも頭の悪そうなチンピラといった身なりであり、見て嬉しくなる画像ではない。
「……これは?」
「元々東京に住んでいたようだが、最近こちらへ移って来たという情報がある。まだ拠点は掴んでいないがね」
実に嫌な予感がした。今の話の流れとして、特定の人間の写真を出す意味はかなり限られる。
「私も元々東京民でね。この車は輸送してきたのさ……まあそれはいいとして、この男は魔人と契約している」
「こいつが、ですか」
「そう。そしてコイツは、妙な鏡を所持している」
「……鏡ですか」
「私たちが魔鏡と呼ぶそれとは違うようだが、それも恐らく魔の鏡さ。コイツと契約した魔人がその鏡に魔力を注ぎ込んだ直後、新たな魔鏡空間の発生が確認されたという報告がある」
小雪はそこで画像を閉じ、スマートフォンをしまった。
いま、ルームミラーを見れば酷く歪んだ陽の渋面がそこに映っているだろう。口内に生じた苦味を飲み下し、陽は問う。
「人為的に、魔鏡を増殖させていると?」
「間違いなくね。東京は、霊だとか土地だとか多量の意思エネルギーだとかで元々魔鏡も多く、それに伴い破壊者も多くてね。複数の破壊者がこの男の不審な行動を目撃しているわけさ」
今見たチンピラが、なんの目的か魔鏡をわざわざ増やしているという。魔鏡が増えれば、当然鏡獣も増え、結果として犠牲となる市民も増える。
「なんのために、そんなことを」
問う陽の声は震えを隠しきれない。
それに答えたのは小雪ではなく、後部座席の晴継だった。至極冷静な声が車内に染みる。
「彼も魔鏡空間で鏡獣を破壊していますが、本体の魔鏡を破壊した形跡がまったくありません。戦いの歓びに囚われた者としては、本体という強敵と戦わないことは不自然であり、この線は薄いと思われます」
「新人なら、雑魚と戦うだけいうこともありますが……」
「それでは今度は魔鏡を増やすことが不自然です。ヒトを外見だけで判断すると見誤ることはありますが、彼の目的はおそらく……」
「……………」
「わかっているんだろう、ぼうや」
小雪が指摘するように、察しはついている。だが、その答えの邪悪さに、陽は口に出すことを忌避した。
「……カネさ」
結局小雪が解答してしまう。彼女の声は侮蔑色に塗れていた。
鏡獣は、カネになる。その事実を、陽は深く理解していた。今日の食事代も、そこから出ている。
「私たちだって、鏡獣を収入源にしているがね」
「ですが、みずから人々の脅威を増やすのはっ!」
腹の底から吹き上がる感情が怒声となり車内に響いた。小雪も晴継も、それに動じることは欠片ほどもなかった。
「……失礼しました」
陽は居住まいを正し、深く息を吐く。小雪はしばしその様子を見守ってから、穏和な声で話を続ける。
「他人のことなんか、命すらどうでもいいと考える人間なんていくらでも存在する。それが、力を得てしまった……私がここへ来たのは、ソイツを狩るためさ」
狩る。相手は人間だが、小雪は平然と言ってのけた。
「……殺すのですか」
「法で裁ける者ではないからね、死んでもらうしかない。なに、はじめてのことではない……ヒトの道を外れた破壊者を狩る、ソレも私の仕事のひとつなのさ」
破壊者狩り、という存在を陽はこのときはじめて知る。道を外れることは、それほどありふれたことなのだろうか。
「それを、俺に伝えたのは……」
「いや、警告さ。所詮は殺人、協力を仰ぎはしない……魔鏡空間をただの稼ぎ場としか見ない者に取っては、ぼうやのような善良な破壊者は敵だからね」
「善良、ですか」
「そうだろう? ぼうやに助けられたであろう少年が、オジサンが僕をたすけて代わりに穴の中に、とか言ってたよ。身を挺して子供を助ける人は……少なくとも悪人ではないね」
「少年か……」
その後まったくそれどころではないことになったので、その少年のことはすっかり忘れていた。オジサン……子供から見れば三十歳はオジサンだ。
「まあ、そういうわけさ。気をつけておくれよ」
「……ありがとうございます」
カネのために魔鏡を、鏡獣を増やす。自らの欲望のために陽のような被害者を生み出すということだ。間接的殺人と言える。
今の陽は幸福と言えるが、あの日の不幸の人為的生産を許容出来るはずなどなかった。
だが、破壊者狩りは自分の仕事だと小雪は言う。陽も積極的に人殺しをしたいわけではなく、話は続かずそこで終わり、陽は車を出ることとなった。




