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「ニーナさん!あれ!あの青い服どこに仕舞ったっけ?」


「あれ?あのワンピースのこと?それならクローゼットの奥にあるはずよ」


「あーそっか!って…ぎゃー!これ穴が開いてる!別の、別のにしないと!」


「レーテ、あなたちょっと落ち着きなさい」


 クローゼットの中を漁り、服を引っ張り出していたレーテと、それを冷静に見つめるニーナ。二人の周りには大量の服が散乱していた。

 エイルはアルをあやしており、私は赤ちゃんのお世話しているからそっちは手伝えません。という無言の主張をしていた。


 貧乏だと思っていたので沢山の服が有る事に驚くが、ニーナにはその様子は無い。

 こちらの世界の女性はこれほどの服を持っているのは一般的なのだろうか。


「あー、どうしよう!どうしよう!」


 ベビーベットから二人の様子を見つめるアルは、世界が違っても女性って大変なんだな、と他人事のように眺め続けるのであった。











 その日は朝から慌しかった。


 やれ掃除だ、洗濯だ。夕飯の買い出しだ。とバタバタと二人が走り回り、一息付いたのはお昼も終わり、日が傾きかけた午後のことだった。

 寝室にある小さな丸テーブルにレーテとニーナ、エイルが付き、遅い昼食後のお茶を飲んでいる時に突然叫び声が上がる。


「大変!私、着る服が無いわ!」


 イスをガタガタと鳴らし、勢い良く立ち上がったレーテが叫ぶ。


 呆気に取られたニーナが「別にいつもの格好でいいんじゃないの」とカップを傾けながら言うと


「分かってない!ニーナさん分かってないよ!半年ぶりに会う愛しの旦那様にこんなみっともない格好見せられるわけないじゃない!気づいて!私の乙女心!」


「みっともないって自覚あったんだ…」


 とニーナが呆れた声を漏らすが、レーテは敢えて無視。両手をパンパンと打ち鳴らし、声を上げる。


「さぁさぁニーナさん!手伝って!準備準備!」


「えーあなた何着たって変わんないよ…」


 そう面倒くさそうにつぶやくが、てきぱきとお茶を片付け始めるニーナ。何だかんだで顔は楽しそうだ。

 エイルはいち早く二人の傍を離れ、ベビーベットの横に避難していた。


『アルちゃん!パパが帰ってくるよ!』


 そう言われた日―――手紙が届いた日から一週間ほどが経った。そうして今日、どうやら父が到着するらしい。


 ニーナが『町からの手紙』と言っていたり、先ほどのレーテの『半年ぶり』という言葉から父は町に働きに、出稼ぎにでも行っていたのではないかと予想できた。


 『来る』ではなく『帰ってくる』という言葉からもどうやら父はちゃんとこちらの家で生活していて、レーテが誰かの愛人なのではないかという疑念は消えていた。


 町に第二の家庭がなんて可能性も残ってはいたが、そこはまだ見ぬ父を信用しよう。

 あの見た目だけは完璧なレーテの夫なんだから、やっぱりイケメンなのかな。なんて呑気に考えていた。






 そして今、目の前にはヒゲモジャがいた。


「おぉ!君がアルフリートか!アルだね?僕がパパだよー!」


 ヒゲモジャだった。まごうことなきヒゲモジャだった。


 灰色の髪と揉み上げが顎ヒゲ、口ヒゲへと繋がり、顔の半分以上がヒゲで覆われている。ヒゲ以外の特徴がアルの頭に全く入ってこなかった。


 ヒゲモジャとしか形容できないその男が近づき、アルを抱っこしようと手を伸ばすが、それを遮ったのはニーナだった。


「ディルトラント様、まずは旅の埃を落としてからにして下さい。アルフリート様を抱くのはその後です」


 レーテと二人のときとは違い畏まった言葉遣いで、しかしはっきりと意見するニーナ。


 その言葉を聞き、ヒゲモジャが大げさに驚愕の表情を浮かべる。


「そんな殺生な!半年も家族に合えず働いてきた僕に対してそれは無いんじゃない!?アルだってパパに会えて嬉しいだろう?パパに会うの初めてだもんね。パパに抱っこしてほしいよねー?」


 やたらとパパと連呼し、そうしてまた手を伸ばすが今度はピシャリと叩かれた。


「ダメです。まずは手と足を洗って服を着替えて下さい。レーティア様もどうか仰ってあげて下さい」


 そう言ってスッと身を退くと、その影から光が零れた。いや光り輝く見た目だけは完璧な女神様が現れた。


「ディルト、ニーナさんの言うとおりよ。まずは旅の埃を落として、それから思う存分アルちゃんを抱っこしましょう?今まで会えなかったぶんいっぱい、いーっぱいね!」


 そう満面の笑みを浮かべる今日のレーテは、いつもの2割増しで輝いていた。

 髪は綺麗に梳かれ、薄紅色に染まった肌はつやつやに磨かれている。


 湯に入ったのだ。普段は濡れ布巾で拭くぐらいしかしていなかったので、随分と贅沢な行いだったのだろう。

 ちゃっかりニーナとエイルも入浴して嬉しそうだった。

 ちなみにアルも含めてみんなで一緒に入ったのだが、アルは恥ずかしくてほとんど目をつぶっていた。あくまで、ほとんど(・・・・)だ。


 また、うっすらと化粧もしているようだ。

 決して主張しすぎないようにと、素材の良さを生かした仕上がりにはそれを施したニーナも久しぶりに一仕事終えました。と満足げに頷いていた。


 難航していた衣装選びは結局あの穴の空いた半袖の青いワンピースに、他の服から持ってきた白い襟を縫いつけ修繕した物を着ている。


 もちろんそれを行ったのはニーナで、レーテからの要領を得ない要望を聞いた後、あっという間に縫い上げていた。


 自分の為にそこまでめかし込んでくれたことに感激したのか両手を広げ、まるで舞台役者のようなオーバーリアクションで喜びを表すヒゲモジャ。


 だが残念なことに全く似合ってなかった。ヒゲモジャなので。


「あぁレーテ、レーティア、なんて美しいんだ。君はまるで花園の国のお姫様のようだ。物語の結末のように散ってしまわぬよう、いつまでもこの手で抱き留めてしまいたい」


 歯の浮くようなそんな言葉と共に優しく肩を抱かれ、さらに頬を染めるレーテ。


 この世界に伝わるおとぎ話なのだろうか?花のようなお姫様に喩えられたレーテはとても嬉しそうだ。

 そんな二人が並ぶと美女と野獣ならぬ、美女とヒゲモジャだった。


「まぁ、それならあなたは常冬の城で、独り眠り続ける皇女を守護する氷雪の騎士様のように、私だけを見つめて下さるのかしら?」


 おとぎ話にはおとぎ話による返礼を。

 今度はレーテがディルトのことを我が身を省みず想い人を護り続ける騎士に喩えた。


「あぁ、もちろんだとも。君が望むのならばこの身、たとえ氷雪で覆われようとも永遠に君を護り続けると誓おう…」


「あぁ、ディルト…」

「レーテ…」


 手を握り合い、完全に二人の世界に浸っているレーテとヒゲモジャ。

 永遠に続くかと思われた愛の世界に終焉をもたらしたのは頼れるニーナだった。


「はい、そろそろ満足しましたかぁ? 早くしないとせっかく沸かしたお湯が冷めてしまいますよぉ。薪代もタダじゃないんですよぉ」


 にこやかにそう伝えるニーナだが、顔とは裏腹に目は全く笑っていない。

 その背後には『さっさと風呂に入れゴラァ』というドス黒いオーラが見えていた。


 その剣呑な雰囲気に身の危険を感じたのか、レーテとディルトがそろって顔を引きつらせる。


「そ、そうね。アルちゃんも待っていることだし、早く身支度を済ませてしまいましょう!さ、洗い場へ!」


「う、うむ。全く持ってその通りだね。早くきれいな体になってアルを抱っこしてあげないとね!…それにしてもレーテ、しばらく会えなかったうちにまた一層魅力的になったね。花は短し―――なんて言葉があるけど僕の目の前で咲き誇る花は、永遠に枯れることが無い不夜城の白百合なのかな?」


 取り繕うかのように言うと二人連れ立って足早に部屋から出て行く。

 そのさなかにも、さりげなくレーテの腰に手を回して甘い言葉を吐いている辺り、このヒゲモジャ只者ではない。


 やれやれ、とため息をつくニーナに対して、ニーナさん流石です。という気持ちを込めてアルがベビーベッドから視線を送っていると、


 いいえそれ程でも。と言わんばかりに頷き返してきた。

 多分気のせいだろうが。





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