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「へぇー!それじゃ弟さんも兵士になったんだ!」
「はい、そうなのです。部隊が違うので中々会う事が無いのですが、元気でやっているようです」
フェルマー達の護衛と案内でヴァイツェッカー領を進むアル達一行。
アルは荷台から身を乗り出し、後方を歩くフェルマーに盛んに話しかけていた。この3日間の旅程では見られなかった光景だ。
そう、馬車に乗っていながら話せるのだ。
ヴァイツェッカー領に入った途端、道が綺麗に整備されていて馬車がほとんど揺れなくなった。こんな所でもヘイルムーンとの差を見せつけられた気分だ。
おかげでアルはこの1時間今までの鬱憤を晴らすかのように喋り続け、フェルマーは嫌な顔一つせずそれに付き合っていた。
「部隊が違うと中々会えないの?配属された場所が遠いとか?」
「場所は遠くないですよ。同じ国境守備…いえ、元国境守備隊に配属されましたので。ただ3つも大隊が有るのでそうそう会えはしないですね」
ギラリとアルの目が光った事におそらく誰も気付いていないだろう。アルの頭にはフェルマーが『元』国境守備隊に配属されている事、そしてそれが3大隊有る事がしっかりと記憶された。
中でも国境守備隊が『元』国境守備隊と名前を変えて今でも存在している事が重要だ。それが今のヴァイツェッカーの考えを示している。
ヴァイツェッカーが国境守備の任を解かれたのはヘイルムーンがアルテリーゼの領土になった時、つまりは5年も前の事だ。
なのにまだ国境守備隊を名乗り3大隊も抱えている。1大隊がどれ程の人数なのか分からないが、それなりの数を揃えているはずだ。
それはヴァイツェッカーが未だに『国境守備は自分達の仕事だ』と思っている事に他ならない。
フェルマーのような現場の隊長格ですらそう思っているのだから、ヴァイツェッカー卿本人がどれ程強くそう思っているのかは想像に難しく無い。
「………へぇーそんなに多いんだ!ところで今日来てくれた兵士の皆さんは全員フェルマーさんの部下なの?」
「あ、はい。一応そうです」
この1時間、フェルマー相手にそうやってこっそりと情報収集を行っていたアル。
フェルマーは気付いていないだろうが、アルの本性を多少は理解しているフィンには気付かれているだろう。しかしだからこそ何も口を挟まず静観していた。
(…さて、そろそろ潮時か)
「おぉーフェルマーさんの歳で20人も任せられるなんて凄いね!」
「いえ私なんてまだまだ…」
「そうなの?」
恐らく10代後半と思われるフェルマーだが、その出世が早いのか遅いのかアルには見当も付かない。なのであくまで無邪気な子供の質問という体でわざと周りの兵士に聞いてみた。
「ウチの隊長は凄いですよ、先月50人隊長になりましたから」
「しかも家の力じゃなく実力ってのがまた」
「威張らないしなー」
「こ、こら!余計な事を言うんじゃない!わ、私は少し先を見てきます!ではまたっ!」
周りの兵士も会話に加わりフェルマーの事を褒め称える。
その空気にいたたまれなくなったのか、フェルマーは赤い顔をしたまま列の先頭までズンズンと歩いて行ってしまった。
「ありゃ、行っちまった」
「からかい過ぎましたかね?」
「隊長ー、拗ねないで下さいよー」
アルの思惑通りに事が運び、首尾よくフェルマーがいなくなった。
あまりフェルマーばかりに聞いていると不審がられるかもしれないし、情報が偏る恐れがあった。
それにこれまで話した印象では意外とフェルマーは油断ならない相手だとアルは感じていた。
これといった明確な理由も無く、ただの勘でしかないので考え過ぎかも知れないが用心に越した事はない。
なので怪しまれないよう、あくまでも自然に他の兵士にも質問をぶつけてみる。
「実際50人隊長ってどのくらい偉いの?」
「あの若さで50人隊長なら中々のものですよ。上には100人隊長、500人隊長、1000人隊長しかいませんからね。あ、1000人隊長ってのは大隊長のことです」
「………へー凄いんだね!」
(って事は1大隊1000人?3大隊で3000人も兵士が居るの?うーんウチとヴァイツェッカー領しか知らないから多いのか少ないのか分からないな………ってちょっと待った!それって正規兵がってこと!?)
民兵を含めてでは無く、正規兵―――つまりは職業軍人が3000人もいる。もし本当にそうならとんでもない事になる。
「み、皆さんは普段何しているの?やっぱり畑で麦育てたりしてるの?」
その内心の動揺を悟られないよう、アルは勤めて自然に質問を続けた。
「私らは兵士です。普段畑仕事はしませんよ」
「任務で開墾とか土木作業をする事はありますがね」
「…そうなんだー。部隊の他の人もそう?」
「みんなそうですよ。畑仕事しながら兵士なんてとても出来ませんよ」
(間違いない!『正規兵』が3000人もいるんだ!民兵も加えれば5000人は行くかも…一体どうやってそれだけの人数を賄ってるんだ?)
「どうされました?ご気分でも…」
突然虚空を見つめ静かになったアルを兵士達が心配するが、それに気付いたアルは咄嗟に両手を振って応える。
「ううん、なんでもないよ!それよりみんなの実家は何か商売とかしてる?ヴァイツェッカー領の特産って?何が美味しいの?」
世間話を続けながらアルの頭はぐるぐると回転していた。
領主の住む城は思ったより近く、およそ1時間程で到着した。
城下町などは無く平原の中に建っている平城だ。人の背丈の倍程の土塀が有り、その前には堀が掘られているようだ。今は跳ね橋が降りていて城門と繋がっている。城というよりも砦と言った方が良いかもしれない。
(………意外と手薄?っていうか落とせそうな城だな)
それがアルの第一印象だ。王国の盾と言われているヴァイツェッカーにしてはなんとも頼りない城に見えた。
しかし特筆すべきは兵の多さだ。
城に近付くに従って兵の数がどんどん増えている。警備というよりそのほとんどが訓練している様だった。
何十人も横一列に並び掛け声に合わせて槍を突き出したり、藁束に向かって矢を射掛けたりしている単純な物も有れば、指揮官の声に合わせて隊列を変えたりする高度な物まで様々だ。
「ハァッ!」
突然鋭い掛け声と共に鳴り響いた馬の蹄の音。
驚いたアルがそちらに目を向けると、全身に金属鎧を纏い足元まで覆い隠す先の尖った大型盾、そして長大な馬上槍という重武装をした騎士の突撃訓練だった。
素晴らしい速度で馬車の横を駆け抜け、用意されていた木の的とすれ違う。その瞬間に鋭く乾いた音が響き、的は粉々に砕かれていた。
(これは…とんでもないな)
重々しい蹄の音にアルはぶるりと身を震わせた。
たった一頭の突撃でも腹の底に響くこの音が、もし何十…いや何百と聞こえてきたら。
相手は戦意など保てるだろうか。
「フィン、どう思う?」
「騎乗突撃ですか。初めて見ましたが凄いですね」
隣で同じように見ていたフィンも表情にあまり変化は無いが、それでも驚いているようだった。
「確かに見た目のインパクトは凄いね。でも―――」
アルは訓練していた騎士をチラリと見た。
突撃を終えた騎士はしばらく馬なりに走らせ、ゆっくりとその動きを止める。
その騎士の周りには人が集まり、盾や槍を受け取っていた。
手ぶらになった騎士は労うように馬の首を数度叩き、全身金属鎧を着ているにも関わらず人の手を借りずにひらりと馬を降りる。そしてそのままズンズンと足早に去って行った。
アルは次に馬が走った道を見る。そして走り出したであろう出発点も。
馬の走った道は綺麗に整地されていて荒れていない。今駆け抜けて行った馬の蹄の跡が有るだけだ。出発点には次の準備をする他の騎士や馬の姿も無く、新しく的を用意する事も無いようだ。
そして都合よくアル達の乗る馬車が横を通る時に突撃した事を考えると。
(手荒な歓迎だね。これがヴァイツェッカー流って事なのかな)
アル達に見せつける為にわざわざ行ったのだろう。
「騎乗突撃なんてどう考えても『攻め』の戦法だよね。まぁ攻撃は最大の防御なんて言葉もあるけど『王国の盾』らしくはないよね」
あれ程の重武装、そして軍馬を育て維持する費用。
3000人もの正規兵を抱えるヴァイツェッカーが更に大規模な騎馬隊を持つなど考えにくい。
「私は軍事に関しては素人なので何とも。従軍経験も有りませんし。………それよりもそろそろ着替えませんと」
「おっとそうだった!着替え着替え」
旅装ということもあり、いつもよりはいい服を着ているアルだったがそれでも貴族として他家へ挨拶に行くという格好ではなかった。
なので先日ニーナが仕立ててくれた礼服に着替える。正直すぐに成長して着れなくなるから勿体ないとアルは思ったのだが、レーテやニーナに言わせればそういう事ではないらしい。
出来上がった礼服を試着してお披露目した時には「アルちゃんかっこいいー!」としきりに手を叩き喜んでいた。
「…よしっと、これで大丈夫?」
「ええ、結構です。問題有りません」
フィンに手伝ってもらいながら着替え終えると、馬車はちょうど跳ね橋に差し掛かった所だった。馬車の中から覗き見たかぎりでは橋の長さ、つまり堀の幅は5メートルは有りそうだ。深さは2〜3メートル程で水の張っていない空堀だ。
橋を渡りきり、門をくぐって中庭に出る。するとそこでも兵達が訓練していたが、ヘイルムーン家の旗を掲げた馬車が入ってくると流石に動きを止め兜を脱いだ。
「アルフリート・ヘイルムーン様、遠路はるばるようこそおいで下さいました。どうぞこちらへ」
「わざわざのお出迎えありがとうございます。お世話になります」
馬車を降りたアル達を出迎えたのはヴァイツェッカー家の家令を名乗る壮年の男だった。
言葉は丁寧だがどこか刺々しい。有無を言わせぬ態度で案内されるまま城内を進み、あれよあれよと言う間にあてがわれたのは質素な客間だった。
「ここでお待ち下さい」
「あ、はいわかりまし―――ってもういない」
フィンや兵士達と別れヴァイツェッカー家の家令にも置いて行かれ、一人部屋にぽつんと残されたアルは室内を眺める。
小さなベッドと古いクローゼット、そして一人用のテーブルとイス。その上には手持ちの燭台が一つという、必要最低限の家具だけが置かれた部屋だ。
「ふむ…」
アルはゆっくりとベッドに近づきシーツを手で押してみる。
返ってくる感触は固く冷たい。しかし洗濯したてなのか清潔でシワが一つも無かった。テーブルやイスにも埃が積もっている事は無く、燭台には新品の蝋燭が置かれている。
家令の態度は素っ気なく、通された部屋は質素すぎて一見すると歓迎されていないように思えるが、どうやら先方にそういった意図は無さそうだ。
城の内装にも華美な装飾などが無かったので質素倹約なのはヴァイツェッカー卿の性格、もしくは家の方針なのだろう。
アルが小姑のように隅々まで部屋のチェックをしているとドアがノックされ、いつもと変わらない無表情のフィンが入ってきた。
「ヴァイツェッカー卿は執務室でお待ちとの事です。しかしヘイルムーン家も一応貴族ですから、本来なら応接間で出迎えるのが礼儀ですが…」
執務室とは仕事部屋だ。貴族を出迎えるのに相応しい部屋では無い。歓迎しているのかしていないのか、どうもちぐはぐな印象を受ける。
「嫌われてるのかな?それとも舐められてる?」
「恐らくその両方かと」
「ふふん、むしろ好都合だよ。それに―――」
「それに?」
アルは先程の騎乗突撃していた騎士の姿を思い浮かべる。顔は見ていないが、その立ち振る舞いと周りの者達の対応を見るに、恐らくは。
「さっき見たしね」
「どうだ。見ていたか?」
「はい。馬車の中で目を剥いていましたよ」
くすんだ金髪を手櫛で撫で付けた男は面白くなさそうにフンっと鼻を鳴らした。全身に金属鎧を着たまま大股で城内を歩き、その後ろに早歩きでフェルマーと数名の従者がついて行っている。
男は不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。年は30代半ばだろうか、見上げるほどの偉丈夫だ。身体もさぞ鍛えられているのだろう、鎧の下には鋼のような筋肉が隠されていた。
「始めが肝心だ。これで格が違うと分かっただろう」
「相手は子供ですよ。大人げ無い」
ため息まじりにフェルマーが本音を零す。アル達を応対していた時と随分雰囲気が違うが、どうやらこちらが素のようだ。
「子供だからこそだ。これで一生ヴァイツェッカーには勝てない、と無意識に思う事だろうよ」
執務室に入り、従者に鎧の留め金を外させながら不適に笑う。しかし対照的にフェルマーは苦笑する。
「あの子がそう思ってくれますかね」
「…どういう意味だ」
「ま、会えば分かります。会えば」
含みを持たせフェルマーは目を細める。それを見たヴァイツェッカー卿は眉根を寄せて怪訝な顔をしたが、すぐに顔を引き締め侍女が煎れてきた熱い茶を一息で飲み干す。
「では会うとしようか。『英雄の息子』にな」




