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 ある日のお昼すぎ、アル達領主一家が住んでいる木造の館。

 その庭に作られた小さな畑の隅っこで、アルとエイルが二人仲良く並んでしゃがみ込み、あーだこーだと言いながら土いじりをしていた。

 話しているのはアルばかりで、エイルの方は「うん、うん」と相槌を打っては頷いているだけだったが。

 

「二人とも、ちょっといい?」


 そこにいつもの白いエプロンと緑色のワンピースを着たニーナが声を掛け、籠を渡しながらお使いを頼んできた。


 ニーナの見た目は以前とほとんど変わりがないように見える。肩まで伸ばした栗色の髪も、少し垂れ気味の細い目も5年前と同じだ。

 だがその内面はいささか図太く、よく言えば逞しくなっていた。見ず知らずのこのヘイルムーンの地で、自分の家族だけでなくレーテ達の事もずっと支えていたのだからそれも当然の事だろう。


「この籠をお爺さん達の家まで届けて欲しいんだけど、お願いできる?」


「…うん」


「いいよ!任せて!」


 渡された籠の中を覗くと、畑で採れた数種類の野菜が入っていた。普段お世話になっている老夫婦へのお裾分けだ。

 村外れに住んでいるので訪ねるのには少し時間がかかるのだが、生憎とニーナは忙しくてその余裕が無かった。


「二人共ありがとう。本当は私が直接お礼に伺えればいいんだけど、今はあまりお屋敷を離れられなくて」


「…へーき」


「今大変だからしょうが無いよ。俺はヒマだから気にしないで!それにじいちゃん達にお世話になってるのはむしろ俺だしね!」


(ふっふっふ、そろそろ『芽』の様子も見に行きたかったから丁度いいや!)


 アルは村外れまで行く良い口実が出来た!と内心ほくそ笑む。

 まるでイタズラを思い付いた時のようににまーっと頰が緩むが、その事に気付くと口を真一文字に引き締め『何も変な事考えて無いですけど何か?』とでも言うように真面目な顔を作った。


 もちろんニーナはその顔に気付いたが、もういつもの事だと諦めているのであえて何も言わなかった。小さくため息は吐いたようだが。


 ニーナはここヘイルムーンに来てから正式に『ヘイルムーン子爵家』に雇われ、住み込みで働く事になった。勿論給金が出る。そしてその役職はレーティア付きの侍女長だ。

 侍女長と言っても館で働く侍女はニーナを含めて10人ほど。しかもその全員が既婚者で、誰も貴族の屋敷で侍女として働いたことの無い女性達だ。侍女と言うよりお手伝いさんに近い。

 

 領主館も一般の民家より多少大きい程度なので、こんな人数の侍女は本来ならば必要ない。

 住んでいるのもアル達3人とニーナ達3人。それと護衛の女性騎士だけで、後は文官達が仕事の為に通うくらいだ。

 なので普段侍女として屋敷にいるのはニーナを含めて2、3人ほど。残りの者はローテーションでお休みを貰っている。屋敷の広さや仕事内容に対して明らかに人数が多すぎるが、これは筆頭事務官であるフィンの発案による村の雇用捻出の策らしい。


 因みに話は変わるが、ニーナの夫のカイルも移住を機にヘイルムーン家に仕える事になった。今は事務方の見習いとして修行の日々を送っている。

 その働きぶりはフィンの言葉を借りれば『教え甲斐が有る』そうだ。






「それじゃあ私はレーテの傍に付いてるから、お爺さん達によろしく伝えておいてね」


「…わかった」


「うん!お母さんをお願い!」


 レーテは今、自室のベッドで寝込んでいる。

 ここしばらくはずっとそんな調子で、先日行われた羊の毛刈りと打ち上げ、女性達で行ったその準備にも参加できなくて悔しい思いをしていた。

 本人は『全然平気だから!今日はすっごく調子いいから!』と力説していたがニーナとディルト、そしてアルにも止められて泣く泣く諦めていた。


『アルちゃんの勇姿が見られないなんて!そして羊の毛刈り今年こそ私もやってみたかったのに!』


 とベッドの中で騒いでいたらしい。

 打ち上げの後アル達が館に帰ると、ずっとレーテに付き添ってくれていたニーナが疲れた顔でそう語っていた。

 

「まぁ2回目だし、本人が平気だって言うなら大丈夫だと思うけど、一応ね。アルくんの時とは色々環境が違うし」


「…アルは、どっちがいい?」 


「んー、どっちも!エイル姉ちゃんは?」


「妹」


「おぉ、即答だ!」


「二人共気が早いわよ」


 レーテは二人目の子供を身籠もっていた。

 医者によれば出産予定は今年の秋頃になるらしい。まだ半年近くも有るが準備が着々と進んでいる。

 レーテは今やヘイルムーン子爵家の女主人だ。

 アルの時とは立場が違うので、過保護と言えるほどの手厚い待遇を受けていた。

 だがそれが本人には窮屈過ぎると感じているようで、事ある毎にこっそりとベッドから抜け出していた。


『奥様!ふらふら動き回らないで下さい!それ位の事は私達がやりますから!』


『あぁ僕の可愛いレーテ、君はまるで囚われの姫君か籠の中の鳥のようだ。今すぐ僕が解き放ってしまいたいけれどそれは出来ないんだ。お腹の子のためにも今は我慢して欲しい』


『レーテ、お医者様がもう少しで安定期に入るって言ってらしたからそれまで我慢しなさい。それとディルトラント様はさっさと仕事に行って下さい』


 侍女達とディルト、ニーナに見つけられ何度も注意されては渋々ベッドに戻り、その度に『つまんなーい、外出たーい、動きたーい』と文句を言っていた。


「…ところで二人共、畑で何してたの?」


 ニーナが二人の弄っていた場所を覗き込んでみると、庭に有る小さな畑の一角に穴を掘り、何かを埋めたり土を混ぜたりしていたようだった。


「土壌改良!」


「…どじょう、かいりょー」


 アルは元気よく、エイルはアルの言葉をそのまま続けて言った。恐らく意味を分かってない。


「………ふーん」


 ニーナも言葉の意味を理解していなかったが、アルが突然変な事をし始めるのはもう日常茶飯事だったので、もうすっかり慣れてしまっていた。









「ふんふんふーん、ふふふんふーん」


「…アル、ごきげん?」


 二人で代わる代わる籠を持ち、お爺さん達の家までの田舎道を歩いていると、アルは自然と鼻歌を歌っていた。


「うん!弟かなー妹かなーって考えてたら楽しくなっちゃった!」


「…楽しみ」


「だねー」


 アルは前世では3人姉弟の末っ子だったため、自分の下に弟や妹がいたことがない。なので赤ちゃんが楽しみで仕方がなかったし、自分が兄になる事にもわくわくしていた。

 正直に言えば自分がいいお兄ちゃんになれるか、ちょっぴり不安ではあったが。


(そういえば前世の家族は皆元気かな?何だか最近顔が思い出せなくなってきた気がするけど…。それだけこっちの世界に馴染んで来たって事なんだろうな。少しだけ寂しい…かな?)


「…アル?どうしたの?」


「あ、ううん。何でもないよ!」


 ちょっと暗い顔をしちゃったかな?と思い、エイルに心配をかけないよう努めて明るい声を出す。


「…そう」


 だがそんな強がりはエイルにはお見通しだったのか、おもむろにアルの頭を優しく撫で始めた。


「………」


「………」


「えっと、本当に何でもないから、その…」


「…うん」


「は、恥ずかしいから!頭撫でないで!」


 頬を赤く染めエイルに抗議の声を上げるアル。だが残念ながらその手は止まってくれなかった。


「だめ。私は恥ずかしくない」


「俺が恥ずかしいの!こんなとこ誰かに見られでもしたら………」


 『誰か』というのは正確ではない。見られたくなかったのはレイだけだ。


 アルにとってレイはたった一人の友人で、身分の差など関係なく付き合える対等な存在だと思っている。

 そんな同年代の男友達に『姉代わりの女の子に頭を撫でられて頬を染めている』なんて恥ずかしい場面を絶対に見られるわけにはいかなかった。

 『ガキだなー』だとか『だっせぇー』と思われたくない実に子供っぽい見栄だと自覚はしているが、こればっかりはどうしようも無い。


 頭を撫でられながらも必死にキョロキョロと辺りを確認するアル。しかし無情にもそこには特に隠れもせず、堂々とこちらを眺めるレイの姿があった。


「あ、気付いた」


「ぎゃーーーっ!」


 アルがまるでオバケでも見たかのように絶叫する中、レイとエイルはそんな事は特に気にせず挨拶を交わす。


「エイルさん、こんにちは」


「…こんにちは」


「いい天気ですね。どこかお出かけですか?」


「…うん。村外れの、お爺さん達の家まで」


「そうなんですね。もしよかったらご一緒してもいいですか?」


「…いいよ」


「ありがとうございます。あ、荷物持ちますよ」


「…ありがとう。でも大丈夫」


 村民もそれほど多くなく狭い村なので元々知り合いだったのだろうか、アルを放っておいて自然と会話を交わす二人。というかレイの態度がいつもと全く違う。


「レイがめちゃくちゃ紳士だ!何か変な物でも食べた?」


「あ?何言ってんだ?エイルさんは年上で、しかも女性なんだから当然だろ?」


「レイがまともな事言ってる…!イケメンか!?」


 目を見開き、愕然とした表情でレイを見つめるアル。心なしかいつもよりその姿が輝いて見える気がしないでも無い。


「いけめん?なんだそりゃ」


 レイが眉を寄せて訝しむ所を見ると、残念ながらこっちの世界ではイケメンは通じないようだ。


「説明するの面倒くさい!それよりエイル姉ちゃんとばっかり喋って俺は無視かよ!」


「何だヤキモチか?モテる男はつれーなー」


「ち、違う!」


 アルは顔を赤くして否定するが、友達に構って貰えなくて文句を言うなんてヤキモチ以外の何でもない。


「いやぁ、お前が落ち着くまで待とうかと思ってさ。ようアル、元気か?」


「え?あ、うん元気。レイも元気?」


「おう、もちろん」


「そっか、そりゃあ良かった―――ってそうじゃなくて!」


 ここでアルは一度すーはーと深呼吸をして息を整える。こうやって一呼吸置かないといつまでもレイのペースに乗せられたままだ。


「ど、どこから見てましたか…?」


「なんで敬語?えーっとアルが鼻歌歌ってるとこからかな」


「最初からかよ!」











「あぁ恥ずかしい…よりによってレイに見られるなんて」


 ひとしきり騒いで落ち着きを取り戻したアルは、大きくため息を付くとレイの事をじとーっと半眼で見つめる。


「お前色々気にしすぎ。もっと普通にしろ普通に」


「そんな事言ったって恥ずかしい物は恥ずかしいの!………俺、なんかいっつもレイに驚かされてる気がする!」


「今回はオレのせいじゃねーよ」


「レイ!ディルト様のご子息になんて口の利き方だい!」


 いつのまにかレイのすぐ後ろに女性が現れ、ゴツっとアルの耳まで届くいい音でゲンコツが落とされた。


「いってぇ!」


 突然の事にアルがびっくりして固まっていると、レイの後ろにいた女性がアルに向き直り謝ってきた。


「すみませんねぇアルフリート様。うちのバカ息子がとんだ口の利き方を…」


「ちょっ、かぁちゃん!いてぇよ!」


 頭を押さえしゃがみ込むレイと、その後ろで腰に手を当て仁王立ちする女性。アルはあんぐりと口を開けて2人を交互に見る事しか出来なかった。

 するとその女性の後ろから更にもう一人女性が現れ声をかけた。


「サ、サーシャ…だからっていきなり叩かなくても…」


「このぐらいしないと分からないんだよ!まったく誰に似たんだろうねこの子は!」


「間違いなくかぁちゃんだと思う」


「あぁ!?何だって?」


 突然現れた二人の女性だが、アルはそのどちらにも見覚えがあった。というかほぼ毎日顔を合わせている気がする。


「えぇ!?ってか家で働いてくれてるサーシャさんじゃん!レイのお母さんだったの!?ディアドラさんも!」


「こんにちは、アルフリート様。エイルさん」


 そこにははしばみ色の長い髪を首の後ろで結び、レイの頭をぐりぐりしている20代前半ほどの女性と、これまた20代前半ほどのスラリとしたスタイルの女性が立っていた。


 前者は領主の館で侍女として働いてくれているサーシャ。明るくおしゃべり好きで、侍女の中でも特に目立つのでアルもよく知っていた。だがレイの母親だとは今まで全く知らなかった。


 そして後者はディアドラ。国王から遣わされたレーテ専属の護衛騎士の一人で、その中のリーダー的な存在だ。


 藍色の髪を耳にかかる程度の短さに切り揃え、女性にしては珍しくぴったりとしたパンツを履いていると、その姿は遠目には男性にしか見えない。鋭い目つきもそれに拍車を掛けている。

 しかしよく見れば女性らしい体のラインと、存外に柔らかい物腰に気付くだろう。

 アルは5年前、初めて会った時に『どこかの歌劇団で男役のトップスターになってそう!』なんて感想を持った。


 流石にこちらの世界にそんな歌劇団はないだろうが『男装の麗人』には一定の人気が有るのか、村の若い娘達にはかなり慕われているらしい。

 この間の羊毛刈りの打ち上げにはレーテの護衛で館に残っていたため参加していなかったのだが、彼女に料理を食べて貰いたくて準備をしていた娘達から落胆の声が聞こえていたのを、アルはことさらよく覚えていた。


 ちなみに別に期待していた訳では無いが、アルは結局誰からも料理を貰っていなかった。ルートは大勢の娘達から、レイですら数人から貰っていたのにも関わらずだ。

 そもそも仲の良い異性なんて一人もいないし、エイルも今年はまだ手伝いだけで料理は作っていない。なのでもちろんエイルからも貰えていない。


 密かに自分に憧れていたり、ほのかな恋心を抱いている子がこの機会に気持ちを打ち明けてくれたりするかもしれない!なんて都合の良い事は全く考えていなかった。………本当に考えていなかったのだ。


「村外れまで行かれるのでしたら私達もご一緒してよろしいですか?」


「こんにちはディアドラさん!サーシャさん!うん、もちろんいいよ!」


「アル様、村外れまでですがちょいとお邪魔しますよ。レイ!あんた荷物持ちな!女の子に重たい物持たせるんじゃないよ!あと敬語!敬語使いな!」


「さっきちゃんと聞いたって!エイルさん自分で持つって言ってたし!」


 接点があまり無さそうなこの二人が一緒にいることを不思議に思ったアルだが、サーシャに怒られたことでレイの態度が変わってしまうのは絶対に避けたかった。なのでここはしっかりと自分の気持ちを伝える。


「サーシャさん!レイはと、友達だし…言葉使いなんて全然気にしてません!というか普通にしてくれた方が嬉しい、です!あ、もちろんサーシャさんも普通にしてね!その方が話しやすいし!」


「そうかい?でもねぇ、ほらあの目のほっそいキツネ顔の役人がいるだろう?あいつが身分がーとか規律がーとかうるさいからねぇ」


 名前を聞かなくても分かる。目の細いキツネ顔の役人で、さらに口うるさいとなれば一人しか思い当たらなかった。


「あー、フィンの事ね…じゃあさフィンの見てない所でなら普通にして欲しいな!ダメ?」


「うーん、そうだねぇ…」


 アルのお願いに渋るサーシャ。しかしそこに横からディアドラの援護射撃が加わった。


「サーシャ、アルフリート様がそう仰っているのですから良いのではないですか?それにさっきから口調が砕けてますよ。普段通りにしていれば良いのでは?」


「ありゃ、そうだったかい?元々敬語なんて苦手だし、お屋敷でもこんな調子だからねぇ…あ!だからキツネ顔にうるさく言われてるのか!」


 合点がいった!とばかりに手を叩くサーシャ。こんな調子で普段からレーテやディルトに話していたのだろうか、だとすれば中央貴族出身のフィンが眉を寄せるのは仕方がない事だ。

 当のレーテとディルトは領主や女主人として畏まって話されるより、同じ土地に住む仲間として気安く話しかけられた方が嬉しいに違いない。

 領主と領民、その間に有る垣根を取って親しい間柄になるというのがディルトの方針だ。フィンは『あまり馴れ馴れしくしないように』と苦言を呈してはいるが基本的には支持している。だが貴族と平民の間に身分差があるのは確かなのだから、そこははっきりと区別させたいのだろう。


「ね?サーシャさん、ダメかな?」


 転生してから覚えた、必殺の『上目遣いでお願い』を繰り出すアル。この上には更に超必殺の『お願いしようとして、結局言い出せずに涙目になってうつむく』もあるのだが、ここでは温存する事にしたようだ。


「もう…しょうがないねぇ。じゃあキツネ顔のいない所でだけだよ」


「やった!サーシャさんありがとう!」


「よかったですね、アルフリート様」


 そう言って笑い合う3人とは対照的に、そのやり取りを見て難しい顔で考え込むレイとエイル。


「…なるほど。オレもああすればかぁちゃんにお願い聞いてもらえるのかな。今度やってみよう」


「………むー」


 エイルはなぜか自分のほっぺたをムニムニと触り、無理矢理表情を変えていた。


 ちなみに後日、それぞれの母親に練習の成果を披露したところ、レイは『なに変な顔してんだい!』と言われ、エイルは『どうしたの?お腹空いた?』と散々な結果に終わった。












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