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 食事も終わり、流石に喋り疲れたのか皆でのんびりとお茶を飲み、祭りが終わればもう冬ね。冬越しの準備めんどくさいよ~等と話していた、その時の事だった。


「―――っ、―――ぃ」


 半分夢の世界に旅立っていたアルの耳に、遠くから誰かの声が聞こえた気がした。

 うっすらと目を開け周りを見ると祭りはまだまだ続いていて、広場からは酔っぱらった村人たちの笑い声が絶え間なく響いている。

 そんな中で遠くの誰かの声が聞こえるはずがないのだが。


 もし聞こえたとしても、この祭りの騒ぎの中でどうしてその声だけが聞こえ、そしてなぜ気になるのか。

 寝ぼけて夢でも見ていたかな、と再び目を閉じかけたアルだったが、


「―――っ、ぉ―――っ」


(まただ!気のせいじゃない、確かに誰かの声が聞こえる!)


 いったいどこから聞こえているのかと目を見開き、辺りを確認する。

 レーテやニーナ、その友人の母親たちにも聞こえていないようで変わらず話し続けている。お腹一杯になったエイルは椅子にもたれ掛かってぐっすり眠っていた。


 広場の方に目を向けると、祭りの開始時よりは多少落ち着いたものの未だに屋台では調理が行われていて村人の列が出来ていた。


「ぁーうぅ…」

(ダメだ、目を開けると見えるものが気になってしまう)


 人間は感覚の8割ほどを視覚に頼っていると聞いた事がある。なので目を閉じると、その他の感覚が鋭くなるらしい。

 それを信じて目を閉じ、音だけに意識を集中させる。


 そういえば赤ちゃんの頃、まだ目が開かない時にもこうやって耳を澄ませていたな、と唐突に思い出しまだ半年ほどしか経っていないのに懐かしくなった。


「おーーーい!おーーーーいっ!」


(今度ははっきり聞こえた!しかも結構大きい声だぞ?何で皆には聞こえないんだろう?いや、流石に今の声は皆も聞こえてるんじゃ…)


 そう思って目を開けると、アルの事をじっと見つめているエイルと目が合った。


「ぁぶぅ!」

(こわっ!目を開けたらこっちをじっと見てるって怖いよ!ってかこんなこと前にもあったなオイ!)


 さっきまでぐっすりと眠っていたはずのエイルは、今は大きく目を見開きどこか驚いたような、それでいて興味深そうな不思議な顔でアルを凝視していた。


「あーぅ!あーう!」

(い、今はエイルの事よりもあの声!誰かの呼んでる声がするんだよ!)


「アルちゃん起きたのね。どうしたの?」


「あら、エイルも起きた?アルくんのこと見てどうしたの?」


 レーテとニーナがそれぞれ気づき、声をかけたその次の瞬間、一人の男が広場に駆け込んできた。


「ば、馬車が…馬車が来るぞ!男たちが、帰って来るぞーーーっ!」






 そうとう急いでいたのだろう、広場に入るなりその男はゼィゼィと呼吸を繰り返しその場に倒れ込む。


「お、おい大丈夫か!?」


「男たちが帰って来たって、本当なの!?」


「馬車はどこ!?どこなの!?」


 あっという間に村人たちに取り囲まれ質問攻めにされる男は、恰好からすると兵士なのだろうか?動きやすそうな革鎧に小剣を腰に差していた。


「ま、町からこっちに、む、向かってきているらしい。さっき見張り台からの、は、早馬が来たんだ…いつ到着してもおかしくは…げほッ」


 村が祭りを行っている間も門の警備をしていたのだろう、息も絶え絶えに続きを話す男に村人が陶器の器を差し出す。


「ほら、これでも飲んで落ち着けよ」


「あ、あぁすまねぇ。…ング、ングッ!?げほッ!げほッ!これ酒じゃねーか!?」


 器の中身を一気に煽った男はたまらず咳き込んで器を突き出す。


「水だと思ったから味わってねーよ!もう一杯!」


「わははっ!そうこなくっちゃな!おら飲め飲め!」


 なみなみと注がれた酒を今度はゆっくりと、しかし一息で飲み切った男に我慢ならないといった様子の女性が声をかける。


「そんなことよりも!馬車が来たって、男たちが帰って来たって本当なのかい?」


 ぷはぁーっと熱い息を吐く男は再び器を差し出しながら、


「くぅ~!すきっ腹には効くなぁおい…あぁ本当だよ。知らせが来たのはついさっきだが、早馬っつっても見張り台の年寄り馬の足だ。そう時間差なく来ると思うぜ…。くそぅ肉、旨そうだな…腹減ったぜ…」


「今日が警備日とは運が悪かったな!ちゃんとお前らの分も残してあるから安心しな!」


「マジで頼むぜ、夜まで持たねぇよ…」


 男を取り囲む村人たちをかき分けてようやく年かさの男―――村長(むらおさ)がたどり着き、パンパンと手を打ち鳴らして指示を出す。


「皆聞いたな!?こうしちゃいられない!男たちを迎える準備だ!豚を3頭…いや、5頭つぶすぞ!手の空いている者は手伝ってくれ!あぁ酔っぱらいは刃物を持つなよ!てめぇの手を切るのがオチだ!」


 その声を聴いた村人たちは上を下への大騒ぎだ。

 馬車が乗り入れられるよう道を開ける者やさっそく豚を潰すための準備をする者、酒樽を転がして持ってくる者などにテキパキと動き出していた。


 そしてその会話は少し離れた場所にいるレーテ達にもしっかりと聞こえていて、事態を飲み込めた母親たちは皆の手伝いをする為に動き出そうとしていた。


「噂をしたらダンナたちが帰って来るなんてすごい偶然!」


「うん、そうだね~。これも日ごろの行いが良いせいかなぁ、八大神様ありがとうございます~」


「ほら、祈ってる場合じゃないでしょ。早く手伝いに行くわよ」


 3人の母親たちが立ち上がり、それぞれが自分の子供に危ないからここで待っててね、と声をかけ広場へと向かっていった。


「ニーナさん!みんな帰って来るって!準備するって!私たちも!」


「レーテ、あなたはここでじっとしていなさい。アルくんもいるでしょ?…エイル、レーテとアルくんをお願いね。絶対に目を離さないでね?」


「…わかった。絶対に目を離さない」


 エイルは言われた通り瞬きもせずレーテを見つめ、決して目を離そうとはしない。

 しばらくそのままでいたが、やがてレーテは居心地が悪そうにもぞもぞと動き出し始め、もう我慢できないといった様子でエイルに切りだした。


「あ、あのーエイルちゃん?そんなに見つめなくても大丈夫よ?アルちゃんを置いて手伝いに行ったりしないから安心して。ね?」


「……………わかった」


 納得したのかエイルはレーテから目を逸らし、広場で慌ただしく動き回る村人たちの方に向き直った。

 レーテは明らかに安心したようにほっと息をつき、同じように広場を見ている。


 だが、抱っこされているアルには見えてしまった。

 エイルがレーテの服の裾をそっと掴んでいる事を。しかもわざわざレーテからは見えにくい所を選んで。


「あーぅ…」

(全っ然信用されてないッ!普段の行いって大切だね…)


 そもそも5歳の子供におもりを任される大人(子持ち)ってどうなんだ…。と思ったアルだったが、これ以上考えると何ともやるせない気持ちになってしまうので先ほどの不思議な声の事を考えてみる。

 

(さっき聞こえていた声って、あの兵士?門番?の人だったのかな。何で俺にしか聞こえていなかったんだろう。しかも最後はすっごく近くで声がしたと思ったんだけどな…。不思議な事ってあるもんだな)


 などと考えていると、エイルがまた自分の事をじっと見ている事に気づいた。

 なんだか今日はやけにエイルに見つめられるなーと呑気に思っていたアルだったが、エイルは予想だにしない事を口にした。


「―――きみは、耳が良いの?」


「あぶぅ!?」

(えっ!?なんで!?)


 アルにあの声が聞こえていたことなんて、エイルに分かるはずが無い。声がした時にはぐっすり眠っていたから、エイルにもあの声が聞こえていたという訳でもないだろう。


「うーあう!うぶぁ!」

(どういうこと!?耳が良いのかって聞いてきたんだから、何か音がした事には気付いていたってこと?でももしそうなら何で俺にも聞こえてたって分かったの?あーもう自分でもあの声のことが分からないのに、エイルのことなんて分かるわけ無い!説明ぐらいしろー!)


 必死にエイルに向かって声を上げるが、当のエイルはもう広場を見ていてこっちを見ようともしない。


「わわっ、アルちゃん興奮してどうしたの?」


「ぶぅーあう!」

(あーもやもやする!何か言ってくれー!)

 

 アルの心の叫びが誰にも届かず空しく響いていた。











「見えた!馬車だ!」


 アルがもやもやした気持ちのままエイルに文句を言っていると、その間に男たちを乗せた馬車が着いたようだ。

 村の入口から広場までの道をゆっくり進む馬車は5輌。幌の無い荷台には薄汚れた格好の男たちがひしめき合うように乗っており、身を乗り出して手を振っていた。


「そこ!道を開けて!」


「5輌もここ入れるの?」


「テーブルとイスどかせ!みんなもっと下がって!」


 村人たちが駆け回り乗り入れ場所が広げられると、ほどなくして次々と馬車が到着し男たちが荷台から降りてきた。

 各馬車におよそ10人ほど乗っていたようで、総勢50人余りの大荷物を持った男たちが広場に整然と並ぶ。


 馬車を降りた瞬間村人たちが取り囲んで、てんやわんやの大騒ぎになるかと思っていたのだが村人たちは誰も動こうとせず、また声も上げない。


 男達も同じだ。長い間家族の元を離れ従軍していたのだから、すぐにでも愛する人に駆け寄って再会を喜びたいだろうに静かに整列しているだけだ。

 時折あ、パパだ!と声に出す子供がいるようだが、母親に優しくたしなめられていた。


 すると、一人だけ装飾の入った革鎧を着た青年が前に進み出る。

 彼は村長の前までゆっくりと歩むと背筋をピンと伸ばし、右手のこぶしを左胸に当て村人全員に聞こえるような大きな声を上げる。


「報告します!戦は我が国の勝利です!また部隊長オズファルト以下、村人52名!皆怪我無く無事に帰還いたしました!」


「報告を受領する!皆無事で何よりだ!今日はめでたい!宣誓式に加え男たちの帰還の祝いだ!皆大いに食い大いに飲み、疲れを癒して家族に元気な顔を見せてやれ!さあ、祭りを続けよう!」


 その声を合図に大歓声が沸き起こり、村人たちが一斉に男たちに駆け寄って行った。男達も大声を上げ、両手を広げて愛する家族をその胸に迎え入れていた。

 村長はオズファルトと名乗った部隊長の男と抱き合い、背中を叩き合っていた。恐らく彼の息子だったのであろう。


「おかえりなさいあなた!」


「帰って来るの遅いよ~。ずっと心配してたんだからね~」


「お疲れ様。元気だった?」


 さきほどレーテたちと話していた母親たちもそれぞれ夫と再会し、抱き合っていた。子供たちも抱き合ったり、キスの雨を降らせている子や嬉しさのあまり泣き出してしまう子供もいるようだ。


「わぁ、みんな良かったね~」


 レーテは3人の友人とその家族の再会を見ながらしんみりと漏らす。

 一足早く戻って来ていたディルトは、再び兵役に行ってしまったためここには帰って来てはいない。

 むしろ、ディルトと戦争に参加せずに村の警備などを行っていた男たちが交代要員として兵役に就いたので、この男たちは今日帰って来れたのだろう。


 ふと横を見ると、いつの間にかニーナが戻って来ていた。エイルを迎えに来て一緒に夫の下へ向かうのかと思ったのだが、椅子に座ってすっかり冷めてしまったお茶を飲んでいた。


「ニーナさんとエイルちゃんは行かなくていいの?きっとカイルさんも帰って来てるよ?」


「私はいいわよ、今は広場もごった返しているし。もう少し落ち着いてからにするわ」


「…」


 エイルも今すぐ行かなくていいのか、ニーナを急かすことも無くそのまま座っていた。目だけはじっと広場を見つめているので気にはなっているようだが。


「…まったくも~、ニーナさんは素直じゃないからな~」


 するとレーテは抱っこしていたアルをニーナに預け、自分はテーブルに足をかけて登り、その上で立ち上がった。


「えっ?ちょっと…レーテ?」


 レーテはテーブルの上で思いっきり背中を仰け反らせ、胸いっぱいに息を吸い、そして―――


「カーーーイーーールーーーさーーーーーん!ニーナさんとっ!エイルちゃんはっ!ここにいるよーーーーーっ!」


 と、その小さな体からは想像も出来ないほどの大音量で叫んだ。


「あぶぅ!」

(うひゃあ!)


「うわっ、わ、わっ!」


「…っ」


 すぐ傍にいたエイルは思わず耳を塞ぎ、他の村人たちも何事かと振り返ってその動きを止めた。


 そんな中でたった一人だけ動く者がいた。

 背が高く痩せ気味で、どこか頼りなさそうな若い男だ。テーブルの上に立っているレーテを目印にしているのか、こっちに向かって真っすぐやって来る。


「…あっ」


 その姿にニーナも気づいたようで、呆けたようにそちらを見ていた。

 

「はい、アルちゃんこっちに来ようねー」


 テーブルからひょいっと降りたレーテがアルを受け取り、ニーナとエイルを椅子から立つように促す。


「ほらほら、立って立って!カイルさんはもっと急いで!」


 図らずも村人たちの注目を浴びてしまったその若い男、カイルは恥ずかしそうに照れながらニーナとエイルの前にやって来た。


「やぁニーナ、エイル。久しぶり」


 優しそうに微笑みながら二人の前に立つカイルは、やはり何処となく頼りない。背は高いのに体が細くひょろっとした見た目が影響しているのだろうか。


「あ、あなた、その…お疲れ様です。お、おかえりなさいっ!」


 俯きながらそう答えるニーナは珍しいことに顔を真っ赤に染めて、カイルの服の裾を両手でぎゅっと握っていた。

 普段の言動からは全く想像できないその仕草にアルは内心の驚きを隠せない。

 そしてレーテはそんな二人をにやにやと見つめている。


(あのニーナさんが照れてる!?さっきは直ぐに会わなくてもいい、みたいな事言ってたのに実は旦那さんにベタ惚れだったの!?ニーナさんってまさかのツンデレ!?)


「うん、ニーナただいま。エイルも―――よいしょ!ただいまー!」


 エイルの脇に手を差し入れて頭の上まで持ち上げ、そのままくるくると楽しそうに回る。だが2回3回と回るうちにカイルはすっかり息が上がっていた。


「はぁはぁ、ふぅー。エイル重くなったなー」

 

 肩で息をしながらどっこいしょ、としゃがみエイルを地面に降ろす。だがそのエイルはふくれっ面で不満そうだった。

 

「レディーに重いって言ったらダメなんだよ」


「あぁ、ごめんね。もう5才だもんね、エイルは立派なレディーだ」


「わかればいいの」


 しゃがんだまま謝るカイルに、ちょいちょいっと手招きするエイル。

 ん?どうしたの?っと近づくカイルの首に、何を思ったのかエイルは突然勢いよく飛びつき、


 「―――おとうさん!おかえり!」


 そう、花が咲くような笑顔で言ったのだった。





 ちなみにカイルは娘を支えきれずに思いっきり後ろにひっくり返った。

 その時のうぼぁー!という声が広場に響き渡っていた。










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