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「―――では、汝の仕える神にここで宣誓せよ」


「はい、自分は大地母神マイヤ様にお仕え致します」


 村の集会所で5歳、10歳、15歳の子供たちと村長(むらおさ)が壇上に立ち、その下には子供たちの親族が。そしてその後ろには村人たちが立っている。

 アルはレーテに抱っこされ、その村人たちの中から壇上の子供たちとエイルを見ていた。

 子供たちはみな緊張した面持ちで厳かに式が進む。だがエイルだけはぼんやりと虚空を見つめ、式の内容などまるで上の空だった。 






 今日は年に1度の宣誓式。村の大事な祭りの日だ。


 以前言っていた5歳で仕える神様を決める祭りは、宣誓式と言うらしい。

 そして村の収穫祭、謝肉祭などと一緒に行われるようで、集会所の外では祭りの為の料理が村の女衆の手で朝早くから準備されていた。


 集会所の中にも肉の焼けるいい匂いが立ち込めており、村人たちが式の終わりを今か今かと待ちわびていた。


 そしてその宣誓式の内容は予想した通り、自分が仕える神様を一人選びその神様に対して宣誓するというものだった。

 また5歳で決めたら終わりというわけでなく、10歳、15歳と5年ごとに引き続き同じ神様に仕えるか、他の神様に仕えるかを宣誓する。

 15歳で本宣誓となり、生涯変えることが出来ないらしい。


 見ていて気付いたのだが、どうやらこれは一人の神様を決め、信仰する―――というような重い話ではなく、将来就きたい職業の道具を身に着け、希望する職業を宣言する。そんな意味合いの行事のようだった。

 つまり、この国では職業選択の自由があるのだ。


 現に先ほど大地母神(マイヤ)に宣誓した15歳の青年は手にクワを持っており、農耕を行うことを示している。


 また創造神(ミダス)に仕えると誓った10歳の赤毛の少女は、使い込まれた絵筆をしっかりと両手で握っており、絵描きになる事を望んでいるようだ。


 その他にも投網を持った少年は天空神(ヴィエラ)に、剣を持った青年は戦勝神(シェラハザール)に宣誓していた。


 ちなみに先日のニーナによる神様の話は長かった。

 レーテとは違い、物語を聞かせるような口調でゆっくりと、時に激しく荒々しく語るその話はとても面白かった。神様に興味の無いあのエイルですら夢中で聞いていたほどだ。

 だがその反面、とってもとっても長かった。


 どれほど長く、そしてニーナが熱中していたかというと、夕食の準備をすっかり忘れ辺りが暗くなってしまってから気が付き、大慌てで調理するほどだった。

 そしてニーナが語ってくれた神話によるとこの世界の神様、八大神の名前はこうなる。


 創造神ミダス

 大地母神マイヤ

 天空神ヴィエラ

 博愛神ラ・ミュゼル

 戦勝神シェラハザール

 知識神クー・グレイン

 運命神アストライア


 詳しい逸話や、創世記での役割などニーナがそれはもう熱く語ってくれたのだが長すぎるのでここでは省く。


 ちなみに八大神と言っているのに7人しかいないのは、8人目の神様はその名前も司る物も誰も知らないかららしい。

 創世記では8人の神様が7日間で世界を創ったと云われている。一人一日担当し、7日目の運命神で創世記は終わる。


 では8人目の神様はどこで何をしていたのか。もしくは『今』しているのか、それとも『まだ』していないのか。

 神学者たちが熱く議論を交わしているのだそうだ。


 そんなことを考えているうちにエイルの番が回って来た様だ。


「ここは神の御前である。ここで語ることに嘘偽りは無いか」


「はい」


「カーライルとニーナリィムの娘、エイルリーン。汝に相違無いか」


「はい」


 他の5歳の子供たちは緊張した面持ちで受け答えしていたのに、エイルにそんな様子は無くいつも通り淡々としていた。

 そしてエイルとニーナの本名は、エイルリーンとニーナリィムというらしい。

 アルはアルフリート、レーテはレーティア、ディルトはディルトラントが本名なので、この地域またはこの国では本名を縮めて呼ぶことが一般的なようだ。


「よろしい。では、汝の仕える神にここで宣誓せよ」


「…はい、私は―――」











「まぁ!あなたがアルちゃんね!?レーテとディルトにそっくり!」


 宣誓式も終わり、村の住人は広場に集まって食事を振る舞われていた。

 ざっと見ただけでも500人はいるだろうか?村の規模としてこの人数は多いのか少ないのかはアルには分からなかったが、これほどの人々が一か所に集まっているのだ。すさまじいまでの熱気と活気に溢れている。

 だが見たところ若い男の姿が少ないように思える。ディルトと同じように兵役で町に行っているのだろうか。


 広場には屋台のような物がいくつも並んでいて、それぞれ肉の串焼きだったり薄いクレープ生地のような―――恐らくは水で溶いた小麦粉で具材を巻いたものだったりを焼いている。

 そして広場の中心では豚の丸焼きが火にかけられており、時折流れ落ちた油が甲高い音を上げ、辺りに食欲をそそる香ばしい香りを放っていた。

 新鮮な野菜や果物もあるようで、その屋台は女性たちに人気だ。


 その豪華な料理たちだが、屋台で貰うときにお金などを払う様子も無いので、村人ならば無料で振る舞われるのだろう。

 そのことからもこの村が割と裕福な、恵まれた村である事が分かる。


 屋台に並ぶ人も作業する人も皆笑顔で、日々の暮らしに不安など感じていないようだった。もしかしたら戦の勝利もついでに祝っているのかもしれない。


 あちこちにテーブルとイスが運び込まれ、料理を貰った村人達が思い思いの席に着き、祭りを楽しんでいるようだった。

 また酒も配られているのだろう、そこかしこで乾杯の声が上がり器のぶつかり合う乾いた音が響いていた。







 そんな広場から少し離れたテーブル席で、アルはレーテに抱っこされながら周りを若い3人の女性たちに囲まれていた。


 3人とも20代ほどの女性で、皆小さな子供を連れていた。

 だが今は子供同士、友達と一緒に別のテーブルに集まり騒いでいるようだった。

 レーテはその母親たち3人と、先ほどから子育ての苦労話や旦那のグチなどの世間話に花を咲かせていた。つまりは若い母親たちの集まりみたいなものなのだろう。


「ちょうど半年くらい?お披露目にもなってよかったわね!」


「かわいいねぇ~、私ももう一人欲しくなっちゃうなぁ~」


「二人の子供だから絶対美形になるわね」


 赤毛をポニーテールにした勝気そうな女性、金髪で垂れ目なマイペースそうな女性。そして短い黒髪のクールな女性。この3人にレーテを含めた4人の会話は先程から途切れることが無かった。

 そしてその輪の中心でレーテがデヘデヘとにやけている。アルが褒められているのが嬉しいのか、さっきから目の前の豪華な料理に手も付けずに頬が緩みっぱなしだ。


 しかし話題の中心にいるアルはレーテに抱っこされながら縮こまっていた。

 こんな若い女性に囲まれてちやほやされるなんて、前世も含めて初めての事だったのだ。嬉しいやら恥ずかしいやら、何とも言えないこそばゆさを感じていた。


「そう言えば聞いたわよ!旦那さん戦争で大活躍だったんですって?」


「あ、それ私も聞いたよ~。敵の騎士を100人やっつけたんでしょ?」


「えっ、それってやっぱりこの村のディルトの事だったの?同じ名前の別人だと思ってた…」


「どうなのレーテ、旦那さんから何か聞いてない?」


 正に寝耳に水だったのだろう、それを聞いたレーテはだらしなく口を開けて惚けていたが、数秒後に首を横にぶんぶんと振る。


「何それ?何も聞いてないよ?」


 それを聞いた周りの女性たちはやっぱりか~、そうだよね~、そんなわけないわね等と口々に言い、


「まぁ、みんなの旦那たちが帰ってくれば戦争の詳しい話聞けるでしょ」


「まだディルトさんしか帰って来てないんだよね。うちの人は大丈夫かな…」


「村からの参戦者に死者、怪我人無しってディルトさんが伝えてくれたじゃない」


「あ、そっか~」


「レーテ、何でディルトさんだけ先に戻って来れたのか聞いてる?」


 皆の話に加わらずぼーっと何かを考え込んでいたレーテは、自分に話しかけられたことでハッと我に返ると首を振って答える。


「え、あ、うん。生まれた子供に会いたいから帰りたいって領主様に言ったら許してくれたって」


「それで許可して貰えるんだ…」


「領主様はお人が良いからね~」


「うちの旦那はいつ帰って来れるのかな…」


 どうやらこの三人の夫も従軍していたようで、ディルトとは違ってまだ戻ってきていないらしい。

 村人に若い男が少なかったのはやはり兵役のためのようだ。

 ただディルトのように一度帰って来て再び兵役に就いた訳ではなく、戦争が終わってからまだ戻って来ていないらしい。


 一人だけ先に戻ってきたのは、生まれたばかりの子供に会いたいから、という理由だけでなく、戦の結果や従軍した村人の安否の連絡など報告の為だったのかもしれない。


「いつもの兵役なら宣誓式前に帰って来ていたけど、やっぱり今年は遅れるのかもね」


「宣誓式、一緒にお祝いしたかったな~」


「…そうね」


 話題が途切れ一瞬静かになってしまったが、その雰囲気を振り払うかのように明るい声で垂れ目の女性が新たな話題を振る。


「ねぇねぇそれより聞いた?サリーさんとネイトが最近付き合い始めたんだって!」


「え、あの二人が!?いつもケンカばっかりしてたじゃない!」


「むしろだからでしょ。でもそうなるとトルイが黙ってないわね」


「え、それってまさか…」


「「「三・角・関・係!!!」」」


 キャー!!!っと黄色い歓声が上がる。世界が違っても恋の噂話は人気の話題のようだ。

 その三角関係についてアルはあまり興味が無かったが、耳に入ってくる会話のおかげで大分詳しくなってしまった。


「あぅぅ…」

(なんで女の人は他人の恋バナが好きなのかねぇ…)


 興味は無い。全くもって興味は無いのだ。ただ後学のために聞いているだけなのだ。

 別に将来自分を巡って三角関係になったらどうしよう?等と都合のいい妄想をしているわけでは決して無いのだ。











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