第1話 わたくし、異世界転生したみたいですわ!?
はい。初めましての方も、二度目ましての方も、よろしくお願いします。
新連載、始めました。
今回は前回とは趣旨を変えて書いてみました。
最後まで書き上げたため、投稿開始します。毎日、朝1回。の予定です。
拙い文章・内容ではありますが、お付き合いいただけると幸いです。
春の陽気に包まれた五月。色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが漂うお庭で、私は侍女のリーナと一緒にせっせと花冠を編んでいた。
「お父様、お母様! 見てくださいませ。花冠が上手にできましたわ!」
少し歪んでいるけれど、私にとっては大満足の花冠。小さな手で編んだにしては、うん。よくできている。
今日は五歳の誕生日。少し前に弟のセルジオが生まれ、ちょっとお母様をとられた気分だったけれど、もうお姉さまなの! だって、今日で五歳ですもの。
「ふふ、これを頭にのせて……っと。見てください。わたくし、お姉さまで、お花のお姫様です!」
花冠を頭にのせて、くるくると回ってみせた。そして、小さな弟を抱くお母様と、隣で書類を読んでいるお父様の前まで行き、カーテシーをした。
「わたくしは、セラフィーナ・バルディア。バルディアのお花の姫ですの。本日はわたくしのお茶会へようこそ。楽しんでくださっていますかしら? お父様はお仕事ばかりではだめですのよ?」
「ふふ、花冠、上手にできているわね。とてもかわいらしいお姫様。ご招待ありがとう。とても楽しいお茶会で嬉しく存じます」
「これはこれは。わざわざ挨拶いただきありがとう、姫。仕事はこれで終わりにするよ。花摘みはもう終わりかい?」
お母様が琥珀色の瞳で優しく微笑み、お父様も隣で書類から顔を上げると、空色の瞳に温もりを宿し、目を細めて穏やかに微笑んでくださった。
お父様の澄み渡る空色とお母様の琥珀色、その二人の色を受け継いだ私は、珍しいライラック色だ。そしてセルジオも私とおそろいの色をしている。私はこの色が大好き。だってこの瞳を見ると、お父様とお母様の大切な子どもなのだと感じられるもの。
だからお姉さまとして、寂しいけれど……お母様の腕の中はセルジオ、あなたに譲るわ。私は今日からまた一歩、大人になるんですもの。もうお母様の腕の中は卒業しないとね。
「はい。リーナと一緒に、こんなに素敵な花冠ができましたもの。花摘みはもうおしまいですわ。今度はわたくしもご一緒にお茶をいただきたく存じます」
頭にのせた花冠をお父様に見せるように、にっこりと笑う。半分以上リーナが作ってくれたんだけど、それでも上手にできていると思うの。
お父様は大きく温かな手で、そっと頭を撫でてくださった。
「ふふふ。セラフィーナ姫、ではお茶をご一緒しても?」
「よろしくてよ。お父様」
すまし顔でお父様に答えた。お天気の良い昼間はお庭でお茶をいただき、夜はお誕生日だからごちそうなの。大きなケーキもあるんですもの。楽しみで仕方ない。
一人ではまだ椅子に届かないので、お父様に抱きかかえられながらテーブルに着いた。私の目の前にサッとカップが置かれ、執事が香りのよいハーブティーを注いでくれた。とても良い匂いがした。
「セラフィーナ、この後はどうするのかしら?」
「わたくしは、もう少しお庭に居ようと思いますの。お母様とセルジオはそろそろ邸へ戻るのですよね? お父様は?」
「僕はもう少しセラフィーナと庭に居るよ。せっかくだし、デートを申し込んでも?」
「ふふふ。よろしくてよ」
私はハーブティーを飲んだ後、お父様と庭を散策することにした。
「ゆっくりおいで。転んだら、お父様が泣いてしまうよ」
「大丈夫ですわ」
元気よく返事をして、花冠を頭にのせ、小さな足で庭を駆け回る。楽しい誕生日だわ。きっと、いいことが起こる予感!
嬉しくて浮かれていた私は、足元も見ずに走り、花壇の縁に足を引っかけて転んでしまった。
「きゃっ!」
痛い。そう思った――次の瞬間。頭の中に、見たこともないたくさんの景色が怒涛の勢いで流れ込んできた。
(……え?)
「……え?」
私は思わず声を漏らした。だって、これって……
――学校での友達との他愛ない会話。
『ねね。お腹すいたし、今日の帰りハンバーガー食べよう?』
『私、今月バイト全然入れなくて、金欠ぅ。奢ってくれるなら行ってもいいよ』
『えー。仕方ない。いいよ。将来十倍ね。決定~!』
『ぼったくり! 高っ!』
『『あははは!』』
スマートフォンで夜更かしして恋愛小説を読んで、翌朝眠くて大あくびをしたこと。
『この悪役令嬢、最後は幸せになってほしいなぁ』
『うわ。ヒーローやばっ。めっちゃいい奴じゃん』
『だよねだよね。最後はハッピーエンド。やっぱこうじゃなくっちゃ!』
そんなことを思いながら画面を見つめていたこと。
休日に母と買い物したこと。クッキーを焼いたこと。
『おかーさーん。休み明け学校にクッキー焼いて持っていきたいんだけど、材料使っていい?』
『そういえば卵もうすぐなくなるわね。一緒に行って持ってくれるなら多めに買うから、使っていいわよ』
『オッケー。それならチョコチップも追加お願い』
『それは自分で買いなさい』
『えー。お母さんのケチ』
――次々と流れ込んでくる、見覚えのある記憶。
今のは何だったの? 不思議な光景だった。でも見覚えがある。
こ……これは、私が体験したこと?
夢? 違う。幻? ……違う。じゃあ、この記憶は何?
……もしかして、私の前世!?
日本という国で暮らしていた、ごく普通の女子高校生。……それが、前世の私? ……え?
そして今は――
「セラフィーナ!」
お父様が慌てて駆け寄ってきて、私を抱き起こしてくれた。心配そうに瞳を揺らしている。
「大丈夫かい?」
「……はい」
「だから、『ゆっくりおいで』と言ったのに」
自然と返事はしたものの、私の頭の中は大混乱だった。えっと……えっと……?
私は自分の小さな手を見た。うん、小さいな。子どもってこんなもんだわ。
声を出してみた。あー、あー。声も幼い。幼児特有って感じがするわ。うん。そりゃそうだ。
鏡を見なくても分かる。だって、今日は五歳の誕生日だもん。
誕生日。そう、今日は私、セラフィーナが生まれた日。でも、私は前世では女子高生で……確か十七歳だった。……って、ええええええええっ!?
心の中では盛大に叫んだ。けれど、口から出たのは「ごめんなさい。大丈夫ですわ」だった。でも、まだ、頭の中は整理できていない。そりゃそうだ。
混乱している私に「本当に? 痛い所はない?」と、お母様が慌ててやってきて、心配そうにしゃがみ込み、私の頭を優しく撫でてくれた。
「はい。少し驚いただけですの(痛くはないけど、本当はすっごい驚いてるよ)」
「それならよかったわ」
お父様もお母様も安心したように私に笑いかけてくれた。心配かけてごめんなさい。
とりあえず、……落ち着きましょう。
……少し、落ち着くのです。
うん。混乱しているよ。混乱するなっていう方がおかしいよね? いきなりこんなことって……あるんだなぁって、びっくり。
私は深呼吸し、考えをまとめることにした。前世。現世。……全部本物。つまり――
(――っ! ……わたくし、異世界転生したみたいですわ!?)
まじか……。でも、そうか。異世界転生したんだ。私。その結論だけは不思議なくらいすんなり受け入れられた。
異世界。貴族。大きなお屋敷。そして優しい家族。夢のような世界だけれど不思議と怖くはない。うん。大丈夫。
受け入れたけど、だからって現実ですぐ何かできるわけじゃない。一人で整理しないと……マジで無理。
「……お父様、わたくし、少し疲れてしまいましたの。少し休ませていただいてもよろしいですか? 少しだけ、一人になりたいですの」
その後、夕食まで一人になりたいと、お父様とお母様に言って、私は部屋に帰らせてもらうことにする。
「もちろんだよ。ゆっくりしなさい、セラフィーナ。リーナ、セラフィーナを部屋へ」
「はい。お嬢様、一緒にお部屋へ戻りましょう」
手を差し出してくれた侍女のリーナの手を取り、私は部屋へ戻ったのだった。
◇◇◇
私はリーナに部屋を出てもらい、自分の部屋のベッドの上でとりあえず現状把握することにする。落ち着け私。
ふぅ。私はセラフィーナ・バルディア。五歳。バルディア伯爵家の娘。お父様はアルバート・バルディア、お母様はエレノーア・バルディア。弟はセルジオ・バルディア。うん。ちゃんと「今の」私の記憶がある。私はセラフィーナだわ。
で、前世の私……お母さんとお父さんと私と妹の四人家族だった。お父さんもお母さんも普通の人だった……と思う。お父さんは、最近少し頭が薄くなったことを気にしていて、お母さんは最近しわが増えたって言っていた。
妹は中学生で最近少しませてきて、恋愛漫画にはまってたっけ。私は、高校生になってバイトして友達と一緒に学校帰りや休日カフェ行ったり、スマホでネット小説読んだり。彼氏はまだいなかったな。ネットの恋愛小説読んでキュンキュンするのは好きだったけれど、現実は彼氏より食い気だった。うん残念娘だったな。
……こっちの記憶も結構しっかり覚えてる。
でも、それ以外は覚えていない。名前? なんだっけ。日本人で女子高生だったことだけは覚えているけれど、それ以外は全く思い出せない。
私がここにいる理由? 病気? 事故? うーん。本当に思い出せない。
ハッ!
もしかして召喚とか!?
私はうんうん言いながら……一生懸命思い出そうと頭をひねるが、本当に出てこない。
なんで異世界転生なんてラノベでしか見ていないようなことを、私がしたんだろう?
何か、神様の代理でするとか? やっぱり召喚された聖女ってこと? えー。それは面倒くさいな。普通にこの世界でセラフィーナ・バルディアとして生きたいわ。
そんな理由があったら、絶対何かに巻き込まれたりして、確実に面倒ごとに巻き込まれるじゃん。それは絶対、勘弁してほしいわ。
っていうか、この世界に聖女なんていたっけ? ……うん。いないな。聞いたことなかったわ。
召喚説、はい、さよならー。ファンタジー設定没。乙。
って、いつのまにか現実逃避になってる。ばかなことしてないでよ、私。
鏡を見れば、そこに映るのはつつじ色の髪にライラックの瞳をした美少女。こんな美少女が私だなんて今でも信じられない。でも、私が笑えば、鏡の中の私も笑う。右手をあげれば、鏡の中の私は左手をあげる。
けれど頭の中には、日本の美味しいコンビニスイーツや、夜更かしして読んだ恋愛小説の記憶がぎっしり詰まっている。
(つまりわたくし、異世界転生ってやつをしてしまったみたい。……って、ねえ、本当にしたのよね!? 本当になんでかしら)
前世の知識があるのは嬉しいけれど、問題はこれからだ。もしも『実は前世の記憶がありまして、ここは日本じゃありませんわ!』なんて突然言い出したらどうなることか。
(……うん、きっと教会に連れて行かれちゃうわ。最悪の場合、隔離されて一生を終える可能性だってある。危なすぎるわ!)
私は小さな頭をフル回転させ、ゴクリと唾を飲み込んだ。それはやばい。やばすぎる。
(よし。このことは誰にも話さずにいましょう。わたくしは今日から、何一つ知らない純真無垢な五歳の幼女として生きるのですわ! 前世女子高生? 何それ? 精神で行きますのよ)
私は右手にこぶしを握りしめて高く上げ、そう固く心に誓う。すっかり大人びた(つもりの中身女子高生の)覚悟を決めて、夕食の席へと向かうことにした。
◇◇◇
夕食の席では、お父様とお母様は、いつもと変わらない様子だった。でも、私のことを気遣ってくれているのがわかる。
私はというと、前世の記憶が戻ったとはいえ急に別人になったわけではない。五年間セラフィーナとして過ごした記憶もちゃんとあるし、両親が大好きな気持ちも変わらない。
(……ええ。絶対に、誰にも言いませんわ)
「……セラフィーナ。今日はどうだった?」
「……」
さっき決めたばかりの誰にも話さない計画を胸に、静かにスープを口に運んだ。
「……まだ混乱してるのかしら?」
「……」
スープを見つめたまま答えられない。
そんな私をお父様とお母様は優しい眼差しで見守ってくれている。心が痛い。ううう。そんな目で私を見ないで。
――絶対に言わない。そう心に誓ったはずだった。
「お父様、お母様」
気づけば私はスプーンを置いて、二人に視線を向けていた。やっぱり内緒なんて無理だよ。こんなに心配そうにしてくれてるんだもん……
「なんだい?」
お父様がいつもと変わらない温かい声で問いかけてくれるので、私は意を決して話すことにした。びっくりさせちゃうな。きっと。
「わたくし……前世を思い出しましたの」
食堂がしんと静まり返った。
「……」
(……やっぱり、驚かれますわよね。ああ、どうしましょう。今から『冗談ですわ!』って笑ってごまかせるかしら……!)
やっぱ唐突すぎるよね。身を硬くして冷や汗を流していると、お母様が優しく首をかしげて聞いてきた。
「セラフィーナの、前世……?」
「……はい」
「それは、セラフィーナが生まれる前のことかしら」
「……はい。そう、です、の」
「……そうか。セラフィーナは、どんなところで暮らしていたのかな? お父様に話してくれるかい?」
「ええ。私も聞きたいわ。セラフィーナの……前世のことを」
お父様もお母様も、そう言ってくれたので、私は腹を括って、さっき思い出した前世の記憶を一つずつ一生懸命に話した。日本という国があり、そこで私は学校へ通っていたこと。学生だったこと。お菓子を作ったり、恋愛小説を読むのが好きだったこと。
お父様もお母様も、途中で話を遮ったり笑ったりせず、真剣な面持ちで最後まで静かに聞いてくれた。
話し終えた私が恐る恐る二人の顔をうかがうと、お母様はふわりと席を立ち、私の元へ歩み寄ってきた。そして、包み込むように私の小さな身体を優しく抱きしめてくれた。抱きしめられた胸の中から、安心する母の香りがした。
「たくさん不思議なものを見て、怖かったわね、セラフィーナ。でもね、前世があってもなくても、あなたは私たちの大切な娘よ。それは何があっても変わらないわ。セラフィーナはセラフィーナでしょう? 違うのかしら」
「お母様……」
お父様も席から立ち上がって私の元へ歩み寄ってきて、いつものように大きくて温かい手で私の頭を優しく撫でてくれた。
「そうだね。大事な娘であることに変わりはないよ。……もし前世の知識が役に立つなら使えばいい。困ることがあれば相談しなさい」
「え……? そうなのですか?」
「ああ。僕が必ずセラフィーナを守ると誓うよ」
「私も、セラフィーナを守ります」
私の肩を包むお母様の手に、きゅっと優しく力がこもったのが分かった。
……お母様、動揺しているのにこんな私を信じてくれるの? 私のことを娘って言ってくれるの?
「お父様、お母様……」
思わず視界が熱く潤み、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。二人は私の話を信じてくれるだけでなく、これから困ったことが起きても守るために、そっと抱きしめてくれたのだ。なんて優しい家族なんだろう。
前世の両親も大好きだったけれど、この世界のお父様とお母様も、それに負けないくらい深い愛で私を満たしてくれているのがわかる。それが、心の底から嬉しかった。
「ありがとうございます……っ!」
涙を拭い、私は思い切り笑った。お父様もお母様も本当に安心したように顔を見合わせて、そして三人で笑った。
だが、この時の私はまだ知らない。自分がこれから、「ここは恋愛小説の世界ですわ!」と本気で言い続けることになる未来を。




