表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/9

第9話 帰還

「その石も、その塔も、この山の鉱物は全部――ヴェスタ商会のものだ」


バルツァーは権利書を掲げ、背後には四十人余りの人足。夜通し働いた五人に、逃げ場も体力も残っていない。


だが、うちには書類の女神がいる。


「はい、拝見済み」ミラはあくびを噛み殺しながら前に出た。「その権利書は『閉山解除後の優先採掘権』。で、聞くけど――この山、誰が開けたんだっけ?」


「開いたものは開いたのさ。経緯は問わん」


「経緯が全部だよ。山が開いたのは、竜が『この五人に』採掘を許したから。許しの範囲は、あの露頭だけ。あんたたちが勝手に掘れば、それは許しの外。……どうなるかは、知らないけど」


「はっ。竜の許しだの範囲だの、証文でもあるのか」


その時だった。


影が、野営地ごと商会隊を覆った。


頭上を、竜がゆっくりと一周した。ただ一周しただけだ。それだけで人足の半分が尻餅をつき、四分の一が逃げ出し、バルツァーの顔から血の気が引いた。


「……口頭契約ってことで、いいかな?」


ミラは、いい笑顔だった。



「――で、だ。バルツァーさん。ここからは商売の話をしませんか」


腰を抜かした男に、テオは水筒を差し出しながら言った。


「あ? ……何のつもりだ」


「あの冷却塔は、巣の熱を地下に流し続けてます。あれが止まれば山はまた閉じる。塔には整備が要る。部品も、定期の人手も」


「……それを、うちにやれと?」


「ええ。代わりに、竜の許す範囲の採掘分――その流通を、商会が扱えばいい。仲介はヨルガ婆さんと山の民。掘る量は関守が竜血鉱の育ちを見て決める。商会は独占はできない。でも、三年ぶりに市場に出る竜血鉱の、唯一の窓口になれる」


バルツァーの目が、恐怖から算盤に切り替わるのが、はっきり見えた。


「……独占は、できない、か」


「できません。山を怒らせない範囲で、細く長く。それが一番儲かるはずですよ。なにせ供給元は、あと何百年も生きる竜ですから」


長い沈黙のあと、バルツァーは、ふん、と鼻を鳴らした。


「野良の助教ってのは、商売もできるのか」


「工房育ちなので」



帰り道は、行きの倍うるさかった。


アシェン村では英雄扱いで、収穫祭の上座に据えられかけて逃げた。関守は割符をヨルガ婆に返しておくと請け合い、「山の冷却塔の話、婆様は腹を抱えて笑うだろうよ」と言った。

荷台には、竜血鉱。竜の許した露頭から採った拳大が四つ。そして竜が転がして寄越した、一回り大きい塊がひとつ。クヴィンは荷台から離れない。もはや番犬である。


馬車が王都まであと二日、という夜だった。

宿の廊下で、テオはヴェルナと二人になった。狙ったわけではない。ただ、聞くなら今しかない気がした。


「先生。『話はあとだ』と言いましたよね」


ヴェルナは足を止めた。廊下の灯りが、長い耳の影を壁に落としていた。


「……昔」


やがて、それだけの長さの沈黙のあとで、教授は言った。


「莫迦な若造が二人、塔を積んだ。届くと思ったのだ、どこまでも。……それだけの話だ」


「その塔は――」


「王都に着いたら、査定の書類を書く」ヴェルナはもう歩き出していた。「ミラに言っておけ。今年は、私が書く」


それは答えになっていなかったし、たぶん、答えだった。

六百年のうちの、たった一晩ぶんだけ、教授は扉を開けた。テオはそれ以上、何も聞かなかった。



王立魔導大学、アルスハイト研究室。

三週間ぶりの我が家は、埃っぽくて、狭くて、最高だった。


「試験機、回すよ! 冷却層、新型! 芯は竜血鉱!」


ロロの掛け声で、新生ミツバチが起動した。

拳大の竜血鉱を削り出した芯を、ヴェルナの――あの夜の図面を元に組み直した冷却層が抱いている。


一時間。熱抑なし。

三時間。熱抑なし。

半日回して、中間層の温度は、そよとも動かなかった。


「十二時間、連続稼働!! 計器、振り切れなし!!」


雄叫びを上げるロロ。窓を閉めるミラ。石を磨くクヴィン。祝いの鍋の匂い。

テオは黒板の数字を書き換えた。


『九十秒』を消して――『十二時間・継続中』。


三日三晩まで、あと六倍。百灯の実負荷、層の量産、本番機の整合。課題はまだ山積みだ。でも、壁のこちら側と向こう側では、景色がまるで違う。


「公開試験まで、あと三週間」ミラが日めくりを破った。「間に合うかな」


「間に合わせます。……そういえば、向こうはどうしてるんです?」


「ああ、それなんだけどね」


ミラの声が、少しだけ低くなった。


「第一講座、本気だよ。アルノルト助教、試験用に『六刻度』の新陣を刻むって噂」


「六刻度!?」


現行の最先端が八刻度。六刻度といえば、誰も踏み込んだことのない微細さだ。魔力は漏れ、熱は暴れ、まともに動く陣が取れるかどうかの、単陣式の絶壁である。


「……向こうも向こうで、壁に挑むんだ」


呟いて、テオはふと、ヴェルナの言葉を思い出した。


――おまえの陣は、綺麗になったか。


あの問いの意味を、テオはまだ知らない。


(第10話へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ