7.
13日目、小雨。8時。
この数日、これまでで一番キツい登りだったから遅れは仕方ない、とリサは自分に言い聞かせる。
昨日は収穫のなかった探索で、2か所からキノコ。そして奥からは空のバックパックが見つかった。
……十分とはいえない。食料も水も、かなりの量を消費してしまっている。
岩陰に、遺体を見つけた。
すでに白骨化していて、着ていたものも触れるとボロボロに崩れそうだ。
前にしゃがんだリサは十字を切った。
先ほどのバックパックの持ち主かも。
ケガや喉の渇きで、力尽きたのだろうか……。
洞窟からさらに少し上方、中央にあたる部分には白いロープが見えている。道を示しているのだろうか。
ここまでに比べたら、距離もそうない。時間のロスを極力、避けつつ登ってしまいたい。
物資不足が深刻だ。次の補給ポイントに一刻も早く、という焦りがある。
……慎重に足場を選び、30分かからずに到達できた。
木の窪みにあった巣から、卵を見つけた。
(タンパク質はありがたい。ゆで卵か、卵スープか……)
切望していた湧き水も見つけることができた。
ただ、これには人体に有害な鉱物が溶け込んでいるようで、まずは簡易キットでろ過。そして念のため、煮沸しなくては飲めない。
1度、テントへ戻る。時間は多少ロスするけれど、水は必需品。
食料よりも大事なくらい。この後に備えて、料理もしておいた。
バックパックの重みが不思議にそれほど感じられない。
グッと頂上に近づいた気がする。
野草も摘みつつ、再度ルートを確認する。
十数メートルほど上に、足がかりになりそうな柱のようなものが見えている。
______________
新聞社ル・ノワイヨ、重役室。
「……原案は、見たよジュリアン。だいぶ力が入っているようだね」
「そうですか、ありがとうございます」
「女性クライマーの特集か。
しかしだよ、セルヌに挑んだクライマーはこれまでも数多くいる。
現状決まったスポンサーも人的サポートもなく軽装備で、完全登頂?
……夢でしかない領域に思えるが」
「リサ・モローの装備や方針は、彼女のスタイルなんです。
自分で選んだギアを使えるのは、私は強みだと考えます。
何より彼女は、クライマーとして全盛期だ。
相当な努力家で、実績もあります。可能性は、随一ですよ」
ジュリアンは、居並ぶ会社の重役たちに対峙していた。
いつもは緊張なんてしないが、今日ばかりは。
気づくと、手に汗を握っている。
「それで……いかがでしょうか」
問いかけるジュリアン。しかし、答えは返ってこない。
「もし、セルヌに登頂成功したとして、いったいどう証明する」
「国際問題にも、配慮しなければ……」
重役たちは、ジュリアンの存在を忘れたようだ。
盛んに話し合いをしている。
……なるほど議論が足りていないらしい。
それなら、とジュリアンは用意してきた渾身の説明を始めるのだった。
___熱を帯びた声で。
____________
柱伝いに登り、ゆるいカーブを描く垂直に切り立つ岩壁の途中、視線の少し先に見覚えのあるブルーのウェアが見えた。
あそこだけ小さな青空みたいだと思う。
しかし、よく見ると登りかけては落ち、ザイルにぶら下がるのを繰り返している。
リサは躊躇なく登ってゆき___声を掛けた。
「ここまで、来てたんだね。オーウェン」
「!……」
前に見た時のような元気がまるでない。
頬もこけた彼は、だいぶ憔悴してみえる。
嵐のような雨風が吹き付ける、休む場所のない難所を超えてきたのだから、当然といえば当然。……それにしても。
先に、少し広い足場についた。リサはドローンを呼び、ピトンを回収した。
何か甘いものでもなかったかと、バックパックを探る。
20分後、オーウェンがどうにかここまでたどり着いたのを見て、リサは手を伸ばす。
引っ張りあげると彼は、肩で大きく息をしていた。
よく見るとウェアが破れていて、ギアも傷ついたものが多い。
「ここまで……よく、来れたね」
一息ついたオーウェンは話し出した。
「……貴方が登るというから。
でも……でも!……僕にはとてもできそうにない。
見たんです、あの人たちを」
察しが付く。遭難した方々の、遺体のことだ。
あの岩壁の前後では相当、見てきたはず。
ルートを外れた断崖に、劣化したザイルで辛うじて下がっている遺体もあった。
「そう……」
リサは目線を泳がせ、口ごもった。
何と声を掛けていいか、分からない。
(人と話すのは、苦手)
「このままいけば僕もああなる!分かるんだ」
頭を抱え、動かなくなるオーウェン青年。
恐ろしさを思い返しているのだろう。
考えあぐねたリサは、少し先の開けた場所でビバークしようと決めた。もう、日も翳りだしている。
登れない、というオーウェンの隣でルート取りを一緒に考えた。
「大丈夫、できるよ。右手をあの小さな岩にホールド。
左足のかかとを、縦に入ってるクラックの中央部分に。
少し早く足を運べばそのぶん負担も少なくなるはず。どう?」
「……はい……多分」
返事を聞いて、リサは先に行くと声を掛け、岩壁を登りだす。
軽い身のこなしで岩場を移動してゆくリサの背中を、オーウェンはじっと見上げていた。すべてを学び取ろうとするように。
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