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静寂の彼方へ  作者: 宙子
7/15

7.



 13日目、小雨。8時。


 この数日、これまでで一番キツい登りだったから遅れは仕方ない、とリサは自分に言い聞かせる。


 昨日は収穫のなかった探索で、2か所からキノコ。そして奥からは空のバックパックが見つかった。


 ……十分とはいえない。食料も水も、かなりの量を消費してしまっている。



 岩陰に、遺体を見つけた。

 すでに白骨化していて、着ていたものも触れるとボロボロに崩れそうだ。

 

 前にしゃがんだリサは十字を切った。


 先ほどのバックパックの持ち主かも。

 ケガや喉の渇きで、力尽きたのだろうか……。




 洞窟からさらに少し上方、中央にあたる部分には白いロープが見えている。道を示しているのだろうか。

 ここまでに比べたら、距離もそうない。時間のロスを極力、避けつつ登ってしまいたい。


 物資不足が深刻だ。次の補給ポイントに一刻も早く、という焦りがある。



 ……慎重に足場を選び、30分かからずに到達できた。


 木の窪みにあった巣から、卵を見つけた。


(タンパク質はありがたい。ゆで卵か、卵スープか……)


 切望していた湧き水も見つけることができた。

 

 ただ、これには人体に有害な鉱物が溶け込んでいるようで、まずは簡易キットでろ過。そして念のため、煮沸しなくては飲めない。



 1度、テントへ戻る。時間は多少ロスするけれど、水は必需品。

 食料よりも大事なくらい。この後に備えて、料理もしておいた。


 バックパックの重みが不思議にそれほど感じられない。

 グッと頂上に近づいた気がする。


 野草も摘みつつ、再度ルートを確認する。

 十数メートルほど上に、足がかりになりそうな柱のようなものが見えている。



 ______________



 新聞社ル・ノワイヨ、重役室。


「……原案は、見たよジュリアン。だいぶ力が入っているようだね」


「そうですか、ありがとうございます」


「女性クライマーの特集か。

 しかしだよ、セルヌに挑んだクライマーはこれまでも数多くいる。

 現状決まったスポンサーも人的サポートもなく軽装備で、完全登頂?

 ……夢でしかない領域に思えるが」


「リサ・モローの装備や方針は、彼女のスタイルなんです。

 自分で選んだギアを使えるのは、私は強みだと考えます。 

 何より彼女は、クライマーとして全盛期だ。

 相当な努力家で、実績もあります。可能性は、随一ですよ」


 ジュリアンは、居並ぶ会社の重役たちに対峙していた。


 いつもは緊張なんてしないが、今日ばかりは。

 気づくと、手に汗を握っている。


「それで……いかがでしょうか」


 問いかけるジュリアン。しかし、答えは返ってこない。


「もし、セルヌに登頂成功したとして、いったいどう証明する」

「国際問題にも、配慮しなければ……」


 重役たちは、ジュリアンの存在を忘れたようだ。

 盛んに話し合いをしている。


 ……なるほど議論が足りていないらしい。

 それなら、とジュリアンは用意してきた渾身の説明を始めるのだった。

 ___熱を帯びた声で。



 ____________



 柱伝いに登り、ゆるいカーブを描く垂直に切り立つ岩壁の途中、視線の少し先に見覚えのあるブルーのウェアが見えた。


 あそこだけ小さな青空みたいだと思う。


 しかし、よく見ると登りかけては落ち、ザイルにぶら下がるのを繰り返している。


 リサは躊躇なく登ってゆき___声を掛けた。


「ここまで、来てたんだね。オーウェン」

「!……」


 前に見た時のような元気がまるでない。

 頬もこけた彼は、だいぶ憔悴してみえる。


 嵐のような雨風が吹き付ける、休む場所のない難所を超えてきたのだから、当然といえば当然。……それにしても。



 先に、少し広い足場についた。リサはドローンを呼び、ピトンを回収した。

 何か甘いものでもなかったかと、バックパックを探る。



 20分後、オーウェンがどうにかここまでたどり着いたのを見て、リサは手を伸ばす。


 引っ張りあげると彼は、肩で大きく息をしていた。

 よく見るとウェアが破れていて、ギアも傷ついたものが多い。


「ここまで……よく、来れたね」



 一息ついたオーウェンは話し出した。


「……貴方が登るというから。

 でも……でも!……僕にはとてもできそうにない。

 見たんです、あの人たちを」



 察しが付く。遭難した方々の、遺体のことだ。

 あの岩壁の前後では相当、見てきたはず。


 ルートを外れた断崖に、劣化したザイルで辛うじて下がっている遺体もあった。


「そう……」


 リサは目線を泳がせ、口ごもった。

 何と声を掛けていいか、分からない。


(人と話すのは、苦手)


「このままいけば僕もああなる!分かるんだ」


 頭を抱え、動かなくなるオーウェン青年。

 恐ろしさを思い返しているのだろう。



 考えあぐねたリサは、少し先の開けた場所でビバークしようと決めた。もう、日も翳りだしている。


 登れない、というオーウェンの隣でルート取りを一緒に考えた。


「大丈夫、できるよ。右手をあの小さな岩にホールド。

 左足のかかとを、縦に入ってるクラックの中央部分に。

 少し早く足を運べばそのぶん負担も少なくなるはず。どう?」


「……はい……多分」


 返事を聞いて、リサは先に行くと声を掛け、岩壁を登りだす。

 軽い身のこなしで岩場を移動してゆくリサの背中を、オーウェンはじっと見上げていた。すべてを学び取ろうとするように。


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