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治癒術師の非日常─辺境の治癒術師と異世界の魔術師による運命物語─  作者: 物部 妖狐
第一章 【日常から非日常へ】

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第31話 叶わぬ思い

 いつまでもダートの姿に見とれているわけにもいかない……そう思って、何か話そうとするけど、何を言えばいいのかわからない。


「ねぇ……入らないの?」

「あ、そうだね」


 無言で立ち尽くしているぼくを見て、ダートが不安そうにこちらを見ている。


(……とりあえず、このままじゃダメだ)


 これ以上立ち尽くしているのも悪いと思い、慌てて部屋の中に入る。


 ベッドとテーブル、二脚の椅子。


 そして衣装箪笥の上には、写真立てや小物置きなどが等間隔に置かれていて、狭い部屋をうまく活かしているように感じた。


「あんまり、人の部屋をじろじろと……見ないでほしいかな」

「……ご、ごめん」

「うん、謝ってくれたからいいよ? じゃあ……ちょっと、魔術の本を出すから座って待ってて?」


 言われた通りに椅子に座るけど、なんだか気持ちが落ち着かない。

 思わず、あの綺麗な服はぼくのために着替えてくれたのかもしれないと、都合のいいことを考えてしまう。


 袖口から見える素肌が、妙に気になってしまって……意識しないようにしているのに、どこを見ればいいのかもわからない。


(……ぼくは、何をしているんだ)


 栄花騎士団の二人が来るから、来客用に着替えただけかもしれない。


 それなのに、今のぼくは……あまりにも自意識過剰だ。


(……でも、師匠が言ってたっけ。女性がおしゃれをしていたら、まずは褒めろって)


 けど、どうやって褒めればいいのかわからない。

 綺麗だと思ったことを、そのまま言葉にすればいいのか。それとも……もっと考えたほうがいいのだろうか。


「ダート、今日は……えっと」

「ん? どうしたの?」

「あぁ、ほら……いつもすごい可愛いなって思ってたけど、今日はいつも以上にきれいで、かわいいね」

「……!? コ、コーちゃん! レースが変っ!」


 空間を切り開いて取り出した本を落として、コルクの名前を呼びながら部屋を飛び出していく。


(……変って、なにかおかしなことを言ったのかな)


 ダートの行動の意味が理解できないまま、彼女が落とした本を拾って椅子に座りなおす。


 とりあえず、戻ってくるまで大人しく本を読んで待っていた方がいい気がする。


「……コーちゃんがいない」


 しばらくして、耳まで真っ赤に染まったダートが部屋に戻って来た。


「どうして、あんなに恥ずかしいことを言ったのに……平気なの?」

「……え?」

「レースらしいね。……うん、さっきは取り乱してごめんね? とりあえず……落ち着いた、から。魔術の勉強……しよっか」


 ぼくから本を受け取ると、テーブルの上に置いてページを開く。


 (魔術の入門知識みたいだけど……これはぼくでも知ってる範囲だ)


 首都にいた頃に、師匠やマスカレイドから教えてもらったけど、復習するのにはいいかもしれない。


「教える前にレースはどこまで、魔術のことを知ってるの?」

「……自身の魔力と自然に満ちている魔力を組み合わせて、術を発動させるのと、詠唱が必要だってことくらい……かな」

「それなら基本は大丈夫……なのかな。じゃあ、魔力特性についてはわかる?」


 適性ならわかる。

 特性についても、名前くらいは聞いたことがあるけど、詳しく理解しているわけではない。


「……いや、知らないかな」

「そっか。えっと……特性っていうのは、その人が生まれ持った魔力の形、というか……癖みたいなものかな。んー、わかりやすく言うと、指紋? それかぁ、血液型みたいなものかも」

「そうなんだ?」

「うん。例えば……私の特性は【切断】で……なんて伝えればいいのかな。魔術で刃を作って物を切る時に、普通より楽になるって言えばわかるかな」


 以前、師匠たちから似たようなことを教わった記憶はあるけど、改めて教えてもらうと、わかっていないところが多い。

 やっぱり、知らないって素直に言って良かった。


「魔術と特性の繋がりを、もっと詳しく知りたい……かな」

「えっと……私は空間魔術と呪術しか使えないから、実践はできないけど、火属性の魔術で例えるとね? 手のひらサイズの火球を作って相手に投げる時に、特性によって分裂したり、爆発したり……そういう違いが出るの」

「……魔術を使うには、原理を理解する必要があるのに?」

「うん。だから、勝手に別の術になるっていうよりは、術を作る時にその人の特性が混ざる感じ……かな。切断も同じで、私のは空間を切り裂く方に寄ってるけど、他の人だと同じ名前でも違ったりするよ?」


 聞いているだけで面白そうだ。

 もし……ぼくの魔力特性が治癒術にも応用できるなら、別の分野にも取り入れられるかもしれない。


「後は……魔力適性のおさらいだけど、大きく分けて魔術、治癒術、武術に向いている人がいるって考えると……わかりやすいかな」

「……それはぼくも知ってるかな」

「でしょ? でも魔術を使うには復習も大事だよ。魔術は、外部に干渉する力。治癒術は、自分の魔力と相手の魔力を組み合わせて、身体に干渉する力。武術は……自分の内側に干渉する力……だよね?」

「だよねって、まぁ……それで合ってるよ」


 これに関しては、異世界から転移してきたダートよりも、ぼくの方が詳しいかもしれない。

 でも……一生懸命に教えてくれている彼女を見ると、ずっと聞いていたくなるから、不思議だ。


「例えばなんだけど、魔力特性が武術と相性が良かったら……どうなると思う?」

「どうなるって、魔術と組み合わせることしかできないんじゃないの?」

「ううん、魔術だけじゃないよ? 武術にも使えるし、治癒術での使い方だけは、講義の中では教えてもらってないって……カルディア様から聞いたけど、使おうと思えばレースもできると思う」

「……そう、なんだ」


 どうしてだろうかと疑問に思ったけど、よく考えると魔力特性次第では……治癒術の効果を阻害したり、治すはずのものを悪化させてしまう可能性もある。

 師匠も治癒術を学問として定着させる際に、この危険性を理解していたから、あえて教えないようにしたのかもしれない。


「うん……じゃあ、試しに魔力特性を使ってみようか」


 ダートは一度本を閉じると、表紙をこちらに向けた。


「レース、本の表紙に手を置いて、自分の使える魔術を使ってみて?」


「……わかった」

「この本は、特性を識別する魔導具にもなってるって、カルディア様が言ってたから、緊張しないでいいよ?」

「詠唱が必要なんだよね……。けど、そういうのやったことがなくてさ」


 魔力の扱いに精通した魔術師なら、頭の中で詠唱するだけで魔術を使うことができるらしいけど……ぼくは違う。

 簡単な雪の魔術だけなら、思い浮かべるだけで使うことができる。


(でも……それが正式な魔術として成立しているのかどうかは、わからない)


 そう思いながら表紙に片手を置き、もう片方の手のひらに雪の塊を作って宙に浮かべると、その場でぴたりと止まって動かなくなってしまった。


「雪って、珍しいね。それに【固定】の特性……みたいだね」

「……固定?」

「うん、魔力をその場に留めることができるって……感じなのかな。詳しいことは私にはわからないけど、雪で足元を固定して、相手の動きを止めたり、雪で盾を作るとか、色々とできるんじゃないかな」

「これって……治癒術に応用したらどうなるのかな」

「それは……私は使ったことがないから、わからないかな。ごめんね?」


 つまり、魔力特性の使い方は自分で理解していくしかないってことかもしれない。


(考えられる範囲だと、折れた骨を元の位置に戻して固定する……とか、これくらいかな)


 とりあえず、ここまでわかれば……後は反復練習でなんとかなりそうだ。


「それと……レース? 気になっただけなんだけど、雪の魔術について私に教えて?」

「教えてって言われても、闇属性だよ。ダートの空間魔術や呪術と同じで、原理が詳しく解明されていないからね」

「……そうなんだ。でも、不思議だよね。原理がわかっていないってだけで、一緒くたにしちゃうんだもの」

「学問的にはその方が都合がいいんだと思うよ。それに……いつか、原理が理解できたら、雪の魔術も【雪属性】っていう魔術学の一分野になるんじゃないかな」


 火、水、土、風、光、闇の六属性として学問上でも分けられている中で、雪が独自の属性として認められるのはいつになるのだろうか。

 口ではそう言ったけど、現状では……使える人をぼく以外には知らない。

 だから正直、絶望的な気がする。


「とりあえず、この本はあげるから、時間があるときに練習してみて? 最初は難しくてもレースなら大丈夫だよ? それに……もっと詳しく魔術や特性について知りたくなったら、一緒にカルディア様のところに行こ? 私たちの関係をさ……ちゃんと説明もしたいし」

「関係の説明って……ダート、君は——」

「おぉう!? 保護者に未来の旦那を紹介すると聞いて、盗み聞きしていたコルクちゃんの登場だよ!」

「え、コ、コーちゃん!?」


 ダートの言葉の意味は気になったけど、窓から飛び込んできたコルクのせいで、それどころではなくなってしまった。

 騒がしくなった部屋の中で、手元に残った本へ視線を落とす。


(でも……ぼくの魔術で、ダートを守れるようになるなら、言われたように練習してみようかな)


 ――もう二度と、大切な人が傷つく姿を見たくない。


 あぁ、なるほど。


 どうやらぼくは、彼女のことが好きなのかもしれない。

 じゃなければ、ここまで守りたい、傷つけたくないとは思わないだろう。


 ……でも、この気持ちは忘れた方がいい。

 彼女は異世界から来た人で、いつか何かのきっかけで、元の世界へ戻ってしまうかもしれない。

 いなくなってしまうかもしれないとわかっていて、叶わぬ恋はするものではないのだから。

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