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BONUS STAGE バトルフィールド

*あると思いました?



 午前5時、マンション5階の磯坪鬼仁郎の部屋から突然「うおおっ」と叫ぶ声と、派手に物を破壊する音が上がった。

 表を張っていた3人の刑事たちは直ちに本部に連絡し、2人が確認すべくエントランスに向かい、インターフォンで警備員に連絡し、入れてもらった。

 エレベーターと階段に分かれ、5階で合流すると、ドンドンと戸を叩いた。中では激しくうおおと叫ぶ声と物を破壊する音が続いている。

「磯坪さん、警察です。ここを開けてください。磯坪さん。磯坪! ここを開けろ!」

 廊下に並ぶドアが2、3、開いて、住民が不安そうな顔を覗かせた。

「磯坪おっ!!」

 ドンドン戸を叩いて、叫ぶ声に返事をする気がないのを見ると、刑事はいっしょに来た警備員に戸を開けるよう指示した。警備員は緊張しながらマスターキーで鍵を開けた。

「磯坪っ!、入るぞおっ!」

 刑事が予告してドアノブをひねって引こうとすると、ドンッと激しくドアが押し開けられ、刑事は危うく手を弾かれそうになって引っ込めた。

「いそつ・・」

「がおおっ!!」

 目を物凄く血走らせ、顔の中心に深くしわを寄せた野獣の顔の磯坪が飛び出し、驚く刑事の顔に手を伸ばし、爪で思いっきりガリッと引っ掻いた。刑事はぎゃっと悲鳴を上げ、もう1人が横から「この野郎!」と組み付いた。

「がおおっ」

「ううわあっ」

 磯坪は凄まじい怪力で刑事を振り回し、コンクリートの壁に思い切り背中を叩きつけた。磯坪はそのまま刑事を壁に押し付け、ドスンドスンと思い切りパンチを腹に叩き込んだ。

「やめろおっ!」

 顔を血だらけにした刑事が後ろから羽交い締めにしようとしたが、振り回す腕に振りほどかれ、再度掴みかかったところを顔面を肘で強打され、再び鼻血を噴いて堪らず後退してかがみ込んだ。

 ドスンドスン。腹を壁に突き上げられ、つま先の浮いた刑事は口からゴボリゴボリと血を噴いて白目を剥いて、動かなかった。

「や、やめ、やめなさい‥‥」

 中年の警備員は震え声で警告し、けっきょく「ひい」と逃げ出した。廊下のドアはバタンバタンと閉まって、住民はひたすら息を殺して恐ろしい時間の過ぎ去るのを待った。

 表でけたたましいサイレンが3つ4つ重なって迫ってきた。

「うおおおっ、うおおおおおおっ!!!」

 パンッ。

 物凄い顔で目の血を拭いて、刑事は構えた拳銃を撃った。後ろからパジャマの太ももを。

「ぐおおーっ!!」

 怒り狂って振り向いたところを、パンッ、肩を。更に怒って飛びかかってこようとしたので、パンッ、胸を。磯坪はよろけながら、刑事を睨み、

「があああっっ」

 吠え、刑事は、パンッ、眉間に銃弾を撃ち込んだ。

 ドタドタと大勢の刑事警官が駆けつけてくると、そこは既に静かで、血の海となっていた。


 衣川刑事の作戦はそれとなく捜査本部に通告されていた。その時刻、マスター・パピーに催眠術を掛けられている恐れのある磯坪を厳重に見張っておくように、とも。ネットでマスター・パピーの映像を流せばそれを見てどんな反応を示すか分からない。衣川刑事としてはその危険も考えて「ライブ中継」は口先だけの嘘をつくことも考えたが、やはり世間に益口の正体を知らせる必要がある。そこで、作戦の決行を深夜と言うより早朝に行うことにして、極力磯坪が中継映像を見ないように配慮したのだが。

 残念ながら結局心配したとおりのことが起こってしまった。


 そして‥‥‥‥。



 朝日を眩しく見ながら、巨大な人狼の益口は撮影所の表の道路をのしりのしりと歩いていた。表は閑静な住宅街が広がっている。

 新聞配達のオートバイがぽかんと口を開けているのを面白そうに眺めながら、人狼は悠然と駅に向かって歩いていた。後ろから携帯で連絡を取りながら稲村刑事がこそこそ付いてきている。狼の巨大に尖った耳は離れた人の声もよく聞き取った。

 狼はニタリと笑った。

 もうじき、通りに人が溢れるだろう。

 そこで、さあて、どう暴れてやろう?

 狼は自分の固い毛の毛皮がふつうの銃弾など軽い打撲程度の傷しか負わないのを知っている。そう、知っている。

 ウルティメートウルフマンの俺に日本の警察ごときの装備で太刀打ちできるものか。

 それに‥‥‥‥。

 人狼は悪魔のごとき底意地の悪い笑いを浮かべた。

 言っただろう、

 決して、

 現実には帰れない、究極の悪夢を見せてやる、

 と。


 さて。


 巨大な人狼はたまたま家から出てきたOL風の若い女を見下ろすと、恐怖に丸く目を開く顔を、ガブリと、頭から飲み込んだ。

 パンッ。

 背中に銃撃を受け、究極の人狼は、まっ赤に鮮血を滴らせる口で、ニタリ、振り向いた。



 東京都内と、その近隣県のあちこちで、獣の激しい咆哮と、破壊音と、人々の悲鳴が上がっていた。やがて、激しい銃撃の音も。

 ウルフマン・ゼロの益口が配って歩いた「スーパーウルフマン」のDVD-ROMはまだまだ何十枚とあった。それを受け取った彼らに一々催眠術は施していないが、マスター・パピーのイントロダクションムービーを付けてある。

 そして、磯坪は、こうした事態が起きた場合の指令に従い、ライブ映像を見ながら、一方でせっせとPC仕様の「スーパーウルフマン」をあちこちのフリーソフトサイトにアップロードしていた。これから、世界中に、廃工場で変身する「ウルティメートウルフマン」のライブ映像共々、繰り返しコピーにコピーを重ね、無限に、永遠に、広がっていくことだろう。

 人々は刺激に飢えている。

 ストレスの厳しい社会に、爆発的な不満を抱えている人間などいくらでもいる。

 彼らは、禁断の果実に、喜んで手を伸ばすだろう。

 パンドラの箱を飛び出した災いは世界中に災厄を溢れさせ、

 箱の中に、最後に残った希望は‥‥


「そんなもの、ないよ」


 恐怖に目を見張る稲村刑事の頭に、鋭い爪の巨大な獣の手が、振り下ろされた。



 THE END



*もうありません。

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