温泉旅行 2
「さて、宝物館を出て、お昼ご飯にしましょうか?」
「はーい、そうしましょう。チハルちゃん」
さきほど年齢を聞いて、ちぐはぐする私はハイエルちゃんと目が合う。
「チハルちゃん。前のまま、私のことを『ちゃん』付けで良いですよ。こちらの星の方と同じように見た姿のままでお願いします」
「はい、そういうことであれば、よろしくお願いします」
……セーフだ。セーフと行こう。見た目に合わせてと言うことにしておく。
そのほかに見る物も無く――ぶらぶらと歩いて境内の裏道から出る。
こちらは石段と違い、緩い坂道がくねくねと続く。
この先の道路に出て向かい側が目的のお蕎麦屋となる。
今日は平日。さらに昼過ぎとあって人もまばらで混んではいない。
お店の中にはロンを連れて行けないので、駐車場の脇にある芝生の上で休んでもらうことにした。地面でも良いかと思ったが、ロンのためにレジャーシートを敷いてあげる。
さきほどのお団子屋さんで買って来た美味しそうなヨモギ饅頭を紙皿に乗せてレジャーシートの上に置き、お出かけ用の水のみ皿に水を注いで、ロンの昼ご飯を準備した。
『ロン、ごめんね。ここでお昼ご飯を食べてね』と念話で伝える。
『うむ。仕方ないのじゃ。でも、早く饅頭を食べたいのじゃ』
『それじゃ。人が来たら適当に隠れてね』
『それは心配しなくて良い』
『すぐに食べて来るからね。ロン』
ロンに見送られてハイエルちゃんと一緒に店の中に入る。
適当な席を探しつつ、畳が敷かれた座卓テーブル席の空きを見つけて腰を下ろした。
店員さんから渡されたお品書きを見て、ざるそばセットを二つ頼む。
ハイエルちゃんには子供用の御椀と追加でプリンを注文した。
お昼時のお蕎麦屋は、ざるそばが早く出て来るという説があるが、ここのオススメはざるそばだから一番早い。
――おそばをちゅるちゅる。
「うん。ぷはっ、美味しいぃ。――やっぱり違うね」
ハイエルちゃんは、おそばを一回、皿に分けて子供用の御椀で食べている。
そのあと食べきれない分は私が少し頂くが、プリンは別腹らしく、美味しそうに食べていた。
ふっと寒気を感じてゆっくりと横を見れば、窓ガラス越しにロンが眺めていた。
『しまった! 見られたかぁ~』
『チハルちん。あとで、――妾にもプリンじゃ』
『はい、分かりました。旅館に着いたら用意します』
ここは想定通り、ロンには気づかれるだろうと思って調べて置いている。
おそばがメインだから、プリンはサイドメニューで普通だ。コンビニで買ったプリンともそんなに変わらない味。
だが、小さい子にしてみれば、こう言うときのプリンって、とても美味しく思えるんだよね。
……自分の幼かったころを思い出す。「うん。うん」
プリンを食べ終えたハイエルちゃんは満足そうな顔をしている。
「食べたー。お腹いっぱーい。チハルちゃん」
「そうか。おそば残っているけど仕方ないよね。お団子食べなければ良かったね」
「でも、美味しかったよ。ここのおそば」
「ここはそば粉の風味も独特で使っている山の湧き水に合わせているから、少し歯ごたえが違うんだよ」とネットで調べた情報を語る。
「ふーん。そうなんだね」
食事も終わり、このあとハイエルちゃんが昼寝がしたいと申すので近くの公園へと向かった。
観光客向けに作られた公園。遊歩道とか珍しい木々が植えてあり全体的に少し大きく、公園の中央にある広い芝生のところに行き、誰もいない木の近くにレジャーシートをひいて、みんなで寝転がった。
ハイエルちゃんはスヤ~っとすぐに寝てしまう。
こうしてみれば、普通の外人の幼子。かわいい寝息をたている。
ロンも寝ている。私も寝転び空を眺めた。……ひつじ雲が少し。
このあと三十分くらい昼寝して、ぶらぶらと歩いて夕方には旅館に入る予定。
そういえば、最近、家族で温泉に行っていないなぁ~と思いのんびりする。
(スヤスヤ……)
――ロンに起こされる。
『チハルちん。起きるのじゃ』
「むにゃむにゃ…… なぁ~に、ロン」
『ちょっと、向こうを見てみよ』
ロンの真剣な声がする。
「えー、何もいないようぉ~」
『――うむ。去っていたようじゃな……』
「…………」首を傾げるチハル。……多分だが、宇宙人がいたのかと思う。
そういえば、ミディアルたちに訊いた話だと、対立する宇宙人がいるとかいないとか、ハイエルちゃんに訊くのも何だし、何も無ければ良いか。
当のおチビちゃんは、すでに起きていて公園で遊ぶ子供たちを眺めていた。
「ねぇ、ハイエルちゃんも一緒に遊んでくれば?」
「いいえ。――私が行くと怖がられるの」
「そっか。それじゃ。時間だから旅館に行きますか」
「はい。チハルちゃん、連れてってください」
(……いやいや、こやつ二百歳だった)
――夕暮れになる少し前に旅館について部屋に入る。
「うん。チハルちゃん。温泉ですね」
ハイエルちゃんに言われるまま、着替えて大浴場へと足を運ぶ。
私はハイエルちゃんに体を洗うのを教えるも、ついでに洗ってあげた。
「じゃぽぉぉ――ん!」
勢い良く飛び込むハイエルちゃん。
まだ、大浴場は混んでいないが、端で湯に浸かっているおばあちゃんたちが怖くなり、ペコペコしておく。
「だめだよ。ハイエルちゃん。湯船にはゆっくり入らないと、プールじゃないんだからね」
「はーい、わかりました」
(およ、随分と素直だね)
ハイエルちゃんの隣に並んで、湯に浸かる。
熱い湯に浸かる時の感覚、でも、肩まで浸かれば消えていく。
声を出したくても出さないで心の中で(あぁあ゛ぁ~)
「あぁあ゛ぁ~」とハイエルちゃんが言う。
「えっ」
「いま、チハルちゃんの表情を現して見ました」
「このぉぉ~」とばじゃばじゃとお湯をかけてやる。
「負けないですぅ~」
ハイエルちゃんも頑張ってばじゃばじゃと応酬する。
お湯を掛け合うこと、しばし……
「ち、ちょっと、休戦」
「ふぅ~」息を切らしてハイエルちゃんは既に肌が赤くなっている。
「露天風呂の方に行ってみようか?」
「うん」
(……そうか、温泉に行きたいって言ってたから、これで満足しているのかな?)
露天風呂の方は白く濁った湯に縁に岩と木々が配置され、いかにも露天風呂という感じになっていた。その脇には、たぬきの置物が置かれているのが謎だ。
薄暗くなる空の下で、風にあたりながら膝まで湯に浸かる。
そういえば、前回、来たときの旅館って露天風呂あったのかなと考えていると。
ハイエルちゃんは(スイスイ)平泳ぎをしだした。
「泳いじゃだめだよ」
「はーい、わかりました。ぶくぶく……」
(……潜水して逃げらる)
うん、その気持ちはよく分かる。(私も泳ぎたいのをぐっと堪えているんだから、むこうにいるおばあちゃんたちがいなくなったら泳ごうね)とひとり心に決める決意もむなしく、ハイエルちゃんがのぼせたので露天風呂を終了した。
それから大浴場を出て売店へ、お買い物してから二人で売店の脇にある長椅子に座り涼しむ。
「はい、どうぞ。アップルジュースです」
「ありがとうございます。チハルちゃん」
クピクピと飲み出すハイエルちゃん。
わたしはコーヒー牛乳を飲む。
(やっぱり風呂上がりと言えば、これになるかな)
夕暮れ時とあって、宿泊客がぞろぞろと通り過ぎて行く。団体客はいないが老夫婦が多い。ここは風情のある旅館。若い人向きでないのだが、建物の大きさはそこそこある。
これがこじんまりとした旅館になると外国人観光客が多くなるとテレビで聴いたことがある。そこに日本らしさがあるとか。独特のデザイン、色合い、小物の果てまで、昔から人を楽しませる工夫が随所にあり、それぞれに独特のテーマがあって自然に協調しているのが良いらしい。
「ごちそうさまでした。チハルちゃん」
「どういたしまして」
十分に涼しみ体温も普通に戻ってきたので、ロンが待つ部屋へと向かった。
その途中でこういう雰囲気の旅館では珍しく「ゲーセンコーナー」を発見する。
そこで私は見つけてしまった――『太鼓の〇人』
音ゲー、リズムゲームとも言われるもの。
(しゅぱぁぁ――)とダッシュしたハイエルちゃんが硬貨を投入してバチを持つ。
演奏が流れて――「こ、これは……」と私は悔やむ。
「はい! はい、はい、はいはいはい――!」
「ド、ドッドッドッドッドッドッカン、ドッドッドッドッドッ……」
華麗なバチ捌きで難曲をクリアーした。
片手でバチを上に持ち上げてポーズを決める。あっという間の出来事。
「うぅぅ……」
私も得意だったが、その曲はクリアしたことがない。
勝ち誇ったようなドヤ顔をするハイエルちゃん。
私は弱者の姿勢で迎え入れる。
だめだ。こやつのあとで死屍累々を作るだけ。
(戦っちゃだめだよぉ~、戦っちゃ……)と全身の細胞が私を慰めてくれる。
「うぅぅ……」
敗北、……苦杯をなめる。しかし、焦燥感は出していない。
「チハルちゃん。やらないのですか?」
「ハイエルちゃんのあとは、つらいのでやめときます」
「わぁーい、かったぁ! かったぁ!」
もう少し、子供でいようよ。二百歳ちゃん。
――そして旅館の部屋。
「遅いのじゃ。チハルちん」とロンに怒られる。
(ゲーセンに寄っていたとは言えない)
部屋に入るや、すぐに仲居さんが来て晩御飯の用意が始まった。
一応、ペットOKだが、念のためロンには広縁の方で待ってもらう。
「では、ごゆっくりと」
仲居さんから声を掛けられて、私とハイエルちゃんは御膳の前に座る。
「さあ、食べましょう。チハルちゃん」
美味しそうに目をパチパチさせてハイエルちゃんは箸を持った。
ロン用にもそれなりにご飯を用意してもらったので、御膳と言わないが、畳の上にお盆を置いて、そこにおかずの皿が並んでいる。
さきにロンに食べさせて上げた。
『チハルちん。ありがとうなのじゃ。もしゃもしゃ』
『ちゃんとプリンも用意してるからね』と念話する。
「チハルちゃんは優しいんですね。ロンちゃんって言いました。よく人に慣れたキツネですね」
「あ、まあ、そうですね」と相づちだけ打っておく。
ご飯も食べ終わって、広縁の椅子に座り夜風を楽しむ。
――空には大きな満月が綺麗に輝いていた。
そこにさきほどまで、ロンと遊んでいたハイエルちゃんがやってきて、隣の椅子に座る。
こやつは子供なのか、大人なのか分からない。
見た目は完璧な幼女だが節々に言葉が大人っぽい。
少しの間、二人で満月を眺めているとハイエルちゃんが私の腕をツンツンする。
「どうしたの?」
「チハルちゃん。お姉さまたちと仲良くしてくださいね」
と、私をじっと見つめて、そう言った。
「ハイエルちゃん。……そ、それは好きとか。嫌いとかなく、何と言うか。その……」
突然の言葉に返事に詰まる。
「分かっています。できる範囲でお願いします。こちらも、そちらの使いの者から声を掛けれられて驚いているんです。私たちを見つけて声を掛けて来れる人がいるなんてね」
……その言葉を黙って訊いた。
(えっ。それって私たち以外にもミディアルたちと会っている人物がいる?)
さらにその人物がハイエルちゃんたちの屋敷を訪問して、私とロンが来ることを調整してくれていたと聴かされる。
少なくとも私やマサミちゃん、ユイナさんではない別の誰か。
それが先代の者なのか、それとも祠を守る者なのかは分からない。
単に私とロンは守護神様から、「あそこに行ってね」とお使いを頼まれただけなのだが、事前に話をしていた人がいるとなれば、確かめる必要がある。
こうして、あれこれと宇宙人との関係に巻き込まれていくチハルは、夜空の月を眺めて吐息した。
それからハイエルちゃんとの話はさらに続いた。
最後まで読んで頂いきましてありがとうございます。




